さようなら、ごきげんよう
昼前、俺はチャールズ殿と連れだって陛下の御前にいた。
一昨日に起きた二つの事件主犯格を無事捕らえることが出来たのだ。そんな急展開を迎えられたというのも、今朝俺の執務室にドアの隙間より犯人を知らせる密告の書簡があったからだ。
今朝、目が覚めて千花のいる世界に帰れなかったことに焦燥感を覚えた。違う夢を見ているのなら自分で強制的に目を覚ますことも出来るが、最近の寝不足が祟ったのか昨夜は夢も見ずぐっすり寝てしまったのだ。
しかも、ミレディーも帰っていない。
どこへ行ったというのだ。一人では朝の散歩などする気にはならなかった。
手近な食堂でイライラと朝食を済ましていると、チャールズの部下から昨日俺の部屋から鷹を抱いた魔法庁の奴らを見たという話を聞いた。
そして向かった魔法庁では門前払いを喰らい、執務室に行けば怪しい書簡。書簡は犯人や証拠・隠れ家に至るまで詳細に書かれていた。たまたま早朝に登城していたチャールズとともに少ない手勢で書かれていた場所へ向かい、そして今ここで陛下にお褒めの言葉を頂いている。
「二人とも朝早くから御苦労だったな」
「はっ」
拍子抜けなほどの早期解決で陛下の機嫌はすこぶる良さそうだ。
「それにしても、私の執務室に置かれた不審な書簡についてですが・・・・・・」
思ったままに疑問を口にしようとすると、それをチャールズ殿に何故か遮られた。
「まぁ、それについては追々調べると言うことで、我々はこれで失礼します。よろしいですね、フェルトン殿」
書簡については良いとしても、俺にはまだ陛下に要望があった。
「私の飼っている鷹を魔法庁の者が連れ去ったと目撃者がいるのですが、魔法庁への入塔許可を頂けないでしょうか」
すると陛下は苦々しく眉を顰めた。チャールズ殿は話をつかめないのか首を傾げている。
「その話か、魔法庁より聞いている。どうやらその鷹は元々魔法庁の物だったとか・・・・・・」
「ハァ? いや失礼、なんですって」
そんな筈がない。第一、獣舎で前に会った時はそんな素振りすら見せなかったではないか。
「フェルトン、その鷹は拾ったのだろう? 」
陛下は普段は至極立派な方だ。しかし魔法庁が関わるとすぐこれだ。納得などいくはずがない。
「陛下はアレが魔法庁の物だと、本当にそう信じてていらっしゃるのですか」
「そう言う訳ではない。しかし、騎士団長のそなたに入塔許可を与えると言うことは、余が魔法庁への強制的な捜査の許可を出したも同じになってしまう。彼らにそんな屈辱を味会わせるのは・・・・・・」
「前に獣舎の兵用犬達のことを報告したかと思いますが、今回も同じではないでしょうか。このような振る舞いをお許しになるなど」
「あれはすでに獣舎へ返したと聞いている」
どこまでも旧魔術師に甘い陛下に腹が立ちつい声を荒げてしまった。
「しかし、彼らのやっている事は窃盗です。私は自分の持ち物の権利も主張できないのでしょうか。第一、彼らは毎日城へ来て何をやっているのです? 確かに嘗ての英雄かもしれませんが・・・・・・」
「フェルトン! 私の前で彼らを侮辱することは許さないぞ」
有無を言わせぬ陛下の言いように、悔しくて拳を握りしめた。すると、思わぬ所から助け船が出された。
「恐れながら、フェルトン殿は魔法庁へ護衛として行く許可を請うているのではないでしょうか。鷹の件についてはお忘れ下さい」
今まで黙って話を聞いていたチャールズ殿が静かに提言した。
「護衛だと? 何のだ護衛だ」
陛下も俺と同じく鳩が豆鉄砲を喰らったような顔をなされている。
「お忘れですか。先日、遊びに行らしたカタリーヌ嬢をご案内差し上げようと思っている。そうですよね、フェルトン殿? 」
パチリとウィンクされ、俺はチャールズ殿が言っている事の意味を理解した。それは陛下も同じようで、やれやれと首を振ってフッと苦笑いを浮かべられた。
「仕方ない、許可を出そう。しかし、カタリーヌには傷ひとつ付けるなよ。チャールズ、念のためお前も一緒に行け」
「はっ!!」
御前を辞して、俺たちは早速カタリーヌ嬢のいる来賓の間へと向かった。
「チャールズ殿、先程の貴殿の機転に感謝する。それから、巻き込んじまって悪かったな」
彼のおかげで魔術塔へ入る許可が下りたのだ。
頭を下げる俺にチャールズ殿は呼び捨てにしてくれと言って笑った。
「グレン、お前は団長に昇格してそんなに経ってないから知らないかもしれないが、魔法庁の人たちは仕事をしていない訳ではない」
「魔法が使えないのにか?」
「グレンに今朝届けられたという書簡、あれはおそらく魔術庁の者による物だろう」
そうしてチャールズは令嬢の部屋へ向かう途中に魔法庁が担う仕事について、俺が全然知らなかったことを教えてくれた。
嘗ての英雄で財を持つホワイエ卿の元には色々な情報が集まりやすいということ。そして彼らは大きな魔法は使えないものの、まじないや占いの類では秀でた才を持ち続けているということ。
「じゃあ、何故もっとそれを公にしないんだ? それは誇れる仕事だ」
「大魔術師がまじないや占いだぞ?そんな事は彼らの矜持が許さないんだろう」
俺にはよくわからなかった。
魔術師が実際活躍していた頃、俺はまだ子供で戦地に行くはずもないからどんなすごい魔法が使われていたのか知る由もない。
しかし、占いや呪いで犯人を捜査できるのは十分羨ましい能力ではないか。
そんな話をしているうちに、カタリーヌ嬢が滞在しているという部屋に到着した。ノックはチャールズがした。他国のご令嬢の扱いはおそらく彼の方が向いているだろう。
「まぁ、チャールズ様!グレンも!!お二人で遊びに来て下さったのね。さぁ、お入りになって 」
カタリーヌ嬢は今日も絶好調のようだ。
優雅に騎士の礼を取るチャールズを見て、慌てて俺もそれに倣った。
「グレンがカタリーヌ嬢とお出掛けの約束をしていると聞きまして、無粋かとも考えたのですが私もそんな貴重な機会にご一緒出来ましたらと思いまして」
厳めしい顔をしている事の多いチャールズがこんなに柔和な態度をとることは珍しい。おそらくカタリーヌ嬢もこんな彼を始めて見たのだろう。
彼のことは不器用だと思っていたが以外と器用な男なのかもしれない。
「お二人がそんなに仲が良ろしかったなんて知らなかったわ。それよりお出掛けってどこへ行くのかしら? 」
破顔した令嬢が俺とチャールズの間に立った。チャールズは楽しそうに「普段は行けない、秘密のところですよ」と言うと、カタリーヌ嬢は「まぁ」と言って頬を染めた。
チャールズ、その令嬢にあまり良い顔をすると面倒な事になるぞ。
その忠告はいま口に出せるはずもなく、俺は幾分申し訳ない気分になった。
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昼頃、ホワイエさんは私の昼食を持ってまた現れた。
私のする日本の話にすごく興味を持ったようだ。
「それでチカは今のJKになるまでどのくらい学んだのだ? 」
9年ぐらい。
「私も9年学べばJKになれるのだろうか」
もういい加減,JKの事はどうか忘れて欲しい。
「忘れる訳が無かろう! 」
なんか疲れてきた。ホワイエさんは根っからの悪人ではないんだけど、どこか頓珍漢で疲れる。
「なんだと!英雄が悪人の訳ないだろ。第一頓珍漢とは何だ? 」
だって獣舎で調教師のオジサン虐めてたじゃん。
「あれについては少しヤリ過ぎたと反省している」
ああ、反省してたんだ。
それにしてもホワイエさんって見た目も若いけど、実は見た目の年齢プラス15才でしょ?なんか話している感じ、私と年の差を感じない感じって言うかさ、不思議だよね。反抗期って言うかさ、30歳過ぎている人とは思えない。
「私が反抗ッ……」
クワッと言い返そうとした彼の言葉は不自然に切れた。
ちょっと失礼すぎたかなとホワイエさんを見ると彼は固まっていた。
ごめん、言い過ぎたよ。
「あ、ああ、」
それに彼は曖昧にうなずいた。
「そ、それで後ろの奴が本当のお前の姿か? それとも黒髪の方か? もう一人もJKなのか? 」
「え?後ろの奴? 嘘っ、おばけ? お化けがいるの? 」
恐る恐る振り返ると、半透過した金髪の美少女が笑みを浮かべて立っていた。
「ど、どうしよう? 私、オバケとかマジで無理なんですけど 」
私はホワイエさんに助けを求める。しかし彼の方も真っ青な顔で信じられないモノを見ているように目を見開いたまま動かない。
こうなったら、私は一人でパニック状態だ。
「ヤバい、この塔って心霊スポット的なアレ?もう駄目だ、いくら約束したからと言ってこんなところもういられないっ」
アタフタしてとりあえずホワイエさんの側に逃げようとした時、美少女は私にギュウと背後から抱きついてきた。
ヒェ~ 子泣きジジイっ!
「イヤ~!!ってアレ?」
気付くといつの間にか私も人間の姿になっていて、見えた私の腕も半透過していた。
私も幽霊的な?
その時、扉の外から聞き慣れた声がした。
「悲鳴が聞こえたぞ。ここで何をしている! 開けてもらおうか? 」
「開かないのです、ホワイエ卿が3刻ほど前に入ったきりで。我々も面妖な鷹と一緒と考えると心配なのですが」
その声に答えているのはホワイエさんの部下だろうか。
「攫っといて何を言う?! 開けれないと言うなら、壊すぞ」
その言葉は頼もしいが、石で出来た扉が壊れるわけがない。
しかし頑丈そうな扉は6発目の蹴りを浴びて崩れ壊れた。
「魔術師が閉じこめられないように、どこかのポイントを蹴れば壊れる仕掛けがあるいう噂は本当だったようだな」
その自信溢れるグレンさんの声に次いで、
「お前はやりすぎだ」
「そうですわ、野蛮よ」
と呆れたような声が聞こえた。
野蛮じゃない、さすが無敵のグレンさんだ。
開いた穴が蹴り広げる足によって段々大きくなってきて、そこを潜ってやや乱暴に入ってきたグレンさんは室内を見渡してビシリと固まった。
「グレンさ~ん、今、ヤバイのはオバケなんです。美少女の子泣きジジイが・・・・・・」
言いかけてハッと気付く。
そうだ、考えてみればグレンさんは鷹が人間なのを知らない。
って言うか、現状の私も美少女も半透明のオバケ状態だ。
おそらく彼も室内の様子がこうだとは予想もしていなかったのだろう。珍しく口を開けっぱなしの絶句状態だ。
「グレッ・・・・・・」
再度呼びかけようと思った言葉は、美少女に口を塞がれてしまった。ムム、この美少女、力が強い。
私の代わりに口を開いたのはその美少女だった。
「さらば、駄犬騎士よ! 私の像を修理する事を忘れるなよ!! 美しい仕上がりを期待する」
いつの間にか少女は片手に大きな斧を持っていた。彼女は私を片手で抱きしめた状態のまま、斧を振り上げ空を切った。途端、私は暗闇の中に飲み込まれてしまった。
うっすらとした意識が消える前、私の耳に眠り唄のような優しい声が聞こえた。
「ちゃんと幸せになってね。あんな男よりもっと良い人に出会えるわ」
反論しようと言う意識は、沼の深いところへと沈んでいく。




