第147話 帝国呪術クラブ
「午後からはどうされますか? 移動中の夜は冷えるかも知れません、上着などを買われますか?」
「あー、そうでしたね」
お昼ご飯の席で、モーディーが尋ねてきた。
侯爵家特製ハンバーガーは具材がパンズから溢れていて、ナイフとフォークで食べる仕様です。隣の山盛りポテトが豪快で、とても嬉しい。ゴードン侯爵代理の好物なんだって。
上着かあ。移動先に村があるとも限らないし、野宿の可能性もあるわよね。食べものとか消耗品とか調理器具とか、最低限の装備は揃えてくれそうだけど、上着は自分で用意しなきゃならないか。
「膝掛けでもあった方がいいでしょうか」
ラウラが町に出たがっている。もしかすると、私の分も買ってくれるという合図かも知れない。そうだろう、そうに違いない。
「そうねえ、寒さ対策大事よね! 行きましょ~」
遠出するなら、必要なものを買い揃えなければならないわよね。他人の金で。私の予算は、ここにはない。
「そういえば、水色パンダ老師が強欲様にお会いしたいと言ってましたよ」
「あの気絶してたお爺ちゃんね。せっかくだから行っちゃるかな。どこにいるの?」
「呪術クラブにいます。ご案内しますね」
「何その、水色パンダって。新生物?」
ロノウェが怪訝な表情をする。
そういえば、説明した時にチョコメロンの名前は出したけど、水色パンダは教えてなかったわね。新生物に思えるのか、さもありなん。
「帝国呪術師って、みんな変な名前を付けるのよ」
「へ、へえ……」
ドン引いてるよ。悪魔からしてもおかしいのよ。
モーディーは既に脳筋帝国に脳が侵されているのか、平然としている。
午後の行き先は決まった。食後のレモンティーとゼリーをいただいて、食事を終える。移動は馬車を借りられるので楽ちんだ。
先に防寒対策の上着や膝掛けなどを買って、クッキーなど日持ちのするおやつも求めておき、呪術クラブへレッツゴー。
繁華街にある呪術協会の建物の、一階が呪術クラブだ。焦げ茶色の木造建築で、外から見ると重厚なのに、意外と店内の雰囲気は明るい。入り口は狭く作られていて、お客は一組だけ。
金属製の小さな箱にずっと暖かい不思議な棒を入れた懐炉、一晩明るい呪術式ランタン(ただし途中で消せない)などの便利グッズや、浄化や儀式に使うお香や蝋燭、病気が治る怪しい水などが売られている。
左手側に階段があり、『二階 呪術なんでも相談コーナー』と書かれた木の案内板がある。チョコメロンたちは二階以上にいるわけか。
「らっしゃーい。相談だったら、今日の当番はみかんドリアンだよい」
カウンターにいる呪術師が、やる気のない態度で声をかける。
フルーツの名前を並べただけじゃないか。なんだソイツ、相談したくないぞ。
「いえ、水色パンダ老師に面会に来ました。私はレンフィールド侯爵家の従者で、こちらは呪術師強欲様です」
「強欲様って、あの水色パンダ老師を昏倒させた呪いを退けたっていう、凄腕呪術師様の!?? すごいじゃん、さすが聖女様みたいだ! 握手してください!」
枯れ草色のローブを着た若い呪術師は、ラウラに手を伸ばした。
勘違いしているようだ。
「あの、私じゃありません、姉さんです」
「ちは。淑女な呪術師強欲です」
勝手に期待して、勝手にガッカリした目を向けるんじゃない。躾のなっていない呪術師だな。呆れていると、二階から降りてくる足音がした。
「これでぐっすり眠れるはずですよ」
「ありがとうございます、お勧めのポプリとハーブティーも買わせていただききますね」
若い女性の客と呪術師だ。呪術師も女性ね、不眠の相談に乗っていたみたい。この平和的利用が正しい呪術である。なんとなく。
「お、相談が終わったなー。あちらが、みかんドリアンさんです。水色パンダ老師は、現在は肩の痛みで接骨院に通っていて、席を外してるんス。途中でお喋りするんで二時間は戻らないんよ」
水色パンダ老師、全然やる気ないな。
とはいえ会いたいと言われたので直々《じきじき》に訪ねてやっただけで、私自身は冷やかしくらいの気持ちしかない。不在ならそれで構わない。
「そうですかー、では強欲が来たとお伝えください」
「はい」
会話する私の横を、女性客がすり抜けていく。みかんドリアンは笑顔で客を見送り、こちらを凝視した。
「……え……は……? え、誰? どういうことよ?」
「みかんドリアンさん、こちらは水色パンダ老師のお客人で」
「敵襲!?? 敵襲なの??? エマージェンシー、エマージェンシー!!! 怖い、超怖い! 助けて!!!」
みかんドリアンは突然錯乱した。
完。
……なわけないわな。
帝国呪術師、本格的におかしいな。左右を大きく振り返って、髪を乱して仲間を探している。ものすごい取り乱しようだ。店内で商品を眺めていた客が何事かと驚いている。
すぐに奥の部屋や上の階から、数人の呪術師が駆けつけた。
「どうした?」
「何が……、うわっ、なんだこれ! ひどく強い上、純度の高い魔の気配がする!!!」
あーーー!!! そうか、ロノウェだ!
さすが呪術師、地獄の侯爵ロノウェの魔力を感知してるんだ。そりゃ慌てるわな、呪術師の巣窟に貴族悪魔が来るんだもの。
原因となった当の本人は、品定めするような眼差しで、あわてふためく呪術師をニヤニヤと眺めている。
「見習いは下がって、客も避難させて」
「なるほど、呪術師が吸血鬼と魔性を引き連れて殴り込みに来たわけか! 引き返すなら今だ、すぐに紫キャベツ老師が到着されるぞ!」
やめろ、実在の野菜を名乗るのは。混乱するでしょ。
「へー、普通の人間が私の相手をすると?」
「ロノウェさん、挑発しないでください! みなさん、私たちは水色パンダ老師? に会いに来ただけなんです。殴り込みなんて、お金にならないことをする方々ではありません」
ラウラが必死に仲裁する。揉めてもいいことないもんなー。
しかし呪術クラブ内は、すっかり臨戦態勢になっていた。
「落ち着きなさい、我々に戦う意思はない」
軍師シメオンの呼びかけにも応じる様子はない。脳筋既に遅しであった!
「私の前にある道は、未来へと繋がっている。私の後ろに延びる道は、歩んできた過去の残照。道の狭間のものよ、行き先を失いしものよ。道を繋ぎ、円とする。歩めども進めども、汝の行き場は既になし!!!」
グンッと、空間が動いたような不思議な感覚がした。
すぐ近くにいるみかんドリアンと店員の呪術師が、遠く離れたように感じる。その場から進めなくなるヤツだな、ははーん。さすが帝国呪術師、素早くしっかりと発動する術である。
パリン。
ロノウェが一歩踏み出しただけで、術はあっけなく破れた。これが地獄の侯爵の力だぜ。
「おんやー、これだけ? さあ、次はどうするのかな?」
「全然効果がないわ……、私じゃ歯が立たない!」
ロノウェはまだまだ余裕だ。どこからともなく、新たな呪術の言葉が流れている。
「山頂に花は咲かない。凍てつく風、氷りし湖、耐える大地。寒さは身を裂く武器となる。白い白い雪の世界、青い青い風の世界、氷点下の大気に支配されし北の果て。極寒の冷気よ動きを閉じ込めよ、体温を奪い尽くせ。熱は指先より流出する。根雪の風、吹きにし」
年老いた女性が階段を降りながら唱えていた。
急に周囲に冷たい微風が吹いて寒くなり、ロノウェの周囲の空気が変わる。対象を一人に絞ったのだな。
「紫キャベツ老師!!!」
「紛らわしいって野菜生産組合から苦情が来て、紫レタスに改称したって言ってるだろ」
ニュアンスは完全に同じ。もっとマトモな名前を考えられないのか。
ツッコむ間もなく、紫キャベツ改め、紫レタス老師の顔が歪む。
「はっはっは、さすがに多少は使えるみたいだねえ」
ロノウェはほとんどダメージがないみたいなのだが。フッと息を吐くと、冷たい空気が一掃された。
「……とんでもないのが来たね。ホワイトびわ様を呼んできな、私じゃ力不足だ」
「まさか……呪術の第一人者、紫レタス老師が敵わないなんて……!」
突然の強敵の襲来に、呪術クラブは緊迫した暗い雰囲気に包まれる。見習いは客を連れ、裏の関係者用の出入り口から避難済みだ。
しかし彼らは勘違いしている。
私たちは水色パンダ老師に会いに来た客だと、最初から伝えてるんだが。
「どうしましょう、強欲様。大事になってしまいました」
モーディーも困ってるわ。仕方ない、私に任せな。
「ほほほ、呪術クラブのみなさん。呪術師強欲です。こちらの地獄の侯爵ロノウェさんは、ただここに来ただけですよ。攻撃してきたのは、あなたたちです。今なら安い和解金でカタがつきますのよ!」
困った時はお金で解決。シメオンほどは無理にしても、仲介で私が儲けるのが上策である。
呪術師は抵抗をやめ、みんなで顔を見合わせた。
「……敵襲じゃないってよ」
「誰だい、エマージェンシーなんて助けを求めて叫んだは?」
叫んだのは、みかんドリアンだな。最初に話した呪術師は見習いで、ロノウェが貴族悪魔だなんて気づきもしなかったのが、むしろ幸いしていたわね。
彼女に視線が集まる。
「え、え、え~? だって、ヤバイのが来たんですよ! 叫びますよ」
「理性の有無とか目的を確かめるとか、相手の意図をちゃんと調べな!」
紫レタス老師に叱られているよ。
で、和解金はいただけますよね? へへ、楽しみだ~。




