奇跡の価値は?
健が部屋に籠って三日目の朝。
店内に心地よい小鳥のさえずりが響き渡る時間帯。
それまで一度も開くことのなかった「開かずの部屋」の扉が、ゆっくり静かに開け放たれた。
中から現れたのは、三日前の健とは別人のような姿だった。
無精髭が頬を覆い、たった三日間とは思えないほど伸び放題に伸びたボサボサの髪。
目はどこか遠くを見据えているかのように虚ろでありながら、その瞳の奥には異様な光が宿っていた。
店員は受付カウンターでペンを握ったまま、あまりの変わり様に言葉を失った。(えー、三日でそうはならんだろ!)
店員は内心で猛烈にツッコミを入れつつも、健のただならぬ雰囲気に気圧され、何も言わずに会釈することしかできなかった。
健が立ち去った後、三日間の貸切を終えた部屋に清掃スタッフが入った。
「はい、お掃除、お掃除。ん?」
スタッフはドアを開けた瞬間、その場に釘付けになった。
そこには、破壊され尽くされた残骸が散らばっていた。
「え?」
部屋中のソファが、まるで鋭利な刃物で一刀両断されたかのように真っ二つに裂け、中身のスポンジが雪のように舞っている。
壁紙は剥がれ落ち、壁そのものには何十本もの深い「切り裂き傷」が刻まれていた。
モニターは粉々に砕け、スピーカーは配線をむき出しにして無残な姿を晒している。
天井の吸音材さえもが、何かの衝撃波によって抉り取られていた。
「何だ・・・何をしたんだ? どうやったらこんなことに?」
スタッフは呆然と立ち尽くし、震える手で壁の深い傷をなぞった。
力任せに殴った傷ではない。
まるで、目に見えない「刃」が、この部屋を切り裂いたかのような痕跡だった。
「防音設備が整っていうから借りていったはずなのに・・これじゃ、部屋が半壊じゃないか・・・」
後始末の山積みを想像し、スタッフは頭を抱えた。
「こんなこと・・・店長にどう説明すればいいんだ・・・」
スタッフの途方に暮れた呟きが、静まり返った部屋に虚しく響いた。
#アーククレイドル、第12区画。
かつて次元観測装置が置かれていたその場所は、今や巨大な蒸留所へとその姿を変えていた。
ハーヤマ将軍は、精製機の中央ポッドに差し込まれていた小瓶を手に取り、その中を透かして見た。
中には、薄桃色に輝く液体が揺らめいている。
それは怪人を使い、世界中の歌上手たちから収集した「歌エキス」
「素晴らしい・・・これさえ完成すれば、総統の暴声を改善できる。あと、三人分か・・」.
#とある公園
スピーカー怪人は苛立ちに震えていた。
あと三人。
暴声を改善する為の最後のピースを求めて獲物を探すが、街は「奇病」の噂に怯え、人影もまばらだ。
焦燥感が怪人の肩にある巨大スピーカーを不気味に赤く明滅させる。
その時、静寂を切り裂くように、どこからか透明感あふれる歌声が聞こえてきた。
「ターゲット発見か?」
怪人は影に身を潜め、音源へと慎重に接近する。
だが、そこには誰の姿もなかった。
困惑する怪人の背後に、突如として低い声が響いた。
「かかったな、アークの怪人!!」
振り返ると、そこには健が立っていた。
彼の手にはスマホが握られ、そこから先ほど聞いた清らかな歌声が流れている。
「小細工を、また懲りずにやられに来たのか? 」
怪人が嘲笑うと、健は不敵に笑みを浮かべた。
「ふっ、今日の俺は一味違うぜ! 転生!!」
健の身体が眩い光に包まれる。
光の中から現れたのは、三日間の過酷な修行を経て蘇った戦士・サマロヒだった。
怪人の両肩にあるスピーカーが、再び禍々しく輝き出す。
「無駄な足掻きだ! 喰らえ、バッドボイス!!」
凄まじい暴声の嵐が公園を破壊し健へと殺到する。
しかし、健はその奔流を真正面から見据え、全身全霊を込めて喉を鳴らした。
「待っていたぜ! グッドボイス!!」
健の喉から放たれたのは、極限まで高音域を鍛え上げ高周波へと昇華させた魂の叫びだった。
二つの音波が、公園の中央で正面から激突する。
暴声が生み出すバッドボイスと健の生み出したグッドボイスが激突し、公園の空間が悲鳴を上げて歪み始める。
怪人が放つ「バッドボイス」は、総統の混沌を乗せた破壊の奔流。対する健の「グッドボイス」は、三日間のカラオケ修行で得た、全てを切り裂く高周波の刃。
空中で正面から衝突した二つの衝撃波は、まるで物質と反物質のように激しく火花を散らし、空間そのものを削り取っていく。地面には、巨大な獣の爪で引き裂かれたかのような深い溝が次々と走り、公園の木々は根元から断ち切られ消し飛んだ。
「グアァァッ! な、何だこの威音は!? 俺のスピーカーが焼き切れるッ!」
怪人は必死にスピーカーの出力を上げるが、健の放つ高周波の刃は、バッドボイスの波を切り裂いていく。
怪人の両肩スピーカーは、火花を散らし黒煙を吐き出し始めた。もはや制御不能だった。
「教えてやるよ、アークの怪人! 日本には目には目を、歯には歯をって諺があるんだよ!暴音には癒音ってな!!」
健が最後の一音を喉から解き放つ。
その瞬間、公園から全ての音が消えた。
バッドボイスの濁流も、怪人の咆哮も、木々が倒れる音さえも。
世界が静寂に包まれる。
その静寂の果てで、怪人の肩に装着された巨大なスピーカーが、きらきらと光りながら粒子となって崩れ去っていった。
「馬鹿な・・総統の暴声が負けるとは・・・」
怪人は力なく地面に膝をつき、そのまま砂となって崩れていく。
公園には、戦いの余韻だけが静寂として広がっていた。
次回予告
スピーカー怪人をグッドボイスと言う、よく分からない力技で倒した健。ただし、カラオケ店には出禁だ。
次回




