第151話 宿のトラブル
本当の火事にするか、狂言にするかで悩んで、結局狂言になりました。
来週はお休みします。宜しくお願いします。
森の外で待つ馬車まで戻ると、残った護衛は筋トレや、剣の打ち合いをしていた。私たちの帰還にいち早くモーディーが気づいて、迎えてくれる。
「強欲様、ご無事でしたか!」
「ご無事リンよ」
「ごぶじりん?」
ゴブリンとご無事リン。モーディーにはちょっと高等だったかしら。見送りに来た数名のゴブリンには通じたようで、ご無事リンご無事リンと笑い合っている。
「とにかくいい商売ができそうって話よ。どう、帝国でも売れそう?」
私はゴブリンから仕入れた、ふちをレース編みしたハンカチを見せた。
モーディーは感激して、両手を合わせている。
「すごい……、なんて細かくて正確な手仕事でしょう! これをゴブリンが作ったんですか……!??」
「そうなのよ~。売る伝手がないみたいよ」
「ゴブリンさん、本当ですか!?? こんな立派なものを売る場所がない……?」
モーディーは驚いて、勢いよくゴブリンを振り返った。
どう見ても売ってるレベルの商品よね。手先の器用なゴブリンである。
「ホント、作ッタ。ドコデ売ルカ知ラナイ」
「売リタイ」
うちの近くに住んでいればいくらでも買い取ってあげるけど、さすがにゲルズ帝国は遠すぎだからね~。ゴブリンも小悪魔みたいに、移住してきてくれないかな。
「買い取ってくれるお店を紹介できますよ! 連絡を入れておくので、一度お話ししてみませんか!??」
侯爵家の伝手が使えるチャンス!
これはいいお話よね。ゴブリン達も最初は呆気に取られていたが、理解するとバンザイを始めた。
「オ話シテミタイ! 待ッテル」
「私ノ作品ガ、オ店ニ? 嬉シイ!」
お店の名前を伝えて、馬車を出発させた。大歓喜のゴブリンが両手を振ってお見送りをしている。
お金が手に入って材料を買えるようになれば、この近辺のゴブリンによる被害の多くは防げるのでは。さすが私、平和的かつ可及的速やかに問題を解決してしまった。天才か。平和の親善大使として活躍できるかな。
親善大使ってなにする仕事か知らんけど。
「予定よりだいぶ遅れてしまったので、今日はここから一時間ほどの距離にある村に泊まりましょう。先触れを出しておきますね」
モーディーが私達に確認をしてから、馬に乗った護衛の一人を走らせた。その村の先は、しばらくは相部屋になる安価な旅宿しかないそうだ。
夕方の大きなオレンジの太陽が草原の地平線に近づく頃、目的の町に到着した。
宿はしっかり確保されていて、先触れの男性が案内してくれた。
レンフィールド侯爵家の馬車なので、気付いた人が離れた場所から馬車の中を覗きこんでいる。ゴードンさんは乗ってないぞ、本当に人気だなあ。
宿は二階建てで、レンガを使った赤茶色の外壁がこじゃれている。
他にも数名の宿泊客がいるので、建物内で戦わないでくれと注意された。さすが脳筋帝国、注意内容もおかしい。この国のヤツらは、そんなに室内で乱闘するんだろうか。
「食事は外で食べるか、頼んで部屋に運んでもらうかです。どちらにしますか?」
カウンターで説明を受けているモーディーが、私に聞いた。決めていいのよね、少し考えて答える。
「食べに出ましょ」
食事処が併設されていない宿なのだ、立派な料理はなさそう。朝食だけをお願いした。朝はギリギリまで眠っていたい。
部屋はこぢんまりとしていて、棚とテーブルが一つにベッドが二つ。二人部屋だ。
私とラウラはともかく、シメオンとロノウェも同じ部屋なのか。吸血鬼と悪魔の組み合わせなんて、蠱毒みたいな部屋だわ。ゴブリンも一人くらい連れてきて放り込めば良かった、それこそ戦いが始まったかも知れない。まあ負けるのはゴブリンだわな。
休憩して辺りがすっかり暗くなってから、フロントでおすすめの店を教えてもらい、宿の近くの大衆食堂に入った。既に席は半分以上埋まっている。
養鶏場が多く鳥料理が有名らしいので、チキンステーキを選択。味はハーブも使ったあっさり味、ジューシーでおいしかった。
おいしい食事の余韻に浸って眠れるって、幸せよね。
「女神様、今日も一日平和に過ごせました。ありがとうございます……」
ラウラが祈っているわ。私も両手を合わせ、一緒に祈った。
「ご飯おいしかったです。ステキな糧をありがとうございした。明日は牛を食べられますように、お金が儲かりますように……」
「……姉さん、なんですかその祈り」
「感謝と希望よ」
明日は牛肉が食べたいなー。毎日食べたい。せめて夢の中だけでも。
疲れていたのか、ベッドに沈むとすぐに眠れた。深夜に外が騒がしくなり、まどろみからゆらゆらと浮上する。
続いてドンドンとドアを叩く音が脳に響いた。うるさいなあ、呼びかける声はモーディーか。
「強欲様、ラウラ様!!! 起きてください、火事です!!!」
「……火事ですか!?? 姉さん、起きてください。すぐに避難しましょう!」
「うーん……まだ眠い……。火事のヤツに、迷惑だから明日の朝に出直してって言ってやって……」
寝返りを打って僅かに瞼を上げると、窓の外を確認するラウラの姿があった。
「もう外に人が集まっています、煙も見えます。姉さん早く!!!」
ラウラは靴を履いて、パジャマのままで布を羽織り、カバンを棚から取り出していた。私の分も準備してくれている。さすがラウラ。
「急いでください、逃げ遅れたら大変ですよ!」
またもやモーディーが扉を叩きながら叫んでいる。あー、避難しなきゃなあ。
「……んぐ……シメオンさんを呼んで……」
眠りを邪魔されるのは嫌いなのに、起きなければならない。シメオンが運んでくれないかなあ。
「……起きて一緒に避難してくれたら、銅貨を一枚あげますよ」
「スッキリお目覚め、いい深夜ねーーー! すぐに支度するわ、持ってくものある?」
銅貨でも覚醒効果は抜群だ。掛け布団をどかして身を起こし、いそいそと靴を履く。ラウラはすっかり準備万端だ。
「貴重品を持ってください。後はショールでも被って、このまま行きましょう」
荷物はラウラがまとめてくれたから、すぐに持てる。お金と商品を忘れずに、クシなどは置きっぱなしで。
「よっし完了! 行くわよラウラ!」
「……はい」
廊下ではモーディーが、キョロキョロと落ち着きのない様子で待っていた。煙くはないし、火もない。窓からちょっと煙が見えてたけど、そもそもどこが火事なんだ……?
「すぐに宿を出ましょう」
私達の横を、奥の部屋に泊まっていた女性二人組が走り去った。従業員も呼びかけながら全部の部屋をノックしている。自分の避難があとになるから大変だな。
「シメオンさんたちは?」
「避難しましたよ、先に外にいます」
階段を降りながら、モーディーが教えてくれた。
そうよね、シメオンは夜が本来の活動時間帯だし、悪魔も夜の方が強そう。最初から起きてたんだろう。
「良かった、お金が溶けちゃうと困るからね」
シメオンの財布は私の貴重品。いずれ私の店の商品を買う可能性もある、大事なお金よ。
外には人が集まっていて、ざわざわとしている。煙がどこかから流れているが、火の手らしきものはないぞ。
「……火事だって騒いでいるヤツがいたから出てきたけど、燃えてないぞ?」
「どこが火事とは言ってなかったから、分からないわねえ」
消火活動用に木桶やヤカンを持った人が、首をかしげている。誰もどこが火事か知らないの?
ところで斧を持ってうろちょろしてる筋肉はなんだ? とりあえず壊す気か? 水で消火する以前の世界から来たのか? ヤカンも消火には物足りないのは確かだ。
「おーーーい!!! こっちだ! これ、おかしいぞ!!!」
五十代の男性が脇の道から顔を出し、大きく手を振って叫んでいる。よせばいいのにゾロゾロと、大勢がそちらへ向かった。代表者だけで良くないか。
……とはいえ気になるので、私も行く波に紛れる。
「え、強欲様っっ」
「姉さん、はぐれちゃいますよ」
モーディーとラウラとは距離が空いたが、好奇心が勝利した。
護衛の一人が私の方にも来るべく、人波を掻き分けて追いかけてくる。だが追われると逃げたくなるのが人のさが。群衆の間を右に左に、自由に動いて追っ手を翻弄した。困っておるわい、ほっほっほ。
遠くまで行くわけでもなし、護衛がいなくても平気だろう。
宿から三軒ほど先の角を曲がると、狭い屋敷畑と家があった。現在は何も植えていないその畑で、焚き火が燃えて煙が発生している。
「これじゃないか? 火事じゃないよ、どの家も火の手なんてないぞ」
こっちだと皆を呼んだ男性が、焚き火を指で示す。方々《ほうぼう》を探しても、燃えていそうなのはこれだけなのか……。
「ええ……、イタズラかな……?」
「一応、他も確認して、燃えてなかったら撤収しましょ。焚き火の始末はしておかないと」
集まった連中はブチブチと文句を言いつつ散っていった。戻る人と来たばかりで進もうとする人が、交差に歩く。
なんだ、いたずらだったんだ。また寝るかな。宿への道を引き返すと、宿の前でロノウェが若くいかにも軽薄そうな男性を捕まえていた。
「火事場泥棒だね。火事だと嘘をついて、人がいなくなった隙に盗みを働いていたよ」
「火事も狂言なの!??」
なんだと。盗むために嘘をついたの? 罪の上塗りだな!!! 犯人はふて腐れた表情で、口を引き結んでいる。
私が怒っているのに、村の連中の反応は薄い。隣にいる相手とひそひそ話していた。
「狂言? 狂言ってなんだ?」
「……嘘ってことじゃない?」
「じゃあつまり…………火事は………ない?」
「そうなるわよ……ね?」
脳筋連中の理解が遅すぎる!!!
犯人は囲まれ、侯爵家の護衛が町の兵を呼びに行っている。牢に入られる前に、怒りをぶつけねばならない。
「ロノウェさんナイス、捕まえておいて!!!」
「……盗んだものはそこに落ちてるよ?」
「強欲、落ち着け。すぐに引き渡して取り調べをしてもらう」
シメオンが止めるが、その程度で止まる私ではない。
「よくも夜中に起こしてくれたわねー!!!!!!」
七聖人悪人改心ビーンタ!!!
大きく振りかぶって頬を打とうとしたが、シメオンが手首を掴んだ。
「だから落ち着きたまえ」
「……あ、メイスは馬車の中だわ……!」
ビンタなんて手ぬるい、メイスで打てって意味か……!
「お姉さん、気持ちは分かるけどやめよう! 聴取をしなきゃ、仲間がいるかも聞かなきゃ」
「殴ってやろうって気持ちが消えたわ、なんか冷静になるわね……」
集まった連中はすっかり日和ってやがる。一発ずつくらい、権利があるのに。




