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第8話 警告文書

 交易拠点の戸口に、封蝋が割れていた。

 ナイレンの目が、王国の紋章を捉える。


「リュカスからだ」


 吐息が白くなる。指が羊皮紙を広げる。


 警告文書の一行目が、眼球を刺す。

 《解析修理》スキルへの関心表明。浄水器の技術的価値に言及。

 査察の予告が、最後に記されていた。


 胸の内側が熱くなる。怒りが脈打つ。

 羊皮紙の端が、指の力で皺になる。


 彼は顔を上げる。交易拠点の広場を見渡す。

 人々が物資を運ぶ。誰もが無防備だ。


 唇が噛みしめられる。鉄の味がする。

 王都の目は、ここまで届いていた。


 警告は親切ではない。脅迫だ。

 戻れ。さもなくば、奪う。


 ナイレンは羊皮紙を懐にしまう。

 冷たい感触が、肋骨に伝わる。


 足が地面を蹴る。工房へ向かう。

 背中に、監視の視線を感じる。



 机の上の警告文書が、視界の端にある。

 スープの皿には、一匙も手がつけられていない。


 ナイレンの手がフォークを握る。指の関節が白くなる。


「工房の浄水器だ。あの特殊なネジは、明らかに改造痕だ」


 リュカスの目的が、はっきりした。技術の収奪だ。


「王都の手口は、いつも同じだ。アクセス権を奪い、管理する」


 スープの表面が冷えていく。油の膜が張る。


「警告文書の査察予告。三日後だ」


 ナイレンは立ち上がる。椅子が軋む。


「準備はできている。偽装、防衛、証拠の隠蔽」


 窓の外を見る。共同体の煙突から煙が上がる。


「守るべきものは、ここにある。王国の呼び戻しなど、無意味だ」


 彼は警告文書を手に取る。羊皮紙が擦れる。


「リュカス・ヴァイル。その目で、確かめさせてやる」


 ナイレンの唇が歪む。それは笑いではない。


「壊れスキルで築いたものが、何か。見せてやろう」


「昼食は終わった」


 ナイレンの目が、助手用デスクの温かい皿から離れる。

 しかし、手は食器を洗わない。水を使うには浄水器が必要だ。

 その浄水器は、研究室にある。


 彼の眉が寄る。研究室への通常経路は、事務スペースを通る。


「監視されている。直接は行けない」


 足が動き出す。生産ラインの脇を通り抜ける。

 緊急退避通路の入口が、壁に隠されている。


 指が壁面の継ぎ目を探る。特定の位置を押す。

 石壁が滑らかに横にずれる。冷たい空気が流れ出る。


 通路の照明が、自動的に灯る。青白い魔力光だ。

 ナイレンの足が、薄暗い通路に踏み込む。


 心臓が早鐘を打つ。鼓動が耳元で響く。

 通路内は静まり返っている。自分の呼吸だけが聞こえる。


 数十歩進んだところで、足が止まる。

 床に埃の層がある。その上に、誰かの足跡はない。


「この経路は安全だ。だが、先まで確かめねば」


 通路は下り坂になる。膝に負担がかかる。

 やがて、小さな物資庫の扉が見える。


 非常用の食料と水は、ここにある。命の綱だ。


 制御コアの回路が、意図的な痕跡を示していた。

 ナイレンの眉が刻まれる。作業台の上、分解された制御コアが青白い魔力光を漏らす。


「監視だけではない。遠隔操作か、破壊の回路だ」


 彼の手がピンセットを伸ばす。震えが爪先に走る。

 目標の接点は、主要ラインに寄生していた。


 胸の鼓動が速い。呼吸が浅くなる。


「切り離せ。証拠を残さねば」


 ピンセットの先が触れる。微細な火花が散る。

 魔導回路の切断は、常に危険を伴う。


 額に汗がにじむ。手首に力を込める。

 接点の根元が、ゆっくりと持ち上がる。


「一つ……そして、もう一つ」


 二つ目の接点が剥がれる。制御コア本体が、かすかに脈動を変える。

 ナイレンは息を止める。全体の機能停止を警戒する。


 しかし、浄水器は動き続けた。水流の音が変わらない。


「……成功だ。バックドアは、無力化した」


 彼は剥がした二つの接点を、絶縁ケースに納める。

 蓋を閉じる。カチリという音が、研究室に冷たく響く。


「これが物理的証拠だ。王都の介入の」


 ナイレンは研究室へ戻る。浄水器のそばに立つ。

 指が制御パネルを滑る。魔導回路の可視化スイッチを入れる。


 内部が透けて見える。浄化の主流路から、細い枝が二股に分かれる。


「ここだ」


 心臓が肋骨の裏で跳ねる。この分岐は設計図にない。

 彼は拡大鏡を掲げる。枝路の接合部分に、新しい溶接痕が光る。


「追加された」


 吐息が白く揺れる。時期は一週間以内だ。

 枝路の先は、データ蓄積ユニットへと繋がっている。


 彼は記録ノートを開く。ペン先が震える。

 分岐の座標、魔力特性、接合手法を書き留める。


「監視のための……回線だ」


 胃が冷たい鉛に変わる。彼は目を閉じる。

 記憶を再生する。一週間前、誰がこの研究室に立ち入ったか。


 共同体の者たち。納品業者。工房の見学者。

 顔が掠める。信頼してきた者たちの顔が。


「疑うのは……後だ」


 彼は記録装置を起動する。分岐路の魔力波形を捉える。

 画面に波形が描かれる。規則的なパルス。監視信号そのものだ。


「生きた証拠を……記録する」


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