七話
「確かにお預かりしました。他の依頼を探して行かれますか?」
「いや、今は止めておく」
カルティエラ案が通ったら、俺もできる協力をするつもりだ。そのためには予定を空けておいた方がいいだろう。
「分かりました。それでは、またのご利用をお待ちしております」
「またよろしく頼む」
定型となっているやり取りを交わし、商業ギルドを出る。
さて。絶対に必要そうな、次に俺が用意するべきなのは……畑の肥料か?
生き物は食糧がなければ生きていけない。枯渇するような事態は避けるべきだ。
衣食足りて礼節を知る、という言葉もあるほどだ。もっともだと思う。
アトリエに帰り、自分の研究に時間を使って過ごす日々を送って数日。
今でも来客などほぼない俺のアトリエの戸を叩く者が現れた。
というか、この魔力質は覚えがある。アトリエを出て玄関に向かい、扉を開ける。
「やっほー、ニア。久し振り。元気だった?」
「リージェ」
来たのか。ここにリージェが来た、ということは。
「イルミナと話したのか?」
「うーん。実はどう話せばいいか迷っちゃって。あ、中に入ってもいい?」
「ああ」
外での立ち話を延々続けることもない。身を引いて道を開けると、リージェは気負いなく中に入ってきた。
住んでいたこともあるから、正に勝手知ったるだ。
「やっぱりね、諸々のことはニアの口から説明するべきだと思うの」
「ああ。俺もそれが道理だと思う」
会えなかったから、一度引き返してきているけどな。
「だから今日は、カルティエラ殿下主導の計画に参加ってことで、王宮錬金術士として正式に仕事で来たの。あ、あとイルミナさんも来る予定」
「イルミナが来るのか。まあ、スティレシア家が難民を抱えているなら理由はあるしな」
「え? そうなの? わたしが聞いた話と違うね?」
……ん?
「違うのか。魔除けの熾火を依頼していたから、てっきりそうなのかと」
「あ、特別依頼のやつね。やっと納品されたって、侯爵様が喜んでたらしいよ。出来もとってもいいって感心してた――って、イルミナさんから聞いた」
「それは何よりだ」
ぜひ高評価を頼む。
「って、ニアが作ったの?」
「偶然にも」
「それじゃあ驚きの完成度でしょ……。でもそれなら本当に、キャンプもちょっと安心になるね」
「だといいな」
俺にとっては見も知らぬ人間たちではあるが、繋がりのある相手はきっといて、そいつらは知人が無事で健やかであることを願うだろうから。
「うん」
同意をしたリージェも、本心からだからこそ伝わる優しい笑みを浮かべる。
リージェのこういう、人に対する含みのない、純粋な厚意が俺は好きなのだろう。
「それでさっきの話だが。自分の家の問題でもないのに、なぜスティレシア侯爵が難民のための道具を求めているんだ?」
重大な問題だから協力して事に当たるのはいいと思うんだが、貴族にあまりそういうことをやる印象がないというか。
「えーっとね。難民を直接預かってるのはグリーズス辺境伯爵領なんだけど、スティレシアはお隣なの。で、仲もいいから協力して対処してるみたい」
「なるほど」
直接的な対応をして忙しい辺境伯に代わって、入手の難しい物資の手配を請け負っているわけか。
「で、カルティエラ殿下がノーウィットに難民受け入れを表明したでしょ。元々家が関わってたから、イルミナさんも彼らが落ち着くまで移住に協力するって」
イルミナなら言い出しそうなことではある。
「そんなわけで、わたしは今回、領主館の方に泊まるから……」
「分かった」
「――泊まるけど。もう少しここにいてもいい?」
「ああ」
拒む理由もなかったので、うなずいた。
「ありがと。なんだろ、近くにいるのに慣れちゃったのかな。ニアの側にいると安心する」
「そうか」
不安になって落ち着かないよりは、俺もリージェに安心してもらえるのは嬉しい、と思う。
しかし逆を言えばだ。
「安心を確認しないと不安か?」
「ちょっとだけね。物騒な話が増えてきてるから、どうしても考えちゃう」
ましてやリージェは王都で魔王軍に攻められたのを経験したばかり。危機に実感を持っていることだろう。
「勇者だか英雄だかが現れたという話は、まだ出てこないのか」
「魔王が現れたとき、神の使者によって見出されるっていう? それって、後付けの英雄譚でしょ?」
「……」
人間たちと神々の距離が遠いせいか。どうも神人の存在さえ信じていない気配がするぞ……。
「現代だとS級冒険者の人たちが能力とか相性とかでパーティー組むとか、帝国騎士の誰かが活躍して英雄とか勇者になるんじゃないかなって思うけど」
いや……?
降りてくる神人次第だから何とも言えんが、選ばれるのは才覚重視だ。現在はまったくの素人である可能性も充分ある。
もちろんリージェが挙げた人材も、優れた才覚の持ち主であることは明らか。その辺りから選ばれることも多々ある。
だが存外、自分の才能を知らずに生きている奴は多い。
「何にしたって、わたしたちができるのは役立ちそうな道具をとにかく作っておくことだけよね」
「重要だな」
もしかしたら、作れるような状況じゃなくなる可能性だってある。
……あまり考えたくはないんだが。
魔物は――魔王軍は神人の存在をすぐに受け入れた感がある。だが果たして、人間側が同じようにできるか?
信じないままで選ばれたのが現状戦闘技術を持たない平民だった場合……支援が滞る予感しかしない。
もっと悪ければ、来る神人によっては見限るぞ。
帝国首脳陣がアストライトより柔軟であることを祈るばかりだな。
「――あ、わたし、そろそろ帰るね」
窓から差し込む光の色の変化に気が付いて、リージェが席を立った。
「送っていく」
「え、いいよ。さすがに分かるし」
「一応だ」
ノーウィットは比較的平和な町だとは思うが、それでも万が一はあるかもしれない。
人数は力だ。
「……じゃあ、お願い」
少しだけ躊躇ってから、リージェは気恥ずかしそうに了承した。
陽が落ちるのが遅い季節だから、実は時間的にはすでに結構遅い。
徐々に暗くなっていく町中を、リージェと並んで歩く。
大分訪れ慣れた感のある貴族街を通って、領主館へ。
「ニア。リージェ」
「リェフマ?」
その門の近くで、衛兵と並んでリェフマが待っていた。待ち構えていたかのような佇まいだが……。
「二人の匂いが近付いてきたから、待ってた」
「……わたし、そんなに匂う?」
リェフマの発言が気になった様子で、リージェは自分の腕など、顔を近付けやすい場所の匂いを確認する。
「魔物から継いだ能力だろう、そこまでじゃないと思うぞ。……だが、言われてみると」
人の体臭だけでなく、柑橘系の香りがする、か?
「うあわあぁぁあっ。いいの! ニアは気にしなくて!」
真っ赤になって大きく飛びのく。
余程嫌だったようだ。どちらかと言えば好ましい匂いだと思うが、確かに、意識して嗅がれるのはいい気分はしない、な。
匂いを確かめる習性のある魔物や獣の間でも、しつこく嗅ぎ続けるのは礼儀に反している場合が多い。人間も同じなんだろう。
「悪かった」
「あ、謝ってもらうほどのことじゃないんだけどね」
言葉通り、リージェは怒ってはいない。嫌だというより、純粋に恥ずかしがっている気配もある。同時に、少しの期待。
声に宿る感情が複雑すぎて、一つ一つは読めてもその真意が理解できなくなりつつある。
人間は難しい生き物だ。
「そ、それで。わたしたちを待っていたってどういうことですか?」
「姫様、王都から帰還」
「お前がいるんだからそうだろうな」
カルティエラの護衛だし。
「それで、二人に相談」
「構わないが、今からか?」
陽が落ちてからだと、より差し障りがあるんじゃなかったか。
「ちょっと話すだけ。人も沢山」
「そちらがいいなら俺は問題ない」
「じゃあ、付いてきて」
くるりと背を向けて、中へと戻っていく。その後に付いていくと、今回も応接室に案内された。
私的空間に入れないことが妥協か。
俺たちが席に着いてしばらくして、侍女とシェルマを伴ったカルティエラが入ってきた。
「ごきげんよう、お兄様、リージェ。このような時間にお引止めして申し訳ありません」
「気にするな。それで、相談とは?」
「難民についてですわ」
まあ、それ以外には今はないか。
「わたくしがノーウィットを拡張して難民を受け入れることを、お父様も承諾してくださいました。スティレシア侯爵指導の下、ですけれども」
「正しいと思うぞ」
しかし、スティレシア侯爵……。隣とはいえ他領の貴族に協力したりと、面倒見がいいのだろうか。
イルミナの父親だと考えれば、いっそ納得はできるが。
「キャンプのために依頼されていた魔除けの熾火が納品されたので、それを使って移動の安全を計るそうです」
分火可能だから、そういう手も使えるな。本体より効果は弱くなってしまうが、魔物が近付くのを嫌がる程度の期待はできる。
特性の継承率を落としたのは悔やまれる。全員が無事に着けばいいが。
「ですので、早速結界の拡張をお願いしたいのです」
「せっかくですので、ノーウィットの区画整理も併せて進めます」
この前俺がざっくりと書いた地図が広げられ、アンリエットの指が予定地をなぞる。描き込みが増えていた。
それを見るに、どうやら外周区近くの公共施設は大体移転になるらしい。
まあ、そうだろうな。検問の詰め所や馬車乗り場なんて、町の入口に近くないとむしろ不便になる。
「そして、錬金術の研究所を建てます!」
カルティエラが地図上で示したのは、ギルド管理区の林の近く。ここに研究施設があったら便利そうではある。
「けれど、研究所には何が必要でしょう?」
そこからか。
「最先端の研究施設は王都にあるだろう。ノーウィットに増やすのは効率的とは言えない。それよりも、学校に近くしてみたらどうだ。もしくは量産型の工場か」
個々のアトリエはあるが、教育機関がないのはずっと気になっていた。
時代も時代だから、汎用性の高い道具は量産されれば助かるだろう。どちらでも益はあると思う。
「学校、いいわね! きっと錬金術士人口がもっと増えて、発展も進むわ!」
「やはりないのか。教育機関」
「うん。個人で弟子を取ったりっていうのはあるけど、学校って呼べる規模のものは聞いたことない。そもそもできる人が少ないから、定着しないのよ」
新入生が一人もいない年が四年、五年続くとか……。あり得そうだ。
「お前たちは魔力や神力の扱いが雑すぎる。向く、向かないはあるだろうが、魔力か神力のどちらかを持っていれば一応、作れる物はあるはずだ」
特に、薬品に多い水属性に適性があればこれからは喜ばれるぞ。多分。
「それを教えられる人が稀有なの!」
そうだった。
「もう、ニアが講師やればいいんじゃないかな!」
「王宮錬金術士の資格を取ったら考える」
悪くない箔付けな気はするし。
「え、本当に!?」
「まあ、お兄様! 王宮錬金術士になられるのですか? 大変、ではわたくし、早速教師の交代を申し出て――」
「落ち着け」
身を乗り出してきたリージェとカルティエラの二人を手で制して、元の体制に戻す。
特にカルティエラ。気が早すぎだ。




