第八十一話:質屋からの帰還! 目覚めし夜叉と、消滅した黄金の髪!
奥州から出立する直前。仙台城下の薄暗い質屋『大黒屋』の店内に、重々しい金属音が響いた。
「これで足りるか。我が伊達家の『魂』を請け出しに来た」
伊達コーポレーションCEO・伊達政宗が、カウンターに小判の束を叩きつける。
震える店主が奥の蔵から恭しく運んできたのは、長い間埃を被っていた、巨大で分厚い布包みだった。
「……政宗様。かたじけない」
神堂宗次郎は深く一礼し、その重たい布包みを背中に背負った。
ずしり、と肩に食い込むその重量感。かつて戦場で血の雨を降らせた、絡繰大盾刀『玄武』と無数の火縄銃の感触が、宗次郎の背中から冷たい熱を伝えてくるようだった。
◆◆◆
――数日後。
伊達家の先陣部隊とカオス・パーティーを乗せた軍用装甲馬車は、奥州の国境である白河の関を越えようとしていた。
空は厚い鉛色の雲に覆われ、冷たい氷雨が降り注いでいる。
「……止まれ」
先頭を進んでいた政宗が、片手で合図を送った。
雨音に混じり、周囲の深い森から、異様な殺気がじわじわと滲み出していた。
「政宗様。前方および左右の稜線に、熱源反応多数。……完全武装の伏兵です。数はざっと五十」
片倉小十郎が、雨に濡れるタブレット端末を見つめながら冷徹に報告する。
シュガッ……!!
小十郎の報告が終わるより早く、森の暗がりから無数の黒装束が姿を現した。豊臣メガバンク直属の暗殺部隊『黒の監査役』たちである。彼らの手には、雨の中でも確実に着火する特殊な防水仕様の凶弩が握られていた。
「フン……。秀吉の野郎、九州名護屋城に着く前に俺の首を獲る気か。舐められたもんだ」
政宗がレザージャケットの懐から愛銃を抜こうとした、その時だった。
「政宗様。ここは、私にお任せを」
静かな、しかし凍りつくような低い声と共に、宗次郎が馬車から降り立った。
――その瞬間である。
宗次郎の全身を包んでいた「スーパー戦国人参(膝まで届く黄金の長髪)」が、まるで幻影だったかのように一瞬にして消滅した。
幾重にも重なっていた豚骨や味噌、ガーリックの暴力的などんぶり臭は、冷たい氷雨と硝煙の匂いへとすり替わる。
失われていた両眉毛はキリッと生え揃い、無造作で短く切り揃えられた黒髪が、雨に濡れて額に張り付いていた。
(キュルルッ!? えええええええええええええッ!?)
馬車の陰から見ていたカピバラ・タナカは、心の中で特大の絶叫を上げた。
(髪の毛が! 悪臭が! 一瞬で消えたっす!? しかも眉毛が復活して、めちゃくちゃシリアスなイケメン剣士に戻ってるっす!? いやいやいや、どんな原理っすか! プロレスのプの字もないっすよ! ……でもこれ、絶対に突っ込んじゃダメな空気がビンビン出てるっす! カピバラの野生の勘が「黙っとけ」って激しく警告してるっす!!)
タナカが己の毛皮を震わせて沈黙を守る中、他の誰も――政宗でさえも、宗次郎の突然すぎる外見の変化に一切突っ込むことなく、ただただその背中から放たれる圧倒的な「死の気配」に息を呑んでいた。
宗次郎の瞳には、かつての温厚な剣術指南役の面影はない。
血と硝煙に塗れた、戦場の悪鬼。封印されし『夜叉』の目が、黒装束たちを冷酷に射抜いていた。
「……放てェッ!!」
黒装束のリーダーが絶叫する。
ビュンッ! ビュンッ!!
四方八方から、雨を切り裂いて数十本の凶弩の矢が宗次郎へ向かって殺到した。
宗次郎は、背中の布包みを瞬時に解き放つ。
現れたのは、通常の刀の三倍の厚みを持つ異形の刀。宗次郎はそれを正面に突き出し、柄の隠しボタンを押し込んだ。
――ガシャンッ!!!
鋭い金属音と共に、玄武の刀身が扇状に展開。極厚の刃が、一瞬にして宗次郎と馬車の前方を覆い尽くす『完全なる大盾』へと変貌を遂げた!
カンカンカンカンッ!!
殺到する矢の雨が、大盾に弾かれ、すべて無力化されて地面に散らばる。
「な、なんだあの盾は……!? 装填急げッ!」
敵が二射目の準備に取り掛かった瞬間、宗次郎は展開した大盾をわずかに傾け、その隙間から両腕をヌッと突き出した。
その両手には、短く切り詰められた特注の短筒火縄銃が握られている。
「……夢想静水流・裏の型」
宗次郎が、氷のような声で呟いた。
「『夜叉の涙』」
ドァァンッ!! ドァンッ!!
閃光。轟音。
雨を切り裂き、左右の短筒から放たれた銃弾が、一切の無駄のない軌道で黒装束たちの腕を正確に撃ち抜いた。
「ぎゃああッ!?」
凶弩が次々と手から落ちる。
宗次郎は歩みを止めない。盾で敵の反撃を完全に防ぎながら、撃ち尽くした短筒を投げ捨て、懐から新たな短筒を流れるような動作で引き抜いては発砲を繰り返す。
それは、防御と射撃を極限まで洗練させた銃闘術であった。
ズダンッ!!
「がはッ……!」
最後の弾丸が、暗殺部隊のリーダーの足元に命中し、敵は全員が地面に倒れ伏した。一人として命を奪ってはいない。だが、全員が戦闘不能の重傷を負わされていた。
静寂。
硝煙の匂いが、冷たい雨に溶けていく。
宗次郎はゆっくりと玄武の絡繰を解除し、元の厚い刀身に戻すと、鞘に納めた。
「……報告しろ。お前たちを差し向けたのは、誰だ」
宗次郎が、倒れ伏すリーダーを見下ろして冷酷に問う。
「ひ、ひぃ……! 石田三成様だ……! 伊達の小倅が九州に辿り着く前に、暗殺部隊を差し向けて確実に始末しろと……!!」
その答えに、政宗が舌打ちをした。
「やはりな。大坂の本社は、俺たちを釜山に送る気すらない。この国内で、伊達家を完全に消すつもりだ」
「……」
宗次郎は無言のまま、黒装束たちから視線を外し、政宗の方へと振り返った。
その顔は、プロレス技で笑顔を振りまいていた男とは別人のような、凄まじい緊迫感に包まれていた。
「政宗様。道中、血の雨が降ることになります。……私がすべて、斬り払いますが」
「頼もしいぜ、宗次郎」
政宗がニヤリと笑い、馬車の御者台に足をかけた。
「全員、気を引き締めろ! これから先は、メガバンクの刺客がうじゃうじゃ湧いて出る地獄のハイウェイだ! 突破するぞ!!」
(いや、だから! さっきまでのプロレスへの情熱とラーメンの匂いはどこ行ったんっすか!? しかも誰もツッコミ入れないの怖すぎるっす!!)
心の中でひたすらツッコミを入れ続けるタナカの葛藤をよそに、カオス・パーティーと伊達家の軍勢は、氷雨の降る街道を九州・名護屋城へと向けて、ただひたすらに南下していくのであった。




