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8.ゆっくりすごしましょう(いうことをききましょう)


 憎たらしいほどに燦々と晴れた空。上がる気温、流れる汗、厳しい日差し。

 それとは全く無縁の涼しげな空気が流れるあるマンションの一室。

「…………」

「…………」

 げっそりと死んだような虚ろな目でぼんやりと床に座り込み、壁に額を押し付ける勇者と魔王。

 時折僅かに身動ぎをするが、どこかぎこちなく。ふいに身動ぎをした瞬間「うっ」と体を強張らせ、まるで全身筋肉痛に見舞われているようだ。

 虚ろな目は涙を散々流し赤くなり、目尻もひりひりと痛みを訴える。

 ぐすっ、と鼻を鳴らす魔王。

 はぁぁぁぁぁぁぁぁああああと長いため息を吐く勇者。

 顔色が悪い二人だが、何かを思い返しているようで時々顔を赤く染める。そわそわと体を動かしたり、我に返りきょろきょろと周囲を見たり。

「…………」

「…………」

 ふと目が合った二人は、じっとお互いを見つめたかと思うと、非常に慈しみに満ちた視線を交わす。

 まるで何か大切なものを失ってしまった相手を思いやるように。

 そんな二人は、ある人物の一挙手一投足にびくりと体を振るわせる。

「あー、今日も外暑そうね」

 女は二人の状態など気にも留めず、ベランダに面した窓から外を見る。



 今日も良く晴れそうだ。







「一般人、暇だ」

 それまで死んだようにぐったりとしていた勇者だが、午後になると体力が戻ってきたのか、ソファーで雑誌をみている女の前で仁王立ちをして言い放った。

「だから?」

「何か余興をせよ」

「……昨日の今日であんた懲りないわね」

 コーヒーでも入れるかと徐に女が立ち上がる。

「…っ、うわっひぃっ!! 俺の背後に立つな!!」

 女の動きに勇者は盛大に飛び上がり、毛を逆立てた猫のようにじりじりと後退する、

「なんでよ」

「なんでって……っ!!」

 ぐわわわわわわと顔を真っ赤に染める勇者。夜中の出来事を思い出したのだろう、うろうろと視線を彷徨わせ、ちらっと女を見たかと思うとますます顔どころか体中を赤く染める。

「あーあ、昨日はあんなに素直だったのに」

「なっ!」

「顔を真っ赤にして涙流して、ひいひい泣いてたのに。まだあれじゃ足りなかったのかしら」

「待て、泣いてない!」

「あ、啼くのほうだった?」

「!!!!!!」

 声も出ずじたばたと勇者はもがいている。

 多少効果はあったのかしらと女が思っていると、同じく体力が回復したのか魔王が近寄ってきた。しかし若干の距離を置いて。

「一般人、一般人。これは何だ?」

 午前中は体力が戻らなかったためか少女の姿のままだったが、今は素の男の姿に戻っている。服がきついはずだが、頑なに戻ると言い張り、四苦八苦しながら体を元に戻した。

「あー、そういえば実家から持ってきてたわね」

 魔王が抱えているのはお馴染み家庭用ゲーム機。部屋の隅で埃を被っていたものだ。

「なんだ? 魔法アイテムか?」

「違うわよ、ゲーム機」

「ゲーム?」

「テレビに繋いでやるの」

「ほー」

 というわけで。





「くっ、なかなかやるなお主!」

「魔王こそ……っ!」

「ふんっ、これでどうだ!!」

「あ! そいつは俺のだぞ!」

「早い者勝ちだ!」

「そのアイテムは俺が狙っていたんだぞ!?」

「ほう、いつだ! 何時何分何十秒!?」

「ベルーダが十億五千八百とんで十九回廻った、十時三十二分四十二秒のときだ!」

「我はその百年前から狙っていた!」

「嘘を吐くな!」

「嘘じゃない! クリファース参謀に言ってやる!!」

「言ってみろ、っていうかそいつ誰だ!?」

「○○○カートでそこまで白熱できんのね……」

 言い合いが小学生レベルだわという女の言葉は、夢中になっている二人には聞こえなかった。

「もー、三時間もやったわよ」

「まだだ! まだまだまだまだぁ!!」

「くっ、リベンジだ!」

「あと十分ね」

 無論終わるはずもなく。



「あー! 変えたな!!」

「うるさいわね、あたしはニュースが見たいのよ」

「あー! あー!! 我の勝利が目前だったのに、今すぐ戻せ!!」

「却下! 十分って言ったでしょ!」

 うわぁぁんと嘆き、地団駄を踏む勇者と魔王。悔しい悔しいと唇をかみ締める。名残惜しげにふとテレビの画面を見ると、画面いっぱいに広がる黒や灰色、白の塊。

「?」

「なんだこれ」

 じっと画面を見つめる勇者と魔王。

 短い足でちょこちょこと歩き回り、ぱたぱたと腕を振るう。雪の大地に住む生き物、ペンギン達が映っている。

 どうやら動物番組がやっていたらしい。

「ペンギン。そっちには居ないの?」

「こんなもの見たことない」

「動物か?」

「動物よ」

「へー」

「ほー」

 興味深そうにテレビにかじり付く二人。これで少しは静かになるかしらと、女はそのまま夕食の支度に取り掛かる。

 テレビは携帯でも見えるし。

 ふと足元を見るとカボチャが女をじっと見つめていた。

「…………」

「…………」

 何かを訴えてくる。目玉はないが。

 無言ではいと携帯をカボチャに差し出す。

 そのままぱくりと携帯を銜えると、カボチャの目がぱっと光る。

「え、」

 するとカボチャの目がプロジェクターのように、部屋の壁に映像を映し出す。映像は言わずもがな、女が見たかったニュースだ。

 カボチャの体の何処が出所か、ニュースの音声まで聞こえてくる。

「…………あんたって本当に便利ね」

 感心したようにカボチャを撫でると、カボチャは満足げにぴょんと跳ねた。





「ペンギンって可愛いな」

「もふもふだ。あんな可愛い動物っているんだな」

「お前のとこのカーズレイ。あれは魔物のくせにもふもふしてるぞ」

「あいつはだめだ。顔は擬態だし。背中に本当のでかい口があって、それで噛り付く」

「……可愛くないな」

「肉を千切るまで放さないし、唾液は猛毒だ。下手に抱き上げてみろ、二日はのた打ち回る」

「まるで見てきたかのようだな」

「……側近がしでかした」

「…………ちょっと、食事中にグロイ話はやめてよ」

 女がげんなりと顔を顰める。

 夕食を準備し、三人で小さなテーブルを囲んでいる。時折、かき混ぜるな、舐めるな、引き寄せるな、行儀が悪いと女から叱責が飛ぶが、勇者と魔王はそれ程文句も言わず、進んで食べている。

「ほら、好き嫌いしないで野菜も食べる」

「ああ……これ美味いな。ところでこれなんだ?」

「唐揚げ」

「ほー、見た目は泥の塊みたいだがなかなか美味いぞ」


 きらりんと勇者の目が光り、魔王の前に置かれていた皿から唐揚げを一つ奪い取る。

「隙あり!」

「ああああ!! 取った! 一人四個までだぞ!?」

「ふん! 気を抜くからだ! いついかなるときも戦いは始まるのだ!!」

 満足げに唐揚げを頬張る勇者に対し、悔しそうに地団駄を踏む魔王。

「一般人んんんんっ!!」

「唐揚げで泣くんじゃないわよ、魔王でしょうが」

 先に手を出しのは向こうじゃないかと魔王は喚く。対してにやにやと笑いながら食べる勇者の脛を、机の下で思い切り女は蹴る。

「っっっ!!!!」

 勇者は弁慶の泣き所を的確に容赦なく強打され、声も出ず机に突っ伏す。

「うわーん! 勇者の馬鹿ぁぁぁぁああ!!」

「うっさいわね、一個位我慢しなさいよ」

 未練がましく勇者を睨む魔王を見た女が、自分の皿から唐揚げを一つ魔王にあげる。するところりと機嫌を直し、にこにこと美味そうに頬張る。

 揚げながら六つ程食べたから、まぁいいかと女は思った。



「美味い、しかしこれはなんで出来ているんだ?」

「鶏肉だけど」

「鳥って、あの空を飛んでいる鳥か?」

「そうよ、その鳥。種類は違うけどね」

「あれって食べれるのか」

「……あんたら、自分が普段何食べてるのか知らないの?」

「知らなくても不自由しない」

「知らないことも罪って言うけど……ああ、そういえば。さっきあんたらが可愛いって言ってたペンギンも鳥よ」

「つまり?」

「要するに、美味しい美味しいって言ってる唐揚げのもとになってる鳥は、可愛い可愛いペンギンの親戚ってこと」

『……っっっっ!!!???』

 ぴしゃーんと雷に打たれたように衝撃を受け、目を見開く二人。勇者が持っていたフォークからころりと唐揚げが落ちる。

「いただきますって大事なことなのよ。食べて、それで生きてるんだから」

「…………」

「…………」

「感謝して、大事に食べなさい」

 ふらと視線を落ちた唐揚げに向ける勇者。徐にぐさっとフォークを刺し、口に運ぶ。

 もぐもぐと口を動かす勇者。時折くすんと鼻水をすするような音も聞こえる。

「………………しかし、美味い」





 三日目終了。





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