八話
「そ、そうでしたわ。まだ何も始まっていませんものね」
「ああ。――アンリエット」
「何でしょう?」
「予定では、公共施設を移転させて、空いた場所に民家を建てるつもりなんだな?」
「ええ。結界があるとはいえ、民家を外周近くに設置するのは住民の精神にもよくないでしょう」
間に合わせでそれをやってしまうと、後々が不都合になるのが目に見えている。
分かっているだろうに、なぜか人間たちは同じ愚を繰り返すことが多い。王都でさえもそうだった。
「話し合いの結果、ケセラ村への移住者は六人三世帯。ノーウィットには十八名十一世帯が予定されています。残りは留まる予定です」
それぐらいがいいだろう。分かっていてスティレシア侯爵も割り振ったのだと思われる。
「もし可能であれば、順次人数を増やすことも可能だと」
持て余しているわけだから、むしろ受け入れ可能人数は多ければ多いほどいいだろう。人数を区切ったのは、カルティエラへの気遣いだと思う。
しかし、まだ人は増えるかもしれないのか。ふむ……。
「トリーシア様はいらっしゃいませんが、結界の拡張、本当に可能ということでよろしいのですね?」
「ああ。方法はこちらで選んで構わないか?」
「人に害がなく、魔物が近付かない作用が正常に働けば、問題ありません」
よし。
「あ、ニア。わたしも手伝う!」
「そうだな。頼むか」
物が物だけに大量に必要になるだろう。人手があるのはありがたい。
「やった!」
俺と共にする仕事を、リージェが楽しみにしているとよく分かる弾んだ、明るい声だった。
「なら、俺はこれで失礼する。リージェ、明日もう一度俺のアトリエまで来てくれるか」
「分かった」
わくわくした顔のまま、大きくうなずく。そのせいだろうか。カルティエラが若干、悔しそうに頬を膨らませた。
「わたくしも早く、お兄様のお手伝いがしたいです」
「せめてリージェぐらいの実力を付けてからだな」
今のカルティエラに任せられる作業はない。
「頑張ります!」
「そうだな、頑張れ」
できることを増やすのはいいことだ。
リージェを送るだけのつもりだった予定はかなり超過したが、まあ問題ない。
明日からのことを考えつつ、俺も帰路に着いた。
結界と外壁に関して、少し試したいことができたのだ。
翌日の昼少し前になって、リージェが来た。
「おはよー、ニア」
「おはよう。そういえば時間の指定をしていなかったと、帰ってきてから気が付いた。迷わせただろう。悪かった」
人と足並みを揃えて何かをする、ということがほぼなかったせいで、思い至らなかったのだ。
この辺りも急いで改善していかねばなるまい。
「あは。でもわくわくしちゃって思い付かなかったのはわたしも一緒だから」
「お相子か」
「そういうこと」
リージェ相手でよかった、と言える。
そうして彼女を招き入れて、家の中のアトリエへと向かった。
「それで、どんな結界にするの? 拡張したり数を増やしたりってことじゃなさそうな言い方だったよね?」
「ゴーレムで作ろうと思ってるんだが」
「ゴーレム!?」
ダンジョンデュエルでモスナ像を見て思った。
あれは便利そうだ、と。
「この先、町を拡張する必要が出て来たとき。外壁が自分で動いて組み上がったら便利だと思わないか」
「それはそうかも? でも稼働コストがかからない? ゴーレムなら魔力なり神力なりの補充が必要でしょ?」
「土地から自分で吸い上げさせる。普段は眠らせておけば、そう大量に消費もしないはずだ」
幸い、ノーウィットはダンジョンができるぐらいマナの濃い土地。問題ない。
「ただ、一つ悩んでいる。素材をどうするかだ」
多くは今の外壁から流用すればいいだろうが、そのためには壊さなくてはならない。
いくら結界があるとはいえ、外壁を取り壊すのを先にやるのは反発が起こるだろう。
「うーん。それって、石材じゃなきゃダメかな? 木材とかならもう少し手に入れやすそうじゃない? 強度的にまずい?」
「木材か。いや、問題はないと思う」
いいかもしれない。
ダンジョンが発生したあの森のあたり。少し伐採しても大丈夫だろう。むしろした方がいいとさえ言える。
畑は外周区に作る予定になっていた。風通りという意味でも、木材で柵状に作るのはいいのではないか。
高い石の壁は安全と安心を与えるが、同時に圧迫感も強い。
ただ、伐採してもいいかどうかはカルティエラに訊ねる必要がある。所有者のいない土地は国の物だし、なんなら誰かが持っている土地かもしれない。
土地が誰の物、という感覚がどうも謎だが……。国同士で利権の取り合いをしている人間にとっては重要なんだろう。
「今日領主館に戻ったら、カルティエラに許可を取ってくれるか」
多分、話すだけで許可を与えてくれると思うが。
「分かったわ。今日はどうするの?」
「ゴーレムの核を作る。大量に必要だ。覚悟しておけ」
何しろ、町の一角を覆うぐらいの量だからな!
「ひえぇ」
俺が人手を欲した真意を理解して、リージェは悲鳴じみた声を上げる。
「で、でもニアがわたしを認めて振ってくれた仕事だから。頑張る……!」
「ああ。お前の修練にもなるはずだぞ」
「うん。――ゴーレムの核って言っても、そっちも色々だよね? 何で作るの?」
「単純な受信機でいい。指示を出す本体を別途に一体作る」
「ふんふん」
「だからまあ――木材だな」
そこに、同じ波長の神力を受け取る仕組みを彫り込む。
「じゃあ、使うのは同じ木がいいよね? そっちも森から採るの?」
「いや。親和性は低くなるだろうが、材質としては管理区の林の物の方が良質だろう」
後の加工を考えれば、そちらの方がやりやすい気がする。
「ならそっちを使おうか。森だと伐採許可もいるしね」
「それもある」
核を作る分ぐらいの材料なら、俺とリージェだけでも運べる。カルティエラの許可を得て待つ一日分がもったいない――という気持ちもあった。
「善は急げね。行こう、ニア」
「ああ」
リージェからも特に反対されなかったので、外壁は木材の柵とゴーレムで行く。神力で作れば魔物除け効果も出るし、いざとなれば稼働して迎撃可能。アンリエットの指定にも反していないはず。
リージェとともに外門を出て、ギルド管理区の林へ行く。
木は何年、何十年とかけて育っていくものだ。俺が来るまであまり活用されていなかったこの管理区の木は、木材として優秀とまでは言えない。
それでも手を加えてからの効果は出ている。自然そのままよりは、多少使い易さは増した。
「この辺りでいいか」
そして手頃な一本の木に目星を付ける。
「リージェ、少し下がれ」
「いいけど、どうするの? 枝を拾ったり切ったりするんじゃないの?」
「そうするつもりだ。だから下がれ」
「?」
まだ不思議そうにしつつも、リージェは数歩、後ろに退いた。よし。
目の前にあるのはキッフェルという生命力の強い木だ。切っても増えるからキッフェルという名前が付けられたのでは、などと真面目に議論されるぐらいには強い。真偽は知らん。
そういう木なので、こいつが一本生えた森は瞬く間に日差しがさえぎられる鬱蒼とした森になる。おかげで遠慮はあまりしなくていい。
「エアスラスト」
魔力を使って、不要そうな枝を風で切り落とす。相応の太さのある枝はゴッ、ゴスッ、と盛大な音を立てて地面に突き刺さった。
「ら、乱暴な採取の仕方するわね」
「頑丈だからな」
これぐらいで痛みはしない。実は建材としても優秀で、家は大体こいつを使って建てられる。
キッフェルの寿命は長い。数百年、ものによっては数千年生きているものまであるのだとか。
その間ずっとマナを吸って力を蓄えるため、長寿のキッフェルは大変優秀な素材と化す。
ここにあるのは、せいぜい数十年といったところだ。
落とした木材を拾うために屈んだ、その時。すぐ近くで唐突に光の柱が打ち立った。
「きゃっ!?」
天から地までを貫いた、輝く闇色の柱。この色は闇の聖神ヴェルガハーラの神力だ。
地上で直接見たのは初めてだが、何が起こったのかは分かる。
「なに、なになになに!?」
「神人の降臨だ」
よかった。聖神側も見過ごすつもりはないんだな。
ただ、少し意外だ。来るのはスィーヴァの対である、ディスハラークの神人かと思っていた。
光の柱が消えた後、立ち上がって軽く服をはたいたのは――
「ルー!?」
「あれ、フォルトルナー。そっか。ここって君の生息地だったっけ?」
尻尾のように後頭部の一部だけを長く伸ばした黒髪と、紅の瞳。己が信仰する神と同じ色彩を持つ、見た目十五、六ほどのこの男の名はルーハーラ・ハルバゼーラ。
神によって基準は違うので絶対というわけではないが、こいつは名前に同じ音の一部を与えられたヴェルガハーラのお気に入りだ。
神人としての格はステラよりも高い。後から送る人材としては間違っているとまでは言えないかもしれないが……。
なぜここに降りた?
神人は普通、己が加護を与える神子の側に降り立つものだ。そしてすぐに敵対勢力の手が届きにくい神域、魔域に移動する。神威を与えても、神子がそれを使いこなせるまで育てる時間が必要だからな。
選定は神界で済ませるから、地上で探し回るようなことはほぼない。例外は加護を与える前に死んでしまったときぐらいだろう。
今、ここには俺とリージェしかいない。
断言するが、俺に神人が求めるような武才はない。そもそも、ルーは俺の存在に降りてから気が付いた。目的は俺ではない。
なら、まさか。
「選んだのはリージェなのか」
「リージェ?」
「この娘だ」
否定しろ、と願った俺の思いが通じたわけではないだろうが。
「あ、違う違う。その子じゃない」
手をぱたぱたと横に振って軽い口調で言った。ほっとする。
「っていうか、おかしいな。座標がズレたか? ……まあいっか」
いや、よくないだろ。原因ぐらいは究明しろ。
……しないか、ルーは。
「なんか凄い登場の仕方したけど……。ニア、知り合い?」
「覚えなくても不都合はないと思うが、こいつはルーハーラ・ハルバゼーラ。神に直接仕えて、その神威を地上で代行する使徒――神人だ」
「……え?」
さっき作り話だと言った存在を紹介されて、リージェは戸惑いで固まった。
「うーん。さすがフォルトルナーの隣にいる人間だ。俺の趣味じゃないけど、強そうな気配がする」
「わ、わたしは別に強くない……っていうか、むしろ弱い方に入ると思いますけど?」
どういう態度で接するべきか悩んだ様子を見せつつ、リージェは結局若干の目上への対応で接することにしたらしい。
その辺、ルーは気にしない性格だけどな。
「いいや、君は強いよ。己の意思を貫き、歪めない芯が根付いている。美しいよ。俺の趣味じゃないけど」
「二回言った!」
「こいつの趣味は物理的な強さだからな」
ただ、ヴェルガハーラが定義する『強さ』のすべてに敬意は払う。
「それで、お前はどこに降りるつもりだったんだ」
「さー。地名は知らない。……困ったな。会えないかもしれない」
顎に手を当てつつ、然程困ってない口調で言う。おそらくだが、実際あまり気にしていない。
加護を与える前なら、まあ替えは利くから実際困っていないんだろうが……。俺としては、さっさと選んで対抗し始めてもらいたい。魔神側はとっくに動いているんだぞ。
力量はともかく、性格が……。なぜこいつを派遣した、聖神よ。
「周囲の景色は。特定できる手掛かりは覚えてないのか」
「あれ? 協力的だね。フォルトルナーは中立だと思ってたけど」
「中立だ。だから聖神にも魔神にも極端に影響力を増してほしくない。ステラを撃退して、魔王軍の侵略を止めたらお前も帰れ」
ただ、向こうはすでに神人から加護を与えられた魔王がいるのに対して、聖神側にいないのが不利に過ぎる。
ルーにはさっさと加護を与えるべき存在と合流してほしい。
「ちょ、ちょっと待って。その人が本当に神様に仕える人だとして。平然と話してるニアはどういう立ち位置なの。もしかしてニアも神様に近い存在なの」




