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9.ほめてもらいましょう(できるようになったことはなんですか)


 朝がきました。

 おはようのあいさつ。

 さあ起きて。

 目覚まし止めて、顔を洗って。

 朝食は抜かないで。

 ご飯を食べて、元気を出して。

 今日も一日行ってきます。




 カボチャが歌う。

 歌だけではない。楽器の音も完璧だ。ずんちゃずんちゃと音楽に合わせて、体を揺らす。

「…………」

 その光景を見つめる魔王。

「……お前、どうしたんだ」

 呆然と呟く。

 こんな魔族見たことはないし、作ったつもりもない。そもそも自分が作ったのは強力な魔力を持つ、蝙蝠の翼の生えた、蟹の鋏を持った配下のはずだ。しかし足りない魔力は何処で捩れ歪んだのか。

 異世界のせいかと魔王は唸る。

「おはよー……、あんた早いね、起きるの」

 もそもそと寝室から女が出てくる。乱れた髪は大層色気を振りまくかもしれないが、最早魔王に女を如何こうする気はこれっぽちも起きなかった。寧ろ、押し倒したら殴り倒されるのを身をもって痛感した。

「おお、おは、よ、う」

 ぎこちなく慣れない挨拶をする。二日目の朝、女からの挨拶に黙っていたら、挨拶したら挨拶しなさいと散々耳を引っ張られたからだ。

「一般人、カボチャが変だ」

「ああ、目覚まし壊れちゃってさ。そしたらカボチャが目覚ましになるって言うから」

「喋ったのかっ!?」

「いや、雰囲気で」

 高らかに歌声を披露するカボチャ。なかなか上手だ。

 創造主たる自分より、余程女の言うことを聞いているようだ。実際魔王が起きても歌が鳴り止むことはなく、女が起きて来たらぴたりと歌を止めた。

 親は我だぞ、と微妙に落ち込む魔王の傍、敷かれたブランケットの上にもう一人の姿が見えないことに女は気が付く。

「あれ、勇者は?」

「む?」

 きょろきょろと見渡すと部屋の隅。キラキラと朝日に反射するものが転がっていた。

「……寝相悪っ」



 玄関まで転がっていった勇者だった。

 頭と足が寝たときの体勢と反転しているし、Tシャツは捲れ上がり胸まで晒し、ぼりぼりと腹を掻いている。枕代わりにしたのか雑巾を頭の下に置き、大股開きでぐうぐうと眠りこけている。起きているときなら汚いと大騒ぎしそうなものだが。

 女と魔王が覗き込んでも起きる気配はなく。

「どうやったらこうなるのだ……」

「……これ本当に勇者なの?」

「…………そのはずだが」

「これだけ近くで話してても起きやしない。警戒心ゼロじゃないの」

「勇者……我は情けなくなってくるぞ」

 その視線も何処吹く風。むにゃむにゃと寝言を言う勇者に女はやれやれと踵を返すと、テーブルに置かれたままのカボチャを手に戻り、徐に剥き出しの腹の上に置く。

「?」

 いぶかしむ魔王を他所に、女がこくりと頷くと、カボチャが歌いだす。

 リズムを取って体をゆらゆらと揺らす。

 腹の上で歌われれば音量もかなり響くはずだ。しかし勇者は起きる気配がない。

「…………」

 カボチャは勇者の顔をじっと見つめると、殊更大きく歌いだす。けれども勇者は起きない。

「………………」

 焦れたのか、カボチャはぴょんと跳ねる。

「ぐっ、ふぅっ!?」

 鳩尾への的確な落下に、勇者も漸く目を覚ましたようだ。げほげほと咳き込む傍ら、どうですかと誇らしげにカボチャは胸を張る。

「て、な、にをするっ……!」

「おはよ、あんたが一番の寝坊ね」

「あ、ぁぁ安眠妨害ぃっ」

「いつまでも寝てると邪魔。さっさと起きて顔洗ってきなさい。魔王はちゃんと起きたのよ」

「ぅぅぅぅううううう……」

 ぱしゃぱしゃと洗面所で顔を洗う魔王を恨めしげに見、勇者はトイレの扉を開けた。






 ドンドンドンドンと扉を苛立たしげに叩く音が部屋中に響く。

「勇者ぁぁぁあああああ!! もう一時間にもなるんだぞ!!」

 トイレに篭ったまま一向に出てこない勇者に、焦れた魔王が必死に呼びかける。

「うーん、もうちょっと待て」

 対する勇者は焦ることもなく、扉を開ける気配がない。

「そう言って十分は経ったぞ、出てくれ! 漏れる!!」

「あと五分」

「一般人んんんんっ!!」

 涙を一杯に溜め、何処か小刻みに震え、内股で必死に耐える魔王の形相は限界に達している。しかし一人暮らしの部屋にトイレは一つしかない。だからといって扉を壊してまで勇者を叩き出そうとはちょっと思えない。基本的人権だと女はコーヒーを飲む。踏ん張るが魔王は脂汗をだらだらと流す。

「ぬ、ぉぅぅぅううう!」

「我慢できないなら、ほら、あそこ」

 女がベランダから窓の外を指差す。住宅街の真ん中にある、小さいが遊具もある公園だ。そこに公衆トイレもある。

「走っていけば間に合うでしょ。捕まりたくなきゃ、途中で立ちションなんかすんじゃないわよ」

「うぅっっ」

 震える体で必死によろよろと小走りで外に飛び出す。

 ベランダからその後ろ姿を眺めていた女が、あそこにトイレットペーパーがなかったわと思い至る。廊下に置いてあったトイレットペーパーを一つ掴むと、ベランダから距離を測り大きく振りかぶって投げる。

「そこ紙ないからねー」

 見事魔王の後頭部に中ったが、その衝撃で漏れたかどうかは本人以外知ることはない。







 そして魔王が戻ってこない。

「……迷った?」

「あいつは方向音痴か」

「もしくは漏らして、余りの痴態ぶりに恥ずかしくて帰って来れないとか」

「魔王、憐れな……」

「そもそもあんたがトイレから出てこないからよ。何、便秘? 下痢?」

「恥じらいを持て!」

 図星なのか勇者が顔を真っ赤に染める。

 するとピンポーンと呼び鈴が鳴る。

「戻ってきたかな」

 女が魔王だと思い、扉を開けると、

「やーっほ、深雪、生きてる?」

 勇者の見たことのない女が居た。



 ふわふわと巻かれた明るい茶色の髪はアップにされ、華奢な首筋が露になっている。女より身長は低いが、細い体に纏った薄手のブラウスに、スカートから除く日に焼けていない白い太腿が眩しい。

 しかし何よりも印象的なのはそのにっこりとした笑顔だ。暑さのためか頬は上気し、潤んだ大きな茶色の瞳が嬉しげに細められている。

「生きてるわよ、ありさ。昨日もメールしたでしょ」

 対する女は知人なのか屈託のない笑顔を浮かべ、部屋に招きいれようと扉を大きく開ける。

「だって、連休は篭るっていってたし。最近暑かったら差し入れ」

「あ、胡蝶のロールケーキ! これ数量限定の」

「食べたいって言ってたでしょ」

「うわー、嬉しい。あ、ゼリーもある」

「良かった。で。君、誰?」

 にこにこと笑顔を浮かべたまま、女の横で立ち尽くしていた勇者に顔を向ける。



「ああ、訳有りで」

 女はさらりと口にする。勇者だの魔王だのといった存在は吹き飛び、菓子の入った箱を嬉しげに見つめている。

「訳有り? じゃあ、この子も?」

 ありさと呼ばれた女は、ぐいと扉の影から何かを引っ張る。腕をつかまれていたのは魔王だった。

「あれ、居たの?」

「やっぱり深雪のとこだったんだ。階段の所でしくしく泣いてたよ。なんでも部屋が分かんないんだって」

「な、泣いてないっ」

 泣いて赤く腫れた目尻は事実を如実に物語っていた。

「まー、いいけど。こいつらはね、勇者と魔王」

「え?」

 ありさはきょとんと目を見開く。

 まぁ、普通の反応だろうなと女は思い、殊更ゆっくり勇者に掌を向ける。

「こっちが勇者」

 返す手を魔王に向ける。

「で、魔王」



「ええと?」

「異世界から来たんだって。一週間経たないと元の世界に戻れないって言うから、居候させてやってるの」

 ぽかんと口を開けるありさを余所に、ざっと顔色を変えたのは勇者と魔王だった。

「普通此処は隠すだろう!」

「なんでよ」

「我らが困る! 捕まって解剖されたらどうするんだ!!」

「テレビの見すぎ。正体がばれてもあたし困んないから」

「人でなしぃぃ!!」

「魔王に言われたくないわね」

「差別だ!」

 ぎゃあぎゃあと勇者と魔王が喚いていると、からからと陽気な笑い声が聞こえてきた。

「あっはっはっは! 面白い子達」

「こ、このことは……」

「ええと、勇者くん、魔王、くん? 大丈夫よ、誰にも言ったりないから」

 泣かないでいいのよと、ありさは魔王の頭を優しく撫でる。うるうると涙が溢れ出す魔王。勇者もにこやかに微笑まれ、ばつが悪そうにそっぽを向く。





「それにしても。深雪、大丈夫なの?」

 キッチンでロールケーキを切り分ける女の傍ら、紅茶を入れるありさは先ほどまでは見せなかった心配げな表情を浮かべる。

「何が?」

「いくら格闘技が好きで、腕に自信があるっていっても……男の子二人よ? 最近物騒なんだから」

 ちらりとテレビに夢中になる勇者と魔王に目を向ける。

 ありさは友人たる女が心配だった。

 整った顔立ちに、豊満な体つき、しかしそれは引き締まりスタイルも抜群だ。だからこそ昔から変な輩に目につけられることが幾度もあった。負けず嫌いな性格も相俟って、嗜み程度ではないくらい腕が立つ。しかし、友人が魅力的な女であることに代わりはない。

「ああ、大丈夫よ。調教済みだから、手出ししようなんて思わないわよ」

 女は心配するありさの思惑に気付くことなく、くるくると慣れた手つきで包丁を回す。

「…………」

 ありさは振り向き、背を向ける二人をじぃっと見つめる。

 先ほどまでテレビのバラエティを見て大騒ぎしていたはずが、今はじっと黙っている。言わずとも、時折ちらちらと視線をこちらに向け、聞き耳を立てているのがありさでも分かる。

 殊更声を潜め、こそこそとありさは問う。

「……まさか、掘ったの?」

 聞こえたのか、びくんと二人が肩を不自然に跳ね上げる。恐らくだらだらと冷や汗を掻いているかもしれない。

「あはははははは」

 その質問に女はただ笑う。聞かずとも答えなど目に見えているのだから。

 男の沽券に関わる由々しき事態。プライドやら木っ端微塵に打ち砕かれただろう。

 そういった結果に至るには、余程腹に据えかねる事柄があったときのみだが、恐らくまだ知り合って間もない相手にやらかすということは、見目麗しい男二人が友人をかなり怒らせたことになる。

 どこでどう覚えたのか、隣で笑う女はそっち方面にも何故か詳しいのだ。これまで幾度もほとほとと涙を零す男の姿を見てきたことか。

「可哀想に……」

 あっちの世界に目覚めなければいいが。

 初対面の優しいありさから哀れみの視線を投げかけられた二人は、がっくりと肩を落とした。



「でも、深雪も心が広いわね」

「ええ?」

「見知らぬ男の子、二人も家に置いてあげるなんて」

 私には出来ないわと、少し大きめの声でありさは言う。その声に、そういえばと男二人ははたと気が付いた。

 あれだけ腕の立つ女だ。部屋から放り出すのも簡単だったはず。しかし条件を飲めば置いてくれ、尚且つ食事も提供してくれる。手出しさえしなければ、命の安全も保障されている。色々しでかしたことは頭の隅においやって。

 じんわりと心に暖かいものが広がる。

「ああ、だってエアコンとホ○ホイ代わりになるし」

『…………』

 こみ上げて来る暖かい感情も、女の一言で固まった。

「まぁ、ご飯も作ってあげてるし。そういえばこの前鍋振舞ったんだけど、あれ冷蔵庫の大掃除になったのよね」

『………………』

「賞味期限切れてるのもあったけど、綺麗に全部食べてくれて良かったわ」

「えー、ちょっと大丈夫なの? お腹」

「中ってないから平気でしょ」

 少しだけ見直した自分たちが馬鹿だったと二人は膝を抱えた。





 四日目終了。





閑話


「ところでみゆきとは何だ?」

「は? え、深雪のことだけど……まさか名前知らなかったの?」

「そういえば名乗ってなかったわね」

「えええ? もう四日目じゃないの」

「まぁ、一般人で通用していたからな」

「あたしも名前で呼んでないし」

「……おい一般人、俺の名前を言ってみろ」

「………………そもそも名乗った?」

「最初に言ったぞ! 俺の名前はレイノルズ・アルダン・コンスティーム・フォン・ヴァルガードだ!!」

「…………なに、ユウ?」

「違う、ユウなんぞどこにも入ってない!! その貧小な脳みそに叩き込んでお、いだだだだだだだだ!!」

「なんですって?」

「痛い! その手を放せ、毟れる!!」

「一般人、我の名は?」

「…………」

「…………」

「………………」

「……………………エストダルガー・ハービュン・レ・ウェスユクシーンだ」

「長い。勇者と魔王でいいわよ、もしくは、ユウとマオ。はい決定」

「我の高貴な名前がっ!」

「じゃあ私は?」

『ありさ・ありさ殿』

「なに、この差は」




 勇者と魔王は初対面のありさの優しさに心打たれた模様。


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