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第七十二話:摩天楼の孤独。メガバンクCEOと、彼を愛した二人の女

【作者より読者の皆様へ】

正直に言います。新しい県に行って、ご当地の名産品を食べて、敵が出てきて料理対決をして、最後は宗次郎のプロレス技で締める……このくだらないワンパターン展開、もう書くの完全に飽きました!!

ということで、今回から4話連続で、大坂城を舞台にした「秀吉・淀殿(元カトリーヌ)・正室ねね」のドロドロ三角関係を、普通にマジメな大人の恋愛ドラマとして書いていきます。宗次郎やカピバラたちの出番はしばらくお休みです。新章、開幕です。

 大坂の夜景は、まるで地上に敷き詰められた宝石箱のようだった。

 豊臣メガバンク本社ビル、最上階のペントハウス。純金であしらわれた巨大なデスクの奥で、豊臣秀吉は一人、窓の外のネオンを見下ろしていた。

「……天下を取れば、心が満たされると思っていたんだがな」

 分厚いクリスタルグラスに入った最高級のブランデーを揺らしながら、秀吉は低くため息をつく。

 かつては泥水にまみれ、ただひたすらに上を目指して駆け上がってきた。メガバンクの絶対的CEOとして、日本の経済を牛耳る男になった今、彼の手に入らないものは何一つない。

 しかし、その背中はどこかひどく孤独で、疲労の色が濃く滲んでいた。

「ひでちゃん……♡ こんな暗い部屋で一人、何を黄昏れているの?」

 静寂を破り、甘く艶やかな声が響いた。

 豪奢な真紅のドレスに身を包み、長い足を優雅に交差させながら歩み寄ってきたのは、現在の秀吉の寵愛を一身に受ける女――淀殿(元カトリーヌ)である。

「茶々か……」

 秀吉の険しい顔が、一瞬だけ緩む。

「もう、眉間にシワが寄っているわよ。私の前では、ただの『ひでちゃん』でいてって言ったじゃない」

 淀殿は秀吉の背後に回り、その広い肩を滑らかな指先で優しく揉みほぐした。彼女から漂う、南蛮渡来の高級な香水の香りが、秀吉の脳を甘く麻痺させていく。

「お前は本当に、俺を若返らせてくれるな。お前がいれば、俺はまだまだこの天下で暴れ回れる気がするよ」

「ええ、そうよ。あなたは誰よりも強くて、魅力的な男だわ。だから……明日の夜は、私をシンガポールのカジノ・リゾートに連れて行ってね?」

 淀殿が秀吉の耳元で甘く囁き、彼の頬に唇を寄せる。

 彼女は、秀吉の「現在の成功」と「欲望」の象徴だった。彼女の華やかさが、老いを感じ始めた秀吉に、絶大なエネルギーを与えているのは事実だった。

 ――ガチャリ。

 だが、その甘い時間を遮るように、ペントハウスの重厚な扉が静かに開いた。

「……あら。お邪魔だったかしら、秀吉様」

 そこに立っていたのは、着物姿の落ち着いた女性だった。

 派手な装飾は一切ない。しかし、その凛とした佇まいと、深く澄んだ瞳には、淀殿のドレスの輝きさえも霞ませるほどの、圧倒的な「気品」と「凄み」があった。

 秀吉の正室。共にゼロから豊臣メガバンクを築き上げた最大の功労者にして、秀吉が唯一、頭の上がらない女――北政所きたのまんどころ、ねねである。

「ね、ねね……! いや、これはその……」

 先ほどまでの絶対的CEOの威厳はどこへやら、秀吉はグラスを置き、慌てて淀殿から体を離した。

「ふふ、言い訳なんて結構ですよ。あなたがおモテになるのは、昔から変わらないことですから」

 ねねは静かに微笑みながら、手にした小さなお盆を秀吉のデスクに置いた。

 そこに乗っていたのは、最高級のブランデーでも、キャビアでもない。温かいほうじ茶と、素朴な塩結び(おむすび)が二つだった。

「夜遅くまで仕事詰めでしょう。胃が疲れている顔をしていましたから、昔よく作ってあげた夜食を持ってきました。……針の穴を通すような冷たい世界で戦うあなたには、こういう温かいものが必要よ、藤吉郎とうきちろう

 天下人である秀吉を、昔の貧しかった頃の名前で呼べるのは、この世界でねねただ一人だった。

「……ありがとう、ねね。お前はいつも、俺の欲しいものが分かっている」

 秀吉が塩結びを手に取ろうとした瞬間、淀殿が冷ややかな声で割って入った。

「ちょっと待ってくださる? 正妻様だか何だか知らないけれど、今のひでちゃんは、世界を動かす豊臣のトップよ。そんなみすぼらしいおにぎりなんて、ひでちゃんの胃袋には相応しくないわ」

 淀殿の挑発的な視線が、ねねを真っ直ぐに射抜く。

 しかし、ねねは表情を崩すことなく、静かに淀殿を見つめ返した。

「みすぼらしい、ですか。……あなたは、今の光り輝く彼しか知らないのですね。彼が泥水をすすり、涙を流しながら、それでも前を向いて歩き続けた不器用で愛おしい時代を、あなたは知らない」

「……ッ! 過去の話なんてどうでもいいわ! 今、この人を最も輝かせているのは私よ!」

「ええ、あなたのその若さと美しさは、確かに彼を奮い立たせているわ。それは感謝します。でもね……」

 ねねは、秀吉の隣に立ち、その背中にそっと手を添えた。

「人が本当に帰りたいと願う場所は、眩しすぎる光の中ではなく、心から安らげる陽だまりの中なのよ。……そうですよね、あなた?」

 ねねの温かい手が、秀吉の背中から伝わる孤独を溶かしていくようだった。

 一方、淀殿は悔しげに唇を噛み、秀吉の腕を強く引き寄せた。

「ひでちゃん……私とこの女、どっちが大切なの……?」

 華やかで刺激的な「現在」を象徴する淀殿。

 温かくすべてを包み込む「過去からの絆」を象徴するねね。

 大坂の夜景を見下ろすペントハウスで、秀吉は二人の女の視線に挟まれ、静かに目を閉じた。

 男の成功の果てにある、どうしようもない愛の渇きと葛藤。三人の歯車は、ここから音を立てて狂い始めていく――。

(第七十三話へ続く)

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