中編 現在時 最終話 逃避
これは……、どうなんだろうか。
最初、『可憐に近づかない方がいい』とか言われたときはびっくりしたけど、近づかない方がいい理由はあったからな。
黒いスーツにサングラスをかけた長身の男性。
今考えてみれば、昼に会ったあの二人、あの子はこの可憐の別人格のカレン。あの老人は前世のカレンを追っていた男性じゃないか?
フツーに逃げてたし。
空似にしちゃあ、似すぎているし、この話を聞いてあの老人があの子を追っていた理由に筋が通るとはな。
「どーしたもんかねー。」
近づくな。それはカレンの心配から出された結論だし、無下にしたくないというのも事実ではある。
いや、会うか会わないかの問題は後回しにするとして、この前世の記憶の話。僕の夢の話とマッチするところがある。
いや、ところどころじゃない。話の大体が僕の見た夢と噛み合う。そしてその夢の中では僕も少女と同じように殺される。
そうだとしたら、僕もあの老人に狙われる可能性は十分にある。
ならば、僕はこれからどうしようかなんて、直ぐに決断できた。
既に時間は午後0時。良い子の皆さんはもう眠っている頃だろう。僕の予想では裏戸も寝ていて、人格がカレンの方になっている筈。僕がカレンと接触するためにも、裏戸には……いや、分かりにくいか?……可憐には良い子であってほしい。
「頼むぞ…。」
インターホンを続けて二回くらい押す。
すると、二秒くらいで『はい』という声が聞こえた。この声はカレンだろう。
と、同時に『!?』というよな疑問と驚きが重なったような声が聞こえる。
「なんで貴方が……?」
どうやら監視カメラの映像から僕の顔は割れているらしい。
「いや、僕も持ってるんだよ。その……前世の記憶みたいなもの。」
そう言うとカレンは声を鋭く潜めた。まるで氷柱みたいだ。
「嘘です。そんなことはない。私の記憶は貴方を知らない。私は貴方を知らない。」
「な…?」
少し戸惑う。顔を近くで見てくれれば分かるものだと思ったのだが。
しかし、それは、そうだろう。僕の言うところの『前世の記憶』というものは彼女にとっての『記憶』そのものなのだから。彼女が知らないと言えば僕のただの妄想という可能性も十分あり得る。のである。だが、彼女の世界の話は僕の記憶とおかしいくらいにマッチするのである。
「もう少しちゃんと見てくれませんか?」
「すみません、ふざけているのなら帰ってください。私は本当に真剣なんです。」
――真剣に、彼から逃げるつもりなんです。彼女は言った。
僕がそこにいた証拠なんてものはない。ならば帰った方がいいのかもしれない。
「明日も来ます。」
「………」
さようなら、は言われなかったようだ。つくづく嫌われたもんである。
さて、帰るとしますかね、ここで残り続けて、抗議し続けていたら、インターホンを押しても出てこなくなるかも知れない。
うじうじしていても仕方がないのだ。
と妥協して、前を向く。家は確かこっちの方だった筈。
「動くな」
……カチャ――
後頭部に何か固いものが押し付けられるような感覚。
「来てもらおうか、君の頭は常に固い弾が狙ってるからね。」
そして、その声はあのしわがれた老人の声でもあった。
着いたのは僕のアパートだった。
何故ここに、彼は僕を連れてきたのだろう……
知ったこっちゃないが、逃げも隠れもしないので、後頭部に固いもの押し付けんのやめてほしい。
「そこの部屋に入ってもらおう。」
老人が指を指したのはアパートの一階。管理人室である。
「入るのはいいですけど、鍵は開いてますか?」
聞くと、フランクに彼は答える。子供番組の歌のお兄さんレベルで穏やかな返しである。見たことないけど。
「ああ、開いてるよ。靴を脱いで入ってくれ。私は自分の部屋が汚れるのは嫌なんだ。」
「そうですか。」
半ば生返事のように、答える僕。しかし……自分の部屋と言ったのかこの人。
言われた通りに靴を脱いで、管理人室に入る。
もとから置いてあった革靴も、ピカピカに磨かれていた。
中は案外綺麗なものである。アパート(外見)は汚いのに。
からからから…と管理人室の引き戸を後ろ手に閉めて、老人は座布団をしいた。頭に何かが当たる感触は既にない。
「座ってくれ。全てを君に話す。」
老人は既に座布団に胡座をかいていて、話す準備は万端といった様子だった。
「………何を、話すんですか?」
……君のこと、さ。と彼は言う。
やむを得ずついてきてしまったのはあれだが、することもないし、僕は聞くことにした。それが僕に関することなら聞いた方が良いだろうし。
座布団に腰を落ち着ける。
「有難う。聞いてくれるんだね。」
「はい……気になるっちゃあ気になりますしね……、」
「あ、話す前に君の記憶について教えてくれないかい?」
「わかりました。まず……」
僕は余すところなく彼に自分の記憶を伝えた。
全てを伝えると老人はなんだか考えるような仕草をとって、
「君についてはわかった、今度は僕から話そう。」
と言った。
「あの頃の世界を……―――」
僕は名を村雨風太と言う。
一月前、僕は突然。目眩に襲われた。なんだか、体に雷でも落ちたかのような、ショックが僕に流れ込んできた。
目が覚めると、頭が透き通るような気持ちだった。
それと、生物に興味が湧き始めた。生物なんか僕は高校で評価が三くらいで、別に興味もなかった科目を何故今更になって好奇心が出てきたのか、この時は気づかなかった。
月日は流れ、二週間くらいたった辺り、そのくらいの時期にある公園を見かけて僕に変な記憶が宿り始めた。
嫌な記憶だったね……
夢に出てくるんだ。その記憶の映像がさ。
一つの汚れもないまっさらな部屋に子供が三、四人連れてこられてみんなみんな変になっていくんだ。互いを殺し合い、あるいは首をかきむしって死んでいく。
僕は動けなかった。助けたいとは思っていたのに、夢の中の僕は暢気にコーヒーなんか飲んでやがる。
それで、最後まで見ることになったよ。コーヒーが空っぽになったと同時に最後の子が舌を噛んで死ぬ。
それが大体の最後だった。こういことが毎日続き、僕は最悪の気分だった。
ところが、ある日。状況が変わった。殺し合いが手術になった。可愛らしい少女だった。それと、大きな注射器。それを彼女の細腕に突き刺された、その直後に異変は起きた。
いきなり、ライトが赤に染まりサイレンが鳴り始めた。
どういうことだ……!?
と思っていたら急に目の前が真っ暗になって目が覚めた。
怖くなった。その記憶に触れてしまうのが……、死んでしまおうかとも思った。
後々に見た夢の内容は君が話してくれたものとなんらかわりはない。夢の中で僕は前世の『村雨風太』となっていた。そして、君たちを殺した。無惨に。そして、僕は『村雨風太』に君達を殺すという目的を与えられた。
記憶を他世界に送る機械でね。
でも、こんなものは……こんな憎しみはいらない。『村雨風太』は僕でもこの僕じゃない。生き方を間違った。頭のおかしい狂ったマッドサイエンティストだ。
―――だから、僕は君達を安心させるためにここに来た。僕という『村雨風太』に危険性はないことを伝えに来たんだ。
なんだ、それ。
僕は安堵する。振りをした。
じゃあ、ただのカレンの早とちりで、考えすぎで、勘違いで、場違いで、一人相撲なだけだったのか。
そーか、そーか……
―――んな、ワケあるかよ。
「…………。…………え゛?」
老人の顔が固まる。何がおかしいという風に。
「面倒だな。説明すんの。まあ、いいや……ああ、確かに設定は完璧だった。疲れた顔してるし、前世の記憶を持ってる人間という設定がキツかった。確かめられない。し、証拠がない。」
「当たり前だ。パラレルワールドに行く方法は存在しない。」
だろうな、ましてや、元々の記憶が宿る前の村雨のことも僕は知らない。
「だが、仮に、一週間前に僕達が危ないと知っていたとして、僕が『前世の記憶を持っている』という根拠は何もない。人はパラレルワールドには行けない、証拠もない。なのに、なんで過去の記憶を持っていることが解ったんだ?……勿論可憐にしてもだが。」
つまりだ。僕の言いたいことは。
「『調べるにしては圧倒的に時間が足りんし、動機が意味不明だし、自殺とか言ってたのに部屋滅茶苦茶綺麗だし、その他もろもろ含めてお前はおかしいんだよっ…!!』」
ということである。記憶が入ったところまではまあ本当だろう。だが、改心したようなセリフは全部嘘っぱちだ。
「うるせぇぇぇぇえっっ!!!!」
すると、激昂した『男』は僕の胸ぐらを掴み上げ、眉間に銃口を押し付けた。さっきまで僕の後頭部にあったものだろう。
「お、おまぇぇえ、眉間ぶち抜かれてぇのかぁぁあ?あぁんっ!?」
ぐりぐりと押し付ける。自分が優位だと、そんな事実を押し付けるように。
だが、そんな事実はない。
「いやいや、モデルガンだろ、それ?」
「…ぐうっ……!?」
……しかし、その質感はまんまプラスチック。さぞ、お安いことだろう。百均で売ってて、三日で壊れるタイプのやつ。
一瞬怯んだように見えたが、それでも『男』は諦めようとしない。僕の眼球に向けて銃口を移動させる。
「そんなこと関係ねぇぇ、二人ともをあの屋敷でぶっ殺すオレの目的が不発に終わった以上。今はお前を殺すだけで十分なんだよ。後はお前を人質にとった設定でアイツをおびき寄せるだけでいい。今のアイツは改造されてはいないからな。」
……だから、と『男』は続ける。
「だから、今お前を殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺すッッ!!!」
…引き金が、引かれる。
ああ、ここで僕は死ぬのかな。こんな変なやつに、覚えもないのに、なんだそれ、
「……面倒だ」
目は閉じない。これが僕の意志だ。反抗だ。それと、こんな不幸なやつ最後まで見てやらないと不公平だろう?
……パツン
「…あれ?」
痛くない。
銃口は下へ向いていた。
つまり、BB弾は床を打ったのだ。
『男』は失神していた。白目を向いて気を失ったまま僕を離さない。そして、ぶっ倒れた。
僕も当然引っ張られて床に突っ込むことになる。
「ぐえっ!?」
カーペットが敷いてあったお陰で衝撃は柔んだけども、それでも痛い。
「どうやら、間に合ったようですね。片目大丈夫ですか?」
「カレン?」
尋ねると答えは合っていたようで、彼女はスタンガンを片手に、管理人室に土足で立っていた。
「はい、そうです。……、」
「富士 洋太さん」
それは僕の名前だ。
「ごめんなさい。」
あの、えーっと誰だかわかんない『男』をビニール紐でぐるぐる巻きにして、警察が来るのを待っていた。
その頃、僕はカレンに謝られていた。しかも、土下座で、別人格の少女に。面と向かって話すのは初めてなので、僕としては少し緊張せざるを得ないところではあった。いや、少女相手に緊張するのは僕の普通の反応だった。
「いやいや、何を謝る必要があるんだい、カレンさん。」
「カレンでいいですよ。」
謎のデジャヴを感じてしまう。懐かしいような。これも前世の記憶なんだろうか。
「貴方にはとても失礼なことをしました。それを私は謝っているのです。」
「だから……、うーん、具体的に言って貰って構わないかな?」
「はあ、」
少し困ったような顔をするカレン。なんだろう、なんかおかしなことしたっけか、僕。
「あのですね……、ふざけているなら帰ってくださいなんて言ってしまって、すみません。」
そして、再び土下座のモーションに移行。
「いや、何故。また謝るの!?」
「まだ、怒りが収まっていなかったのかと思って。」
「そこまで、不機嫌じゃないよ僕は。それに助けに来てくれたし、君は僕の片目の恩人だよ。ありがとう。」
「そうですか。」
ほ、と短く息をつくカレン。
「しかし、君が今謝ってるってことは、僕の疑いは晴れたのかい?」
「はい。」
「因みに、なんで?」
「私が前世で最後に知り合ったのは、富士見 翔太という人なんですよ。」
フシミ ショウタ。確かに僕ではない。僕は富士 洋太で、フシ ヨウタだ。
「洋太さん、貴方には妹がいたんですよね?」
「いるけど、なんで知ってるの?」
「可憐の日記を見ました……」
そんなの書いてるんだアイツ。意外と乙女してるのかな。
「でも、アイツに教えた覚えもないんだけど……、」
「……そこには貴方の個人情報がズラリと並んでいまして。」
「案の定日記じゃないね、それは。」
前言撤回。マジで全力で調べんなや。
「その妹のことなんですが、前世には存在しないんですよ。」
「そうなの!?」
アイツも変な記憶のこと語っていたけれど、まさか存在しなかったとは……
あれ、おかしくないか……?
なんでシトミのやつは、変な記憶を持っていたんだろう。
「妹さん、名前をシトミというらしいですね。」
「あ、ああ。」
流石に、妹の名前くらいはきっちりリークしてやがったか。…そんなとこまできっちりすんな。
「シトミさん……、前世の記憶持ってます?」
「そうだな、確かそんなことを言っていた時期があった。」
最近はそんなことは言わなくなったけどね。
「………やっぱり…」
「…………?どういうことだ?いまいち要領を得ないのだが……。」
シトミが前世の記憶を持ってることがどう関係してくるんだ?
「つまり……、前世の世界に存在する富士見翔太はこの世界では富士洋太+富士シトミなんですよ」
富士見翔太という一個人がこの世界では、兄妹に別れたのだという。
「だから、カレンは見分けられなかった。元々富士見翔太はこの世界にいなかったから。」
「そういうことです。」
なるほど、分かってみれば簡単な話だ。となると、僕とシトミがフュージョンしたら富士見翔太になるんだろう。絶対やりたくねぇ…。
と変な事を考えながらも先の事が気になった。未来の事だ。
「―――君はこれからどうするんだい?」
僕は尋ねる。あくまでも明日の夕飯に何にするかとかそんな他愛もないようなことを聞くみたいに。
「それは……、消えますよ。おそらく後、一週間くらいですか?。段々私がいれる時間も少なくなっていってるんで。多分、この世界が元あったように修正されるんだと思います。」
彼女は僕の顔を見ずに答えた。
「…そうなんだ。」
なんか、初めてあった気が全然しないから。少し寂しい気もする。
沈黙が続き、数秒たった後、彼女は笑った。
「………でも、まだ時間はあるんで、またたまに会いましょう。」
それで何が変わるわけでもないけれど、きっと奇跡なんか起こる訳じゃないけれど、彼女は特別じゃなく普通に終わることを願った。
すーっと、水のように流れて消えることを願った。
なら、僕も応じるべきだろう。
「わかった。また会おう、近いうちに。」
「くー、くー」
答えた時には、既に隣には寝転んでグースカいびきかいてる可憐がいた。
「逃げられたか……まあ、それにしても。」
その小さな左手は僕の右手を包んでいる。
うー うー うー うー
と魘されている彼女の顔を見て、この手を払うのは可哀想か。
……さて、
「――動けん……、」
「面倒だな」と僕は嘆息した。
完




