九話
「俺はただの地上種だ。生まれはこの世界のダンジョン。種族はフォニア。お前も聞いたことがあるだろう。フォニアの歌声は神々さえも魅了する、と」
妙な誤解を生みそうなので、神々と関わるようになった経緯を説明することにする。
「う、うん」
「その縁で、請われたり力を借りるのに奉納したりして面識があるだけだ」
「面識が直接あるの!? 神様と!?」
「ああ」
それは間違いない。
「早く最上級種まで進化して、神格得ればいいのに」
「断る」
神格なんぞを得たら、今よりも煩く誘われるのは目に見えている。
俺は絶対、上級種からの進化はしないぞ。錬金術の研究、という目的のためには充分な力があるのでこれ以上は不要であるし。
「俺のことはいい。それで、ルー。手掛かりになりそうな景色はないのか」
「うーん。人が結構狭い所に集まってた」
「町か」
「町っぽくはなかったなあ。結構密集状態でテントが張られてて、寝泊まりしている人も着の身着のままで逃げてきた感じ」
加護を与えるのは人間か? だいたいその世界で覇権を取っている種を選ぶから妥当ではあるが。
しかし、その場景。
「それって、隣国からの避難民のキャンプじゃない?」
降りる位置を思い切り間違えたわけではないと仮定すると、この近くでテント暮らし――というのはリージェの言う通り難民キャンプの可能性が高い。
だとすると、放っておいてもノーウィットかケセラ村に来る可能性も……。いや、来ないかもしれないのか。移れる人数は絞ったようだから。
「……はあ」
「どうしたの。溜め息はよくないよ。つく度に幸運を一つ逃がすと言うからね」
世の理に近しい神界の関係者に言われると真実味が増す。気を付けよう。
「会いに行くぞ」
「って、キャンプに行くの? ニアも?」
「仕方がない」
俺たちにとっても他人事じゃないからな。ルーに任せきりなのは正直不安だ。
ルーが降臨したことは、魔王軍にも知られているはず。何しろ神人の降臨は派手だ。注意をしていればまず見逃さない。強力な敵対属性の塊でもあるし。
そしてステラが注意を払っていなかったとも思わない。
当然、定石通り加護を与える神子の側に降り立ったと考えるだろう。敵が力を増してゆくのを、黙って見ている理由もない。まだ芽のうちに潰そうとしてくるはず。
それを避けるために、通常は敵が入り込みにくい、己が所属する力の属性値が高い土地にすぐ移動するものだが、今回、ルーはそれができない。
敵対者としては相手の正確な位置も分かるわけではないから、何をするかというと――
「早く合流して、この辺り一帯の護りを固める必要がある。これからしばらく魔物の襲撃が活発化するぞ」
「ええ!?」
先兵を送り込んで情報を集めるのだ。そこに加護を得た者らしき存在を見付けたら、討ち取れるだろう実力者を向かわせる。
「ど、ど、ど、どうするの!? っていうか、きっと誰に言っても信じてもらえないわよ、それ」
人と神の距離感からして、そうだろうな。
とりあえず、だ。
「まずは木材を回収してアトリエに戻る。ルー、手を貸せ」
「他人をタダで使うのはよくないよ」
「タダじゃない。労働が対価だ。俺もお前が加護を与えようとしている相手を探しに行くんだからな」
この地上に不慣れなルーを案内する、というのは対価として成り立つと思う。
「まあ、いいか。これを運ぶのか?」
「そうだ」
俺とリージェで運ぶならもう少し小さくして運搬しやすくするつもりだったが、ルーなら問題ない。
「よっと」
当たり前に直径二十センチは余裕で上回る葉付きの枝数本を肩に担ぐ。
「うわあ!」
ルーの見た目はどちらかといえば華奢なので、リージェなら驚くだろうと思っていた。
「何?」
「ち、力持ちですね?」
「俺が? まあ確かに、そこそこ力も強い方だけど。これはマナを適切に使えれば誰でもできるよ。あ、でも君は無理かも。マナ保有量が乏しいし、肉体強化の適正低そう」
「とぼ……っ」
容赦のないルーの言いように、リージェは眉を下げた。
擁護してやりたいところだが、し難い。リージェの保有魔力・神力が少ないのは事実で、ルーの見込み通り肉体強化の適正も低い。
「それで、どこに運ぶって?」
「ついてこい」
採取の目的も果たしたので、アトリエに戻ることにする。
とはいえこの世界の生き物でさえないルーが身分証など持っているはずもないので、門衛には悪いが暗示をかけて通らせてもらった。
キッフェルの枝は玄関扉前の壁に立てかけて置き、リージェを振り返る。
「リージェ。俺とルーは難民キャンプに向かう。この木材の加工を任せていいか」
「うん。核として使えるように精製しておけばいいのよね」
「頼む。それと、ゴーレム用の木材確保も」
「分かった。建築用の木材も森から採ってくると思うから、わたしも行って選んで、一緒に運んでもらっておく」
錬金術士であるリージェの目で確認されたものなら間違いない。
今のリージェなら正しく見定められるだろう。
「よし。行くぞ、ルー」
「否はないけど。君の方が一生懸命に見えるのは不思議だね、フォルトルナー」
事実俺の方が積極的だと思うぞ、今のところ。ルーもやる気がないわけではないはずだが。
何しろ俺たち地上種と違って、神々にとって己の領域の取り合いは命と尊厳に直結するからな。
まあ、星一つでそんな多大な影響は出ないが。
それはともかく。
「俺が人化しているときはニアと呼べ。魔物だとバレると人間社会では都合が悪い」
「え。そんな中途半端な形で人化してるつもりなの。よく通じるね」
「魔物と人間の混血などもいるから、まずそちらを連想してもらえる」
人化して町に入り込もうとする魔物よりは、例も多いのだと思われる。
「ふーん? まあ、分かったよニア。これでいいか?」
「理解してくれて助かる。――リージェ。後は任せた」
「行ってらっしゃい。気を付けてね」
リージェに見送られつつ、戻ってきたばかりの家をすぐに発つ。
そして俺とルーが向かったのは北側の外壁。出入り口もない街の隅なので、人通りは少ない。そこで服を脱ぎ、本来のフォルトルナーの姿に戻った。
俺が空を行くつもりだと気付いたルーが、自身も背中に白い翼を具現化させる。月光の銀色が仄かに輝く、三対六枚の翼だ。
キャンプの位置はここより北東。アンリエットが見せてくれた地図を思い出しつつ、飛び上がってはばたく。一度風を捉えてしまえば、力はもうそれほど要らない。
「ルー。目当ての存在がいる気配の方角は合っているか」
「合ってる合ってる。そうそう、こんな感じの景色だった」
地名は分からずとも、位置は追える。ルーの先導に任せて向かった先は、やはり難民キャンプだった。
そして上空からだから気付いたが、さらに北の方は妙に魔力が濃い地帯がある。強大な魔力を秘めた魔物が、他地域より多く地上を闊歩しているような気配だ。
魔王軍に与した、大きいダンジョンがあるのかもしれない。
「この辺りで下りるか」
「どうして。ここまで来たら飛んで行った方が早いだろう」
「繰り返すが、俺は魔物だ。のこのこ近づいて矢を射かけられる趣味はない」
種族上殺されはしないと分かっているが、想像できる面倒を引き起こさなくてもいいだろう。
「それと、お前にも言っておきたいことがある」
「何だ?」
高度を下げ、身を隠してくれそうな、いくらか木が密集している辺りに着地しつつ言う。
「この世界の人間たちは、神々との距離が遠い」
「知ってる。まあ無理もないよな。俺たち側を崇めてるのか魔神側を崇めてるのかよく分からなくて、気持ち悪い。だから皆近寄りたがらないんだ」
肩を竦めつつ、ルーは答える。割と不穏な言いようだ。
聖神側の動きがいまいち鈍く感じるのはそのせいか?
「お前もあまり乗り気じゃない、か?」
「ちょうど暇だったから、戦えればそれでいいかなって」
期待値が低いのを、喜ぶべきか嘆くべきか。
「というか、実際どうなんだ? 町にもウチの大将とバズゼナの神殿が並んでるしさあ。混同してるわけでもないよな?」
「この星の人間は魔力にも神力にも親和性を持つ。だから力を借りるのにどちらでもいいんだろう。そして神の属性による関係性もおそらく知らない」
ルーの言う通り、本当に全神柱を崇めているのだ。
個人でなら相応に恩寵が与えられることがあるから、ますます気にすまい。
「あー……。やっぱりそうなんだ?」
ルーからさらにやる気が減退した気配がするが、どうせすぐにばれることだ。誤魔化したところで意味はない。
「一応信心深い聖獣の類もいそうだぞ。そちらを当ってみるか?」
神人的には付き合いやすいのでは。
「数で負けすぎてると勝てないから。無し。いずれは助力を得たいけどな」
そうだな。数は少ない。魔物の数に対抗できるのは人間だけだろう。
だから大体、魔神は魔物を、聖神は人間を神子にするのだし。
「よかったな。戦いがいがありそうで」
「まあね。敵には困らなさそうだ。ただ――俺はそれでいいけど、大将は喜ばないからなあ。どうやって勝つかは考えないとね。とりあえず、魔物を減らしてからでいいか」
また物騒なことを言う。常に破壊中心の思考ではあるんだけどな、こいつは。
「この星を遠巻きにしている自覚があるなら分かっているな? 人間は神人の存在を認識していないぞ。少なくとも、現実に干渉してくるとは思っていない」
「つまり?」
「神人だと名乗るのはやめておけ」
信用を得るどころか、逆効果になる。
卓越した魔導士ならルーの神力の純度、練度が地上種のそれとは比べるべくもないのが分かるだろうが、それだけの力を持つ人材も稀である。
「え。じゃあどうするのさ」
「加護だけ与えて、それとなく誘導するしかないだろうな」
そして折を見て真実を伝えていく。
「うん、面倒だ。とにかく魔王を殺せばそれでいいよな?」
「できるならいいんじゃないか」
神人が地上の生物に加護を与えられるのは、一度の降臨につき一個体のみ。魔王を倒せば星の魔力領域拡大は防げるだろう。今まで通り、ということになるからだ。
だからこそ、謎だ。
エイディはステラから加護を受けたわけではないとはっきり言った。なのに加護を与えられた者にしか許されない、神の権能を使う。
俺の干渉によって術式を崩したことからも、劣化の気配は感じるが……。
悩みつつ、話しつつも服を着直し、準備を整える。ルーも翼を消した。
「このまま近付くのは大丈夫なのか?」
「見た目は人間だから、いきなり攻撃されたりはしないだろう」
魔力・神力も人間風に擬態した。
あとは、イルミナがいてくれるとありがたい。
難民を護衛してノーウィットまで来るという話だったから、合流している可能性は高いと思うが。
「――そこの二人、止まれ!」
そうして近付いていくと、交戦可能な距離になった辺りで兵士から声がかけられた。簡易の柵で覆った入り口を、複数人で固めている。
「こんな所に何の用だ」
「知人がいるかもしれない。確認させてほしい」
「む……」
兵士は少し迷ったようだった。
知人とは、受け入れ先となる可能性が高い存在だ。人々を持て余している現状、一人でも行き先が決まるのは望ましいはず。
苦労をさせ続けている様子を見続けるのも心苦しいのだろう。状況を好転させることで、兵士は己の良心を救うことができる。
証拠がない、というだけで切り捨てるのは惜しい話だ。
しばし迷った後。
「いいだろう。通ってよし。だが妙な動きはするなよ」
通すことを選んでくれた。
「分かっている」
顔を見て、回る程度の接触で充分だ。
そしてここまで近付けば魔力も探れる。イルミナは……よし、いる。話を通しやすくなるだろう。
「どうだ、ルー」
「うん、いるね。行こうか。紹介しておくよ」
「……そうだな」
正直、聖魔の聖戦そのものには関わりたくないんだが……。もし組織立った支援が期待できない場合。協力する必要性が出てくるかもしれない。
面識はあった方がいいだろう。
キャンプ内を進むことしばしで、ルーが指で一点を示した。
「あの子だね」
そこにいたのは十六、七ほどの少年。キャンプ内の交流所らしき開けた場所で、数人と集まって会話をしている。
集まりは年齢も性別も様々だ。
多くの被害を受け疲弊している上、自分たちが厄介者扱いされているのは伝わるのだろう。キャンプ内の空気は欝々としているが、その一角だけには活気がある。
正確には、その少年の周囲だけには、か。




