第149話 西へ出発!
呪術師と悪魔が揉めそうになったのを颯爽と解決、私ってば有能すぎるわ。さすが神様に認められた才能。
出番のなかった軍師シメオンに、またもや嫉妬されちゃいそうね。もしかすると、金貨を積んで弟子入りに来ちゃうかも!?? ……まあ私とシメオンの仲だし、特別に考えてあげても良くってよ。
先に一階に降りていたみんなに追いついたわ。
「みかんドリアン様に改めて謝罪されて、少しお話ししました。カラードを目指して修行しているそうですよ」
「へー」
ラウラは話しやすいから、変なのに引っかかるのよね。
しかしアイツ、カラードになる日は遠すぎるぞ。ちなみにカラードとは、ゲルズ帝国の呪術師の制度で、老師と呼ばれる凄腕が呼び名の前に色の名前をつけるようになるアレだ。
水色パンダとかホワイトびわとか、今回の紫レタス老師とか。
いい感じの設定をぶっ潰す、アホの所業である。
「みかんドリアンから、オレンジドリアンになりたいんですって」
「今度はみかん農家から苦情が来るわよ」
ランクアップしてオレンジになるんじゃ、みかんが下位みたいじゃない。オレンジとみかんは別物だと思う。つまりポンカンがうまい。
ともかくお金ももらったし、私たちは外で待機していた、侯爵家の馬車に乗った。
夕飯はなんだろなー、パンかなご飯かな、ジャガイモかなー。ジャガイモやライ麦パンは、自治国でもよく食べたなあ。
道の脇に屋台を出し、薄い生地で具を包んだ料理や、麺料理などが売られている。お祭り期間は混む場所での屋台が禁止だったんだって。夕方になって人通りが増え、街は活気にあふれる。私は馬車から、しもじもの営みを眺めながら侯爵邸へ帰るのであった。
ちなみにロノウェだけは町に残って、何やら仲間の様子を見に行った。
侯爵邸は相変わらず庭まで広く、手入れが行き届いている。玄関先に馬車で乗りつけた。
エントランスホールから続く廊下で、ゴードン侯爵代理の兄、アロイシアスが執事と話をしていた。
「強欲様、明日は出発ですね。必要のない荷物は、置いていって構わないからね」
アロイシアスは私を見るなり、人懐っこい笑顔を向ける。荷物が多めだから、気にしてるのかな。
「実はどこかで行商しようと思って、商品を持っているんです。馬車だからたくさん積めそうだし、売れるような不要品ってないですかね」
むしろもっと欲しいぞ。アロイシアスは少し考えて、いいものがあるからついてきて、と言った。私は当然の権利として、ついていく。
トントンと、ノックの音が廊下に響いた。
彼がノックしたのは、ゴードン侯爵代理がいる執務室だわ。
「ゴードン、確か本が余っていたね」
「兄上、俺の本の見本のことですか?」
なるほど! ゲルズ帝国で人気者のゴードン侯爵代理は、自伝などの本まで出版されているのだ。出版社から見本が無料でもらえるのだな!
ならば私の為にあるといっても間違いではない。
私が売る商品を欲しがっているとアロイシアスが教えると、ゴードン侯爵代理はすぐに立ち上がった。
脳筋に似つかわしくない、焦げ茶色の立派な本棚の前に立って背表紙を確認している。
『ゴードン・レンフィールドの鍛練術』
『明日から使える! ゴードン様語録』
『ゴードン様のダンジョン遠征記・イルイネ共和国編 リゾートマップ付き』
どれも三冊ずつくらいある。見本を多め贈られるんだなあ。二冊ずつ分けてもらえて、執事に馬車へ運び込むよう命令していた。
簡単に商品ゲット! しかもこのゲルズ帝国で人気なので、売り切れ必至よ。他に今は使っていないトレーニンググッズももらった。重りとか木刀とか。
アロイシアスっていい人だなぁ。彼はマフラーや手袋をくれた。もう着ない服があれば欲しかったのだが、行き先が昔ながらの村なので、貴族の服はあまり売れないだろう、とのこと。
夕飯のメインは、ゴードン侯爵代理が鷹狩りで捕まえた、鴨肉のローストだった。ゲルズ帝国の貴族の屋敷では、当主がした狩りの獲物が食卓に並んだりするものらしい。
「さすがゴードン様、次はクマですね」
「ははは、強欲様が戻られる前に狩っておきますかな」
おうっと、冗談で言ったら本気で捕まえておく気になってるぞ。
これが脳筋帝国のおもてなしか、迂闊な軽口は気をつけないといけないわね。クマより牛がいいわ。
さて、一晩寝て朝食を食べたら、家人に見送られて、ついに西へ向かって出発する。
ニコラス・エングフェルトを捜すのだ。大家さんの娘さんのモーディーが、従者として来てくれるよ。宿や食事の手配、ルートの選択、人生相談など、モーディーに任せれば安心なのだ。
レンフィールド侯爵家の馬車に気づいた人は、だいたいみんな立ち止まる。ゴードン侯爵代理を期待しているんだろう。残念……でもないな、幸福でしょう、シャロンちゃんだぞ。
首都から続く道は、キレイに整備されていた。近隣で作った野菜や、鉱山から採れた宝石を運ぶ馬車が列をなして通り過ぎる。流通が大事だよね。
弧を描いて延びる緩い下り坂の、左右には草原が広がっている。お昼は草原で、侯爵邸で作ってもらったお弁当を広げた。空は快晴、暖かいそよ風の吹くピクニック日和である。
サンドウィッチ、サンドウィッチわーい。
一日目は順調に進み、夜は小さな村にただ一軒だけある、居酒屋を兼ねた宿の二階に泊まった。食事は階段を降りれば酒場で食べられる。ただ、ちょっと騒がしい。こんな小さな村の酒場にも、それなりに客が集まるもんだなあ。
外に馬車が止まっていたし、きっと隊商とかよね。旅の話をしているので、聞き耳を立てた。
「あんまりいい稼ぎにならなかったな」
「この後は北か南か?」
「そうだな。西はやめておこう、西の森のゴブリンが最近は外にも出てくるらしい」
「あいつらか……、レース編みなんてする異端なヤツらだったな」
「森に誘い込んで刺繍対決をさせられるって噂だ」
……ゴブリンってそういう、手先の器用な生きものなの?
自治国にはいなかったし、森で惑わせたりして命まで奪うようなのを退治する依頼しか知らないな。
困ったもんだとため息をついているが、深刻度が分からん。刺繍対決がしたくなかったら、布を破ってあやとりを始めればいいのに。脳筋帝国じゃなければ、文化的な趣味のゴブリンだって言われたんだろうなあ。
住む場所を間違えたな、そいつら。
西はこれから行く方向だし、絡まれたら面倒そうね。
「……刺繍ならラウラが得意よね」
「私は丁寧だけど遅いって言われますよ」
「シメオンさんは無理そう。ロノウェさんは……」
「なんで私がゴブリンと刺繍対決をすると思うの。殲滅すれば早いでしょう、この世界はどうなってるの?」
呆れたと如実に感じる表情と仕草で、大きく息を吐く。
結局殴るのが最善策か。起こってもいない問題を心配しても仕方ないわ、明日のルートをモーディーに説明してもらった。
やはり噂の森の近くを通る。
そこは近隣の住民に『黒い森』と呼ばれていて、昔からゴブリンが集落を作って仲良く暮らし、たまに人を困らせたり、はたまた物々交換に出てきたりしていたらしい。
「ゴブリンは馬車の馬に、飛び乗ってくる時とかがあるんですよ。とはいえ強い敵ではありませんので、例え戦闘になってもご心配には及びません」
モーディーの力強い言葉に、戸惑うラウラも安心していた。
宿に泊まった人は、お願いしておけば朝食を酒場で食べさせてくれる。スクランブルエッグとパンとスープ、それにサラダとベーコンくらいの軽いものだけど、こちらの時間に合わせてもらえるし、なかなか良きだ。
隊商が出払った後に、ゆっくりといただいた。
お昼ご飯は街道沿いにあった旅人相手のお店でラーメンを食べ、少し休憩してから出発。座りすぎるとお尻が痛い。柔らかいクッションでも買うかな。
ゴブリンが棲む黒い森に差しかかったのは、昼過ぎになってからだ。
緩いカーブを曲がると、左手に見える森が近くなる。細い木が重なるそこは、昼なのに妙に暗く感じた。
まさに黒い森である。
ギギギッと耳障りな声がして、鳥たちが逃げるように羽ばたく。
「来るぞ!!!」
「馬車を止めないで!」
モーディーが命令しながら矢を番えた。
手入れの悪い灰色の髪、体は細く肌は緑っぽいくすんだ色で、ボロい服を着て背は大人の腰より低い。
こいつらが噂のゴブリンだ。
的確に捉えたモーディーの放つ矢を避けて、飛び跳ねながら馬車に向かってくる。素早いわ。
「ヒトダ、イイ馬車ニ乗ッテル!」
「糸ヲヨコセ! ハンカチチョウダイ!!!」
「ギブミーチョコレート!!!」
本当に刺繍をするために襲うのか?
最後のヤツはなんだ、チョコレートが欲しいの?
「……落ち着け皆の衆。相手が悪い」
森の奥から響く知的な声に、襲わんばかりだったゴブリンが動きを止めて振り返る。すぐにサッと左右に別れ、道を作った。
声の主は木の間をゆっくりと歩いてくる。他のゴブリンより背が高く、黒いマントをした黒っぽいゴブリンが登場。
「エールケニッヒ様!」
ゴブリンが口々に叫ぶ。知的で偉そうなゴブリンの名前かな。
「……森の外には姿を現さない、ゴブリンの王が出てきましたよ」
モーディーが馬車の中の私たちに教えてくれた。
ゴブリンの王は初耳だわ。あいつら勝手に集まって、かごめかごめしてる生物だと思ってた。黒い森にはゴブリンのコミュニティがあるのね……!




