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唇に歌を

あー、直樹の苗字は清水です。

清水直樹という事で。

 

 健は全身から眩い光を放ち、その姿を変貌させていた。

 泥と怒りにまみれたただの青年から、次元の狭間から呼び出された「アークの仇敵」たる戦士の姿へ。

 その拳には、岩をも砕く力が宿っている。


 しかし、その戦士としての覚悟は、人質の川良によって脆くも崩れ去った。


「くっ・・・卑怯な真似を」


 怪人は川良の首掴み、盾のように前方へ突き出している。

 健が一歩踏み込めば、鋭利な爪が川良の喉元に食い込む。

 攻撃の隙など、どこにもない。


「ケケケ、どうした? さっきまでの勢いはどこへ行った!」


 怪人は嘲笑いながら、再び肩のスピーカーを健に向ける。

 沈黙していたスピーカーが、再び不気味な赤色の脈動を開始した。

 先ほどの石礫による損傷など、総統の「暴声」を流し込むことで瞬時に修復されている。


「暴音の追奏曲バッドボイス・コンチェルト食らえ!」


 凄まじい轟音が公園を駆け抜ける。

 それは音楽とは呼べない、音の暴力そのものだった。


 健は咄嗟に腕を交差させて防御姿勢を取るが、暴音の衝撃は容赦なく全身を打ち据える。


「ぐああぁぁっ!」


 健の変身が明滅する。

 強固な装甲も、暴音の前では何の意味もなさない。


 衝撃で吹き飛ばされた健は、公園の遊具を突き破り、コンクリートの壁に叩きつけられた。


 変身の光が霧散し、健は元の姿に戻って地面に崩れ落ちる。


「ザマアないな、邪魔者よ」


 怪人は勝ち誇ったように笑い、再びスピーカーの出力を最大まで引き上げた。


 健は朦朧とする意識の中で、川良が苦しげに喘いでいるのを目にする。

(ダメだ・・・俺は、やっぱりヒーローには向いてねぇのか?)


 健の耳から血が流れ、世界が暗転していく。

 勝機は消えた。公園には、怪人の勝利を告げる、歪んだ音階の調べだけが冷たく響き渡っていた。


 #清水宅


 満身創痍の健は、ふらつく足で、ようやく清水宅の玄関先に辿り着いた。

 服は引き裂かれ、皮膚には怪人の放った暴音による、どす黒い内出血のあざが、全身を地図のように覆っている。


 玄関先に崩れ落ちるようにして倒れ込むと、健は悔しさのあまり唇を噛み締め、顔を醜く歪ませた。


「あの暴音、総統の『暴声』を増幅した攻撃。物理防御を突き抜けて脳を揺らす、まともに戦って勝てる相手じゃねぇ」


 脳裏に焼き付いているのは、勝ち誇ったように嘲笑う怪人の歪んだ顔と、喉元にチューブを突き立てられ、魂の輝きを奪われていく川良の苦悶の表情だ。

 勝機を見出せない無力感が、毒のように健の思考を蝕んでいく。

 自分は結局、ただの力任せの戦士でしかないのか。あの暴音という名の音波攻撃に対して、なす術がないのか。


 その時、学校から帰宅した直樹が、異様な気配を感じて玄関へ駆け寄ってきた。


「健兄ちゃん!? どうしたの? その格好は!」


 直樹は健のボロボロの姿を見て、声を裏返して叫んだ。


 健は朦朧とする意識の中、直樹の悲痛な声にハッと顔を上げる。

 彼の瞳には、敗北の影を振り払うかのような、荒々しいまでの執念が宿っていた。

 健は直樹の肩を掴み、血の混じった唾を吐き捨てる。


「すまない、直樹。説明してる時間はない。しばらく出かける。親父さん達には、ちょっとした野暮用で遠征するって伝えておいてくれ」


「え、ちょっと待ってよ! どこに行くのさ!」


 直樹の制止を背中で聞きながら、健はふらつく足で再びあるき出した。

 彼が向かった先は、町の片隅で寂れたネオンを光らせる24時間営業のカラオケ店だった。


「バッドボイスに対抗するには・・・あの暴音を破るには、対消滅させるための『グッドボイス』・・・あの暴音とは真逆の、魂を震わせる完璧な癒音しかない」


 健は受付で三日間の貸切を告げると、重い防音扉を閉ざし、漆黒の個室へと消えた。


 モニターの光に照らされた彼の顔には、死を覚悟したような、凄絶な決意が刻まれていた。





次回予告

命すら賭けた特訓の末、手にしたグッドボイス。

グッドボイスってなに?

ともかく、戦いの準備は整った!

次回 奇跡の価値は?

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