後編 未来時 第一話 再開
……後日。ある留置場の面会室。
「……落ち着きました?」
透明な壁の向こうから、憎むべき少女にそんな言葉を投げ掛けられた。
「落ち着いたよ、僕は。村雨風間は。君も既に冷静なんだろう?……いっつも冷静な態度を保ち続けるところは変わらないね君。」
……カレン。とその少女の名を口にした。
「僕になにか用かい?」
用なんて、文句なんて、捨てるほどあるに違いないけれど。わざわざ聞いてみた。
「……はい、おわかりでしょうが、貴方のお陰でとんでもないことになりました。」
それは知っていた。そうならせるために僕は追いかけた。そして、殺した。今は、殺したいとかどうかは……分からない。
「だけど、貴方のお陰で得した事もあった。決して幸せではなかったけれど、幸せな気分を味わえた。それだけは感謝します。」
そして、笑った。
僕はその笑顔を見て酷く胸が苦しくなった。
ここから見る景色は鏡のようで鏡ではない。透明な壁に阻まれているだけなのはわかっている。しかし、僕と彼女が重なってしまうことに違和感なんて然程なかった。同じように不幸な境遇を生きていると思っていたからだ。
だが、それは違ったようだ。
「……なんで、だ?なんで君は笑っていられるんだ?僕は君を散々な目に合わした。……自分の憎しみ故に。何度も殺そうとした。今だってこの壁が無ければ君を殺しているところだ。」
問い詰める。何故か分からないが彼女は初めてあったときよりも何かが変わったような気がしたからだ。理解するまで問い続けたかった。
「……面倒なんですよ、そんな怒りに任せて突っ走って我を見失うのは。大丈夫、貴方を許す訳じゃないです。でも、許さなくたって、それでも別にいい。今ならそう思えるんです。」
なんだ……、彼女は僕を許したわけでもなく、僕がずっと憎んでてもいいんだ。
その事実に安堵なんてしなかった。僕は違うことを考えていたんだ。カレンと目を閉じなかったあの少年の事をずっと考えてたんだ。
「………君は、強いね。」
僕は震えていた。目の前にいたちっぽけな少女に怯えていた。
「そう?……。…………?……ちょっと待って、様子がおかしくないですか??」
「……そう、見えるかい?」
それは生まれて初めて思ったことで、自分がそう思えるなんて一度としてなくて、だからこそ、そんな負けず嫌いで、意固地で、あまのじゃくで、頑固な僕は……
――敗けを認める強さが必要だった――
あれ?目の前が急に潤んできた。……だけど口には出来た。伝えなきゃならなかったこと。
――「僕の、『まけ』だよ゛」
初めて、敗けを認めた。
ボタボタと膝に涙が落ちていく。これが自分の涙だって理解するのに十秒もかかった。
見上げると、彼女も同じように泣いていた。その辛さは押さえ込めるものでもなかったのだろう。
……でも、それでも彼女はちゃんと笑っていて僕以上の負けず嫌いだということが伺える。
「ばか、はじめから、っきづけ!!」
それはきっと彼女の切なる思いで、その思いに僕は頭が真っ白になっていった。
「なにやってんだぁ、それが!最初から、えぐ……、わかってたなら、……っひう、回避できたかも知れないのに、……生まれかわっでも!……もう、私はアイツには二度と、会えないんだぞっ……!!」
「ぐうっ……」
そこで気づく、彼女は変わってなんかいなかった。辛いことがあったら泣いてしまえる少女だということにやっと気がついた。
そして、今になって、今更ながら思う。
……なんだそれ、なんだそれ。
理不尽じゃないか。不幸じゃないか。
神様、なんでこの子にもっと幸せを与えてやれなかった。いや、僕のせいなんだ。僕がやったことなんだ。
「おかしいじゃ、ないか……」
この時、初めて村雨は他人のために泣いた。それは同情の涙ではなく、自分のした事への懺悔であったに違いない。
「……話、終わったのかい?」
僕は尋ねる。今日ばかりは慎重に事を進めるべき日だからだ。
「はい。」
――今日は彼女がこの世から消える日なのだから。
だから、彼女のしたいことをやらせて貰っている。
彼女の目は幾分か腫れぼったくて触れない方がいいんだろうな、と思いつつやるせなかった。
こんなんでうまくいくのかね裏戸よ。




