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元に戻ったらしき世界



「やはりエレン、貴方の仕業ですか? しかも彼女まで巻き込むとは」



 深い溜息とともにクライヴがエレンの執務室に入ってくる。集中していたエレンは思わず肩をビクリと震わせた。エレンの隣で不敵に笑う美女の姿に気付き、クライヴは眉根の皺を更に深めた。



「ノックをするのがマナーだと言ったのはクライヴなのに」



「言いたいことはそれだけですか。あの日、あれだけ格好を付けて出てった割に随分とお粗末な事をやっているのですね。チカは日本へ返しなさい」



「もう帰したわよ! それで良いんでしょ」



エレンが膨れっ面でプイと余所を向く。

その返事はクライヴにとって意外であった。



「では、彼女をあちらへ送って何をしていたのです? 」



しかしその質問に答えたのはエレンではなく漆黒の髪の美女アルテミアだった。



「ふふっ、エレンは彼女を送った訳じゃないのよ。クライヴ、貴方が今までそれに気が付かなかっただけ。エレンの過干渉は困ったものだけど、貴方は少し職務怠慢ね」



潤んだ唇から零れ落ちる言葉はやけに魅惑的な響く。エレンはと言うと、すっかりアルテミアに懐いたみたいで彼女の背後でクライヴの様子を伺っている。



「故意に送っていない? しかももっと前からこんな現象があったというのですか? エレン、何故もっと早く私に相談しなかったのです」



「貴方が怒ってその機会を奪ったのではなくって? 私はエレンに相談を受けてチカを元の世界に返す手助けをしただけよ。そして無事に終わった」



アルテミアは誘惑するように扇状的な抑揚でクライヴを非難した。今回の件はクライヴにも非があるくせに気が付かなかったのかと。



「せっかく来ていただいて悪いけど、私たちこれからで出掛ける予定だからご用件が済んだのでしたら、今日はもうよろしいかしら? 」



「エレンは私の弟子です。下手に構うのはやめてもらえますか」


 凄むクライヴをアルテミアは鼻で笑う。

エレンは信じられなかった。今までほぼ絶対的存在だった彼がこんな風にあしらわれている事が。言い負かされるクライヴが少し可哀想な気もしたが、今日はアルテミアともっと話がしたかった。



「聞いたわよ。プレイボーイの貴方が、彼女には他の管理者と話すことを禁じているんですってね。研修期間なんてもう終わっているのに。次々と手を出すくせに、自分のモノは大事に囲っておきたいだなんて本当滑稽ね。馬鹿な女が好きな男と、馬鹿な男ほど愛しいっていう女の『馬鹿集団の需要と供給』の輪からハミ出さないでくれる?」



 エレンの手を引くアルテミアは美しい声で猛毒を吐いて、絶句するクライヴを横目に部屋を出ていった。


 その後アルテミアと過ごす時間はとても面白かった。彼女が管理する世界の不思議な伝説や美しくも哀しい恋人の話。はたまた、美しい髪の編み方やセイレーンだけが知る祝福の唄にいたるまで。

その日一日楽しく過ごして別れる前に彼女はこう切り出した。



「ねぇ、さっきのクライヴを見てどう思った? 」


「う~ん、なんだか少し可哀想な気がしたかな」


「フゥーン。それじゃあ貴方、この先クライヴに振り回されっぱなしになるわよ」



エレンにも分かっていた。でもクライヴはすごくモテるし、エレンを子供みたいに甘えさせてくれるけどあくまでも子供扱いなのであって、ヤキモチを妬いたってしょうがないのだ。女としての対象にはなっていないのだから。



「良い女は男を振り回すものよ。貴方は自分にあまり自信がないようだけど、クライヴがエレンを他の管理者から遠ざける様子って普通じゃないわ。もっと自信を持って良いはずよ」



「そうかな? 」



「そうよ!ねぇ、私の言うとおり試してみない? 」



アルテミアがにっこりと人差し指を口元に添えて微笑んだ。







********





今日も悪夢に魘され目を覚ました。シーツが汗で湿っていて気持ちが悪い。もう何度彼女が死ぬ夢を見なければいけないのだろう。

 あんなに近くにいたのに俺はまるで気が付かなかった。あれから一週間が過ぎた。しかしどんな姿の彼女も俺の前に現れることはない。



 ホワイエ卿は彼女と言葉を交わしたというのに、全く気付かず少しも彼女と話せなかったことが悔しい。そうしたら、彼女に伝えることができたのに。

彼女を笑わせることだってできたかもしれない。

一緒にご飯を食べて、「美味しいね」と言う彼女に同意する事だってできた。



 もうすぐ、夜が明ける。

俺は騎士で城や国を守る大事な役目がある。

ノロノロとベッドから起き上がり、冷水で顔を洗い気持ちを引き締めた。

部屋はここ何日かで物が散らかり荒れていたが、片づけに取りかかる気がしなかった。






「グレン、先日話した合同訓練の件についてだが」


城の廊下でチャールズにばったり会い、声を掛けられる。



「あぁ、日時についてはまだ調整中だが、それにしてもスマン事したな。あのご令嬢の護衛をすっかりチャールズに丸投げすることになってしまった」



 あの日以来、公爵令嬢はチャールズがすっかり気に入ってしまいベッタリなのだ。助かったと思う反面、チャールズには凄く悪いことをしてしまった。

対するチャールズも苦笑いだ。


「なにあと一週間の辛抱だ。それに自分にも責任はあるからな。それはそうと、少しでも悪いと思っているのならグレンに頼みがあるんだが」


 そんなことを言い出すのは彼にしては珍しい。何でも言ってくれと胸を叩くと、今度平民達が行くような居酒屋に付き合って欲しいと言われた。

そんな事かと笑ったが、チャールズは真剣だった。



「街の人たちにはどうせ貴族と嫌われているから関わりを避けていたが、これからは少しでも交流する機会を持とうと思ってな」



 そう言うチャールズが今の俺には眩しく感じた。

俺も前に進まなければいけない。千花の世界のことで俺に今出来ることは何もない。分かってはいても、上手く切り替えられない自分が嫌になる。

チャールズと別れた俺は執務室へ向かった。





********






あの性悪め。



 クライヴはイライラしながら、たばこの火を灰皿に押しつけた。

 彼の管理する世界ではここ最近戦争や内戦は起こっていない。そんな時いつもだったら、どこぞの美女たちと出掛けるのが常だった。

 しかしまるでそんな気にはならなかった。


 彼女が来ないのである。

彼女とは弟子たるエレンの事だ。あの日から全然この部屋に足を運んでこないのである。と言っても、今までエレンは特に用はなくてもこの部屋に来ていた。だからといって、クライヴが用もないのに彼女の部屋へ行くのは立場的にもおかしいだろう。

 例の件も、片づいたはずなのに。そう考えてから、なぜかチカという少女のことを思い出す。


あの娘の近況はエレンも気になるのではないだろうか。









「ええ。実はすごく気になっていたの。やっぱりグレンやシュレスデン国での記憶は消したの?」



 その話題は予想以上に効果覿面だった。クライヴは自分の矜持を曲げることなく彼女をまんまと誘い出すことに成功したのである。しかし、肝心のチカの状況はあまり良くなかった。


「はい、グレン君の方はどうなんですか? 」


「知っらな~い、だって大人の男はすぐ忘れるんでしょ?まぁ、彼女随分と髪を切ったのね」


「あ、ああ、そうみたいですね」



 モニターに写るチカはボブぐらいの長さで、確か以前の彼女は肩より長い髪をよくポニーテールに結んでいたはずだ。



「アラ、友達との喧嘩にも負けないのね! 凄いわ。って、コレ喧嘩なの? 」


「いや、よく分かりませんが・・・・・・」



 前に見た時までは、良好そうだった友人たちとの関係はなんだかこじれておかしくなっているようだった。

エレンは出したお茶に口を付けることなく、モニターに食い入っていた。







******





 少し前まで仲の良かった友人たちに囲まれているこの状況に千花は頭を傾げる。そう、もう彼女たちが自分に向ける視線は友人だった頃のものとはまるで違っている。

千花はいつこんなに彼女たちの恨みを買ったのかと不思議でならなかった。しかし理不尽な言い分に己を曲げるつもりはなかった。

 他のクラスメイト達はと言うと、事情が分からず困惑気に千花達を見ている。



「反抗期なら、自分のママにでも宥めて貰ってくれない? 私に当たられても迷惑なんだけど。みっともないよ」


「何なの、その上から目線。親がいないってそんなに偉い訳? 」


「少し前まで家に帰りたくない~って、我が儘言っていた癖に! 」



激昂する元友人たちにやれやれと呆れた表情を浮かべる千花は更に彼女達の火に油を注ぐことになってしまっていることを知らない。



「だから、もうそんな我が儘言わないって。仲良くする気がないならもう放って置いてくれないかな? 」



「綾乃ちゃんにちゃんと謝ってよ! 頬っぺの所凄いアザなんだから」



(馬鹿じゃないの?こっちはいきなり髪の毛を切られたっつうの! )



千花は相手にするのも嫌になり、立ちはだかる少女を押し避けて教室を出ていこうとした。



「最低のブスッ!! 」



背後から一人が罵倒するように吐き捨てた。

それに千花はクスリと笑って毒付く。



「自分を鏡で見たことある? 」



 千花は男子生徒からよくモテるのだ、彼女とは違って。

「ブス」という言葉は、感情的になって発した彼女の元へ鋭く飛んでいってみごとぶっ刺さった。今まで何事かと様子を伺っていた他のクラスメイト達がその滑稽さにクスクスと笑う。

 千花を囲んでいた少女達は怒りと羞恥に真っ赤になっている。


その隙に教室を出ることにした。



(あ~、また余計な事を言ってしまった。これからまだ二年以上残ってるのに、高校生活を上手くやっていける気がしない)



 彼女は気が付いていなかった。今まで当たり前の愛情を受けられない不幸キャラが免罪符になっていたことに。親に愛されずひとりぼっちの可哀想な娘。それが、他の友人達の少ない優越感を擽っていた。

可愛いけどこの可哀想な子は、常に自分たちより不安に怯え惨めな存在でなければいけないのだ。

 可哀想だからこそ、庇ってあげようと言う気も起きるのだ。



 しかし、今の千花は全然彼女達の優越感を擽らない。

 堂々としていて、何か言われても自分ではっきりと言い返す事が出来る。前なら友達グループの顔色を伺って目立つことは避けるようにしていたのに、最近では興味のあることは積極的に参加し友好範囲の幅をどんどん広めつつあった。

 それを友人達が「そういうのらしくないよ」と咎めても、「うん、でも興味があるから」と全然空気を読まなくなってしまったのだ。


このままじゃ、千花が自分達よりずっと上の存在になってしまう。

そんな事、彼女達は許せなかった。






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