第148話 紫レタス老師
「とりあえず上で話そうかね」
紫レタス老師に促され、階段を上った。二階にある相談コーナーで和解金の交渉をするわけか。
「ところでロノウェさん、悪魔との和解金の相場はいかほど? 銀貨三枚とか? もっともらえますかね?」
移動しながら小声でロノウェに尋ねる。お金は多ければ多い方が良い。
「ずいぶんと安く見積もるね、命の値段だよ? 最低でも金貨でしょう」
「ですかね。形のないものの金額って難しいですよねえ。私の命なら金貨の価値があるけど、他人の命なんて銀貨程度の価値しかないじゃないですか」
「……そういう本音は、交渉の前にもらさないようにね」
悪魔に注意されたわ。そうだ、簡単に値切れると思われてはならぬのじゃ。交渉は戦ぞ。
相談室はかなり狭くて、カーテンで仕切られている。小さなテーブルに丸い椅子、本人以外は付き添いが一人くらいしか入れない。
全員は入れないと思っていたら、相談室を通り過ぎて奥まで進んでいく。
鍵のかかった扉を開き、相談室の何倍もある部屋に案内された。壁に満月や夜空の絵が飾られていて、装飾用の鞘や柄が派手なナイフの宝石が光っている。細い棚には乾燥した葉っぱや、天秤、薬の入った瓶が整然と並ぶ。
床に星形などの模様が描かれていたり、テーブルには蝋燭が置かれていたり、豪華でどこか神秘的な雰囲気が漂う。こちらは椅子ではなく長いソファーが用意されていた。
「貴族用の相談室さ。防音もばっちりだよ、さあ掛けな」
さすが待遇が全然違うわね!
ソファーはふかふかだ。さすが貴族用、淑女にピッタリである。ラウラは壁際の一人掛けソファーにそっと座った。シメオンは立ったまま、ロノウェは別のソファーに足を組んで、尊大な態度で深く腰掛けている。
テーブルの向こう側の椅子には紫レタス老師と、勘違いをしたみかんドリアンが体を小さくして居心地が悪そうにしていた。
「迷惑をかけたね」
「早とちりしてしまい、本当に申し訳ありません……」
みかんドリアンの声は今にも消え入りそう。深々と頭を下げる。
「はいはい、謝罪よりも金額で誠意を見せてねえ。金貨五枚でどうかな?」
「お支払いします」
ロノウェが私よりも先に、お金を要求する。すごい、一切値切らずに即決だわ。
すぐに紫レタス老師がみかんドリアンに命じて、金貨を用意させた。
「はいはい、お支払いはこちらですよぅ」
「なんで君が受け取るの」
「魔と人の仲介も私のお仕事ですからね」
金貨五枚を受け取り、私はロノウェに三枚渡した。
しかし彼はそれだけでは満足せず、さらに一枚私から奪う。私の金貨は一枚だけになってしまった。仲間を失った金貨が寂しがっている。もっとくれればいいのに。
「あのねえ、何もしないで取り過ぎだよ!」
「く、シメオンさんなら文句を言わないのに……さすが悪魔ね」
「……同情するよ」
ロノウェの視線がシメオンに向けられる。悪魔と吸血鬼、通じるものがあるらしい。
「……ええと、水色パンダ老師に会いに来たんだったね? 行き場所は分かってるんだ、呼び戻そうか?」
紫レタス老師が話題を変えたわ。そんな用事で来た気もする。金貨をもらえたから、目的を果たした気がしていた。
「いえ、大丈夫です。それより、ニコラス・エングフェルトという人を知りませんか? 熱心なブリージダ様の信徒らしいんですが」
ついでなので聞き込みをしよう。できる強欲、それが私です。
「ニコラス……、そりゃ以前、呪術師協会に在籍してたヤツじゃないかね。十数年くらい前に起きた橋の事故で家族が怪我をして、故郷に帰ってそのままさ。見習いだったけど協会から抜けて、女神様に祈りを捧げて暮らしてるって噂だね」
まさかの情報が!
元呪術師見習いだったんだ、最初からここに来れば良かったわ。みかんドリアンはまだ若いので、知らないみたいだ。
「隠れブリージダ様信者がいる山へ、探しに行くところだったんですよ。どこにいるか知ってますか?」
逸る気持ちを押さえつつ尋ねる私に、紫レタス老師は少し考えてゆっくりと口を開いた。年を召しているので、思考回路が繋がりにくい模様。
「……確か国のずっと西に住んでるんだったよ。ゲルズ帝国でブリージダ様の信徒は肩身が狭いだろ、戦神バッティル様を信仰している人ばかりだからねえ。そうそう、山に籠って修行をしているって、一度だけ近状報告の手紙が来たよ。私の弟子の中でも真面目で気の優しい男だった。まあ、二年くらいしかいなかったし、あんまり覚えてないけどね」
懐かしそうに目を細める紫レタス老師。
これから向かう先に、本当にいそうだわ!
ついてるなあ、女神様に愛されてるなぁ私ってば。ありがとうございます女神様、道中でも儲けられますように。
「ご家族の怪我は治ったんでしょうか? 気合と根性と葛根湯で治せという地域だそうなんで、治療がちゃんとされたか……」
黙って話に耳を傾けていたラウラが、昔の怪我まで心配している。相変わらず人がいいのだ。
「あっはっは、そんなのは昔の話だよ。今は洗ってきれいにして、リップクリームでもぬっておけって言われるよ」
ろくに変わってないじゃんかよ。なんでリップなんだよ、コーティングすればいいと思ってる? 恐ろしい連中よ。ドクダミでも貼っておけ。
「せめて薬を使った方が……」
「頭が痛かったら腹を殴れば痛みが紛れる、ってヤツもいたね」
「単なるアホですね。……ゴホン、ところで事故ってなんスかね」
つい本音が顔を出してしまった。咳払いで誤魔化すと、紫レタス老師は笑っていた。
「橋が老朽化してきて、村の連中で劣化していないか調査しようとしたそうだよ。ただ、橋の専門家がいなかった。そこで誰かが叩いて検査するらしいと言い、数人で行ってでっかいハンマーでぶっ叩いていたら、崩れたらしいよ」
打音検査なんて、それこそ専門家でもなきゃ無理やろ。音の違いも分からないで選ぶ方法ではない。
自業自得すぎる、なぜ誰も止めないのよ。打ち壊しか。叩いたら壊れるという、物理法則すら知らんのか? 有害な脳筋だな。
「今でこそ知らない人も増えたが、当時は大事件になったもんだ」
「大珍事では」
全てをギャグにしてくる脳筋帝国、ヤバいな。ヤバい以外に形容詞がない。きっと原因が恥ずかしすぎて、事故を伝えないんだよ。
みかんドリアンは無の表情で静かにしている。
「怪我人が多数出て困っているところに、偶然隣国へ招かれていた聖人様がいらして、治療をしてくださったそうだ。その時に感銘を浮けた数人が、ブリージダ様信者になって森にこもり、祈りを捧げているらしいよ」
「なるほど、それで熱心な信者が生まれたわけですね」
理由はどうあれ、ブリージダ様信者が増えるのは喜ばしい。ラウラは終始、苦笑いで聞いている。
「事故の報せを受けたニコラスも急いで村に帰って、まだ残って信仰を導いていた聖人様の教えを乞い、すっかり信者になったわけだ。その後、乗馬大会の多重事故で大ケガをした人がいて、信者の一人がすっかり治しちまったって話さね」
長かった説明が終わった。それでも水色パンダ老師は、まだ戻って来なかったわ。みかんドリアンが先頭で階段を下り、私は紫レタス老師に呼び止められて残された。
紫レタス老師は、引き出しを探って四角いカードを取り出した。
「……これを持って行きな、聖人だとバレたくないんだろ」
「うおっち」
気づいてたのかよ。愉快な名前の脳筋とはいえ、さすが老獪。
カードには『ゲルズ帝国 呪術師協会 認定相談員』と書かれていた。
「準協会員のカードだよ。神聖力を呪術だと言い張ってんだろ? 呪術を勝手に使うと、術と場合によっては問題になるからね。悪魔の方が呪術に近そうだから、気をつけなよ。なんかの時にこれを出しな。準だから、身分証の代わりにはならないよ」
めっちゃ気が利くじゃん、紫レタス老師!
私は受け取って、握手を交わした。
「ありがとうございます! あなたに女神ブリージダ様のご加護がありますように」
無料でもらえるのは嬉しいものだ。
ラウラたちは呪術クラブの外で待っていて、店内にはお客が数人いた。相談コーナーが空くのを待っている人もいたんだわ。みかんドリアンが対応していた。ただ、まだ引きずっているのか、どこかぎこちない。
しっかりせいや~、私のように立派になりなね!
気持ちを込めて、背中をポンと叩いて店を後にした。




