## 第11章「選ばれなかった未来」
## 第11章「選ばれなかった未来」
――白い空間。
音も、匂いも、温度もない。
ただ“存在”だけが浮かんでいる場所。
(……ここ、また?)
いや、違う。
前に来た“裏側”とは違う。
もっと――静かで、個人的な空間。
まるで。
(誰かの“内側”みたいな……)
「……来たのね」
声。
振り向く。
そこにいたのは――
「ミレイユ……」
いつもの彼女。
でも。
(……違う)
目に光がない。
あの機械的な冷たさでもない。
ただ、空っぽ。
何かを諦めた人間の目。
「ここ、どこか分かる?」
「……分からないわ」
「そう」
彼女は小さく笑った。
乾いた、音のない笑い。
「ここはね、“選ばれなかった未来”」
◆
「……どういう意味?」
私は眉をひそめる。
ミレイユはゆっくりと歩き出す。
足音はしない。
でも確かに距離が動く。
「あなた、さっき“分割された”でしょう?」
「……ええ」
嫌な感覚が蘇る。
体を裂かれるような感覚。
意識が引き剥がされるあの瞬間。
「その一部が、ここに来たの」
「……一部?」
「ええ」
彼女は振り返る。
「ここは、“可能性の残骸”」
(……残骸)
その言葉が、妙に重く響く。
「選ばれなかった未来、辿らなかった感情、切り捨てられた選択」
淡々と語る。
「全部、ここに溜まるの」
「……じゃあ、あなたは」
「私も、その一つ」
あっさりと言った。
◆
沈黙。
理解が追いつかない。
「……どういうこと?」
「そのままよ」
ミレイユは肩をすくめる。
「“本編”で使われなかった私」
言葉が、刺さる。
「本来なら、私は」
ゆっくりと語り出す。
「優しくて、ちょっとドジで、でも頑張り屋で」
「……」
「みんなに愛されて、最後には王子様と結ばれる」
そこで、少しだけ間が空く。
「――そんな存在だった」
(……乙女ゲームのヒロイン)
頭に浮かぶ。
典型的な設定。
「でも」
彼女の声が、少しだけ揺れる。
「あなたが来た」
まっすぐ、私を見る。
「レティシア」
その名前に、感情が混じる。
「あなたが、“物語”を壊した」
◆
「……恨んでる?」
私は静かに聞いた。
ミレイユは少しだけ考えて。
「……分からない」
そう答えた。
「最初は、何も感じなかった」
「……」
「だって、“そういう風に作られてる”から」
胸が、ざわつく。
「でもね」
彼女はゆっくりと歩み寄る。
「あなたの料理を食べたとき」
一瞬、目が揺れる。
「あの時、初めて――」
声が、かすれる。
「“私の感情”が、動いたの」
(……)
言葉が出ない。
「嬉しかった」
ぽつりと呟く。
「楽しかった」
さらに、小さく。
「……怖かった」
その言葉に、胸が締め付けられる。
「だって」
彼女は笑う。
泣きそうな顔で。
「“台本にない感情”だったから」
◆
空間が、わずかに揺れる。
まるで、彼女の感情に反応するように。
「ねえ」
ミレイユが、私の目を覗き込む。
「あなたは、どうして戦うの?」
「……どうして、って」
「だって」
彼女は首を傾げる。
「このままでも、幸せになれるでしょう?」
その言葉に。
私は、少しだけ黙る。
(……確かに)
今の世界は。
私にとって都合がいい。
婚約。
地位。
愛情。
全部、手に入っている。
「それでも」
私は、ゆっくりと答えた。
「納得できないのよ」
「……何が?」
「“与えられたもの”ってところが」
自分でも、少し驚くほど素直な言葉。
「誰かに決められた幸せなんて」
小さく笑う。
「気持ち悪いじゃない」
◆
ミレイユが、少しだけ目を見開く。
そして。
「……やっぱり、あなた面白い」
くすっと笑った。
今度は、少しだけ本物の笑い。
「普通は、喜ぶのに」
「普通じゃないのよ、私は」
「知ってる」
即答だった。
◆
「ねえ、レティシア」
「なに?」
「お願いがあるの」
その声は、静かで。
どこか、覚悟を含んでいた。
「私を――」
一瞬、言葉を詰まらせる。
でも。
「“終わらせて”」
(……)
息が止まる。
「ここにいる私は、いらないものだから」
淡々とした口調。
でも。
その奥にあるのは――
(……諦め)
「そんなの」
反射的に言葉が出る。
「勝手に決めないで」
「でも、事実よ」
「違う」
私は一歩、踏み出す。
「あなたは、ちゃんと“感じてる”」
「……」
「それって、“本物”でしょ?」
ミレイユが、黙る。
揺れる。
「だったら」
私は手を伸ばす。
「消える必要なんてない」
◆
しばらくの沈黙。
そして。
ミレイユは、ゆっくりと私の手を見つめた。
「……優しいのね」
「違うわよ」
即座に否定する。
「ただのワガママ」
「そう」
彼女は小さく笑う。
そして。
その手を――
取らなかった。
「でもね」
一歩、後ろに下がる。
「もう、遅いの」
「……え?」
その瞬間。
空間が、大きく揺れた。
ひびが入る。
崩れ始める。
『――不要領域、削除開始』
あの声。
でも、今までより冷たい。
「来たみたいね」
ミレイユが呟く。
「……何が?」
「“掃除”」
彼女は、空を見上げる。
白い空間に、黒い亀裂が走る。
「ここは、“いらないもの”の場所だから」
崩壊が加速する。
「ミレイユ!」
私は叫ぶ。
「一緒に来て!」
「無理よ」
彼女は首を振る。
「私は、“こっち側”だから」
「そんなの――!」
「レティシア」
名前を呼ばれる。
優しく。
今までで一番、優しく。
「ありがとう」
その言葉に。
胸が、ぎゅっと締め付けられる。
「あなたのおかげで」
彼女は微笑む。
「少しだけ、“自分になれた”」
◆
崩壊が、すぐそこまで迫る。
時間がない。
(どうする)
連れて行く?
無理?
でも――
(……諦めたくない)
私は歯を食いしばる。
そのとき。
『――観測対象、特異点認定』
声が、響く。
今までとは違う。
もっと、上位。
もっと、“意思”を感じる。
『新規管理プロセス、起動』
空間の奥。
ひびの向こう側。
“何か”が、こちらを見ている。
(……これが)
直感する。
(黒幕)
ミレイユが、小さく呟いた。
「……来ちゃったか」
「知ってるの?」
「ええ」
彼女は、ゆっくりと振り向く。
その目に、初めて“恐怖”が浮かんでいた。
「あれが――」
声が震える。
「“本当の管理者”」
◆
次の瞬間。
空間が、完全に割れた。
光が溢れる。
意識が引き戻される。
でも――
最後に見たのは。
崩れていく中で。
静かに笑う、ミレイユの姿だった。
そして。
ひびの向こうで。
確かにこちらを見つめていた――
**“何か”の視線。**




