勇気ある者
山の中腹から吹き下ろす冷たい風が、直樹と雄太の頬を刺した。
岩陰からぬっと姿を現したのは、先ほどまで彼らを執拗に追い回していた黒装束の戦闘員たちだった。
その数は十数人。無機質なマスクの奥にあるであろう冷酷な眼差しが、逃げ場を失った三人に集中する。
「見つけたぞ!」
男たちの怒号が、山間に反響して不気味に響いた。
直樹は胃の底がせり上がるような吐き気を覚え、雄太はガタガタと震える膝を必死に押さえていた。二人が窮余の策で背中合わせになり、手近な木の枝を握りしめて身構える。
もはや戦う意志などない。ただ、せめてもの抵抗として、無様な最期だけは避けようとする動物的な防衛本能だけが彼らを突き動かしていた。
その絶望的な空気を、あろうことか健が切り裂いた。
「おいおい、そんなに大勢で待ち伏せか? 俺を接待したいなら、せめて美味いコーヒーの一杯でも用意しとくもんだぜ」
健は、これから死闘に挑む男の背中とは思えないほど軽やかに、歩みを進める。その足取りには何の迷いもない。まるでコンビニに雑誌を買いに行くような、どこか間の抜けた余裕が、かえって周囲の戦闘員たちを当惑させた。
戦闘員たちが一斉に武器を構える。その殺気は本物だった。しかし、健はその中央へと無防備なまま踏み出していく。
健の動きは、洗練とは無縁だった。
彼は戦闘員を倒す際、拳を握ることさえ稀だ。
まずは相手の足元に滑り込み、靴紐が解けている隙を突いて「靴紐踏みつけ・転倒コンボ」を繰り出す。
派手に転んだ相手が起き上がろうとすると、今度は背後から忍び寄り蹴りを叩きこむ。あるいは、充分な助走からの必殺ヒップアタック!更に・・・
「食らえ、必殺・背中叩き!」
それは叫ぶほどの内容ではなく、もはやただの不意打ちだった。
さらに、戦闘員のリーダー格が鋭い突きを繰り出した時も、健は避けるどころか、あえてその突きを脇で挟み込み、そのまま自分の体重を預けて「ぐるぐる回る」という奇策に出た。
遠心力で目が回った戦闘員がよろめくと、健は隙を逃さず膝裏に蹴りを叩き込む。
「ひ、卑怯だぞ……!」
戦闘員が叫ぶ。
「卑怯? 違うな、これは生き残るための知恵だ!」
健は真顔でそう言い放つと、今度は戦闘員の制服の裾を両手で掴み、そのまま頭に被せて視界を奪うという、子供の喧嘩のような戦法を披露した。戦闘員は右往左往し、同士討ちを始めて自滅していく。
直樹は、膝から崩れ落ちそうになった。
健は、もはや戦っているというよりは、相手の理性を「ドン引き」させることで戦意を喪失させているようだった。
高潔さの欠片もない、しかし圧倒的な「結果」だけを積み上げていく健の背中を見ながら、二人は震えを止められずにいた。
それは恐怖なのか、それともあまりの衝撃に脳がバグを起こしているのか。健は肩をいからせ、誇らしげに鼻を鳴らした。口元には、なぜか戦闘員のポケットから失敬したであろう飴玉が一つ、転がっている。
「うわ・・・」
直樹は思わず引きつった顔で健太を見た。
雄太もまた、言葉を失って健吾の背中を見つめている。
かっこいいのか、ダサいのか、あるいはその両方なのか。二人の胸の中に、言いようのない「モヤモヤ」とした感情が渦巻き始めていた。
戦闘員の一人が、地面を転がりながら叫ぶ。
「貴様・・一般人くせに、なぜそんな・・・」
健はそんな罵倒を鼻で笑い飛ばすと、ヒップアタックで吹き飛ばした戦闘員のヘルメットを拾い上げ、器用にジャグリングを始めた。
「一般人? 俺は探偵だ。ところで、お前ら。俺の腹の虫とどっちが五月蝿いか勝負するか?」
そう言い放つ健の目は、明らかに戦いを求めているというよりも、何かをからかっているように見えた。
直樹と雄太は、自分たちが一体どんな危険な男を助けてしまったのか、ようやく理解し始めていた。
次回予告
ヌルッと始まった、アークとの戦闘。
そして、遂に現れた怪魔!
健に勝ち目はあるのか?




