第八十六話:荒れ狂う玄界灘! 狂気の海戦と夜叉の跳弾!
――九州と大陸を隔てる魔の海域、玄界灘。
天を衝くほどの巨大な漆黒の波が、伊達家の強奪した装甲輸送艦(黒船)を容赦なく打ち据えていた。
「オロロロロロロッ……!!」
船室の隅で、カピバラ・タナカが短い前足を口に当てながら、凄まじい船酔いと恐怖で悶絶していた。
(キュルルッ……! もう限界っす! さっきから波の高さがビル三階建てくらいあるっすよ!? しかも外からは大砲の音がドッカンドッカン聞こえるし、完全にハリウッドの海戦映画っす!! 誰か……誰か平和なB級グルメのロケに連れ戻してくれっすぅぅ!!)
タナカの切実な心の叫びなど、この地獄の海では波音にかき消されるだけだった。
「波の周期、並びに風速の変動パターンを解析……! 次の波の頂点まで、あと十二秒!」
嵐の甲板で、片倉小十郎が雨に濡れる木製そろばんを超高速で弾きながら、操舵を握る伊達政宗へと叫ぶ。
「上等だ! 機関部、出力限界まで回せェッ!! 波ごとぶち抜くぞ!」
政宗が眼帯の奥の瞳をギラリと光らせ、舵輪を力任せに回す。
黒船が波の壁を乗り越え、宙に浮いたその瞬間。
ズドォォォォォォンッ!!!
稲妻の閃光に照らされ、前方から無数の火柱が上がった。
荒れ狂う波の向こう側に、豊臣メガバンクの誇る『海上制圧艦隊』――数十隻の重武装ガレオン船が、伊達の黒船を完全に包囲するように陣取っていたのである。
「伊達の小童ども……! よくぞ名護屋のドックから抜け出したものだが、貴様らの命運もここまでだ」
巨大な旗艦の甲板で、豊臣海軍総司令官・九鬼嘉隆が、雨に濡れた軍刀を冷酷に振り下ろした。
しかし、その顔には歴戦の海の男の誇りはなく、ただ得体の知れない「恐怖」に怯えるような痙攣が走っていた。
「殿下は……あの御方は、完全に壊れてしまわれた。出陣の直前、空の玉座に向かって赤子のように泣き笑いながら、我々にこう命じられたのだ」
九鬼の脳裏に、焦点の合わない泥水のような瞳で笑う、秀吉の姿がフラッシュバックする。
『……沈めろ。ワシの船ごと、海も、空も、全部大砲で撃ち抜いて沈めてしまえ。ワシの言うことを聞かない奴は、味方ごと全部海の底の泥にしてしまえぇぇッ……!』
「狂っている……だが、我々はメガバンクの歯車! 殿下の絶対の悪意を遂行するのみ! 味方ごと伊達を消し去れ! 全艦、一斉射撃ィィッ!!」
九鬼の悲痛な絶叫と共に、数十隻の敵艦から、マストごと船を粉砕するための『鎖弾(二つの砲弾を鎖で繋いだ特殊弾)』が無数に放たれた。
「敵弾、来ます!!」
小十郎がそろばんを構える。
だが、その前に巨大な筋肉の塊が甲板に躍り出た。
「させるかァァァッ!! 上腕・広背筋、超絶連動ッ!!」
伊達成実が、折れた鋼鉄のマストを巨大なバットのように構え、飛来する数百キロの鎖弾めがけてフルスイングを放った!
ガガァァァァァァンッ!!!
常軌を逸した膂力によって、鎖弾がピンボールのように弾き返され、敵の軍艦の側面を粉砕する!
「な、砲弾を物理で打ち返しただと!?」
驚愕する九鬼艦隊。その隙を、映像ディレクター・クリノジは見逃さなかった。
「今です!! 照明、セットォォォッ!!」
クリノジが取り出したのは、撮影用の巨大な『レフ板(反射板)』。しかし、それは純度100%の鏡面研磨チタンで構成された特注品であった。
クリノジがレフ板を構え、稲妻の閃光を敵艦隊の司令塔へ向けて完璧な角度で反射させる!
「ぐわぁぁぁッ!? 目が、目がァァァッ!!」
強烈な反射光が敵の砲兵たちの網膜を焼き、狙いを完全に狂わせた。
(いやだから!! ディレクターの機材がなんで兵器として成立してるんっすか!! レフ板で敵の艦隊を無力化するとか、映像専門学校の授業で絶対教わらない技術っすよ!!)
タナカは船酔いしながらも、的確すぎる心のツッコミを入れ続けていた。
「……敵の陣形が崩れました。政宗様、敵旗艦への道を」
静かな、しかし確かな殺意を帯びた声。
甲板の先端に、漆黒の短髪を海風に揺らす『夜叉』――宗次郎が立っていた。
「任せたぜ、宗次郎。……道は俺が作る!」
政宗が二丁のオートマチック・ハンドガンを抜き放ち、敵艦隊の弾薬庫を正確に撃ち抜く。爆発の炎が海面を照らし出した瞬間、宗次郎は甲板を蹴った。
荒れ狂う波間を縫うように、沈みゆく敵船の残骸を飛び石にして、宗次郎は一気に旗艦へと肉薄する。
「撃て! あの黒ずくめを撃ち落とせェッ!!」
九鬼の命令で、数十人の銃兵が一斉に火縄銃を構える。
ガキィィィィンッ!!
空中で、宗次郎は絡繰大盾刀『玄武』を扇状に展開。鉛の弾丸の雨を極厚の盾ですべて弾き落とし、そのまま敵旗艦の甲板へと重々しく着地した。
「……夢想静水流・波の型」
宗次郎は玄武を畳み、両手から特注の短筒を引き抜く。
しかし、銃口は敵兵ではなく、甲板にそびえ立つ鋼鉄製のメインマストへと向けられていた。
「『水鏡』」
ズダンッ!! ズダンッ!!
放たれた銃弾は、鋼鉄のマストに命中。しかし、それは弾かれたのではない。
宗次郎の完璧な計算によって放たれた弾丸は、マストの曲面で『跳弾』となり、あり得ない角度で反射して、物陰に隠れていた銃兵たちの武器を次々と破壊していった!
キンッ! ガギィンッ! バキィィッ!!
跳弾が甲板を乱反射し、敵の戦力を一瞬にして削ぎ落とす。まさに神業の『銃闘術』である。
「ば、化け物め……!」
九鬼嘉隆が軍刀を振り被り、宗次郎へと斬りかかる。
しかし、宗次郎はステップでそれを軽々と躱すと、空になった右手の短筒の銃把で、九鬼の鳩尾に強烈な打撃を叩き込んだ。
「がはッ……!!」
豊臣海軍総司令官が、白目を剥いて甲板に崩れ落ちる。
「……狂気の大海原に、沈むがいい」
宗次郎は短筒を懐に収め、冷酷に見下ろした。
指揮官を失った豊臣の艦隊は統制を失い、次々と玄界灘の荒波に飲まれていく。
伊達家の黒船は、その残骸を無情に乗り越え、激しい嵐の海を大陸へと向かって突き進んでいった。
(……プロレス技が一切出ない。宗次郎さんが、完全に冷酷な暗殺マシーンになっちゃってるっす……。これ、本当にあと4話でいつものグルメ旅に戻れるんっすか……?)
タナカは、揺れる船室の中で、かつての黄金の長髪と悪臭が少しだけ恋しくなりながら、絶望の海を越えていくのであった。




