第6話 振動緩衝ユニット
輸送箱の中に、本来注文していない部品があった。
ナイレンが手に取った振動緩衝ユニットは、重量が数グラム重い。掌の感覚が違和感を告げる。
彼の指が外装の継ぎ目を探る。
爪が引っかかる。微かな段差がある。通常の製造公差を超えている。
工具を手に取る。
ドライバーの先がネジに合わせられる。回す音だけが検品室に響く。心拍が耳元で鳴る。
外装が外れた。
内部の魔力回路基盤の上に、豆粒大の黒い結晶が載っていた。配線は基盤とは別系統だ。
ナイレンの呼吸が止まる。
胃の底が氷柱で抉られる。背筋に走る冷気が、髪の毛を逆立てる。
《解析修理》が視界を青く染める。
結晶の構造が輪郭を現す。記録型。視覚情報を約三時間分、定期的に外部へ送信可能。
注文書を確認する。
振動緩衝ユニット、単体。付属品の記載はない。業者の印は正規のものだ。
だが、この結晶は付属品ではない。
意図的な組み込みだ。ネジ跡に加工の痕。ユニット到着後に、組み込まれた証拠。
「配送業者か」
声は低く掠れる。荷受から検品まで、誰が触れたか。ルートが汚染されている。
基盤を通常通り組み戻す。
手の動きは正確だ。思考だけが別の次元を暴走する。他の荷物は。既に組み込まれたものは。
冷たい汗が首筋を伝う。
内臓がぎゅっと縮む。吸気が肺の奥まで届かない。
「優先順位だ」
彼は呟いた。手が遮蔽板を裁断する。まずは完成品の保管庫から。次に重要基盤。
記録室の空気が埃っぽい。
書架の列が闇のように続く。日差しが細い窓から筋になる。
ナイレンの指が書類の束をなぞる。
「技術調査依頼」の印字が、月毎に増えている。
三ヶ月前は三件。
二ヶ月前で七件。先月は十二件。今月は既に九件。
胃の底が冷たい。
増加率が直線を超える。指数関数的な上昇だ。
彼は年度ごとのファイルを引っ張り出す。
表紙の革が軋む。過去五年分の記録が机の上に広がる。
前年度までは月に一件、多くて二件。
それが今や十倍だ。異常以外の何物でもない。
依頼元の欄を指で追う。
「王都魔導技術管理局 技術監査部門」の文字。ほとんどが同じ。
部署責任者の署名欄。
「リュカス・ヴァイル」の名前が、幾つも並ぶ。
胸が締めつけられる。
心臓の鼓動が喉まで上がる。耳の中で血が騒ぐ。
一枚、また一枚。
彼の署名が、同じ角度で、同じ力加減で記されている。
ナイレンは年別のファイルを横に並べる。
依頼の増加が始まった時期。それは彼の工房が量産を開始した時期と一致する。
指先が震える。
冷や汗が紙の端を濡らす。インクが滲む。
全ての線が、鋼刃の谷を指す。
蜘蛛の巣の中心のように。獲物を囲む罠のように。
「……全て、繋がっていた」
声が掠れる。唇が乾いて割れる。
裏切りが、計画だった。
偶然の干渉ではない。組織的で、持続的な偵察。
彼は静かにファイルを閉じた。
革の表紙が合わさる音が、部屋に響く。
「……覚悟は、できている」
低い唸りが、胸の奥から湧き上がる。
冷たい鉛の塊が胃にあった。それが今、熱い鉄に変わる。
設計図の一線が、計算を外れていた。
ナイレンの指が、魔導加熱装置の回路図をなぞる。魔力安定化区画。線の角度が、0.5度だけ傾いている。
「ここだ」
隣に置かれた旧版設計図。そこでは線は真っ直ぐだ。
胸の鼓動が速くなる。
皮膚がざわつく。不審な動作報告が三件。全て安定化回路の過熱だった。
彼は拡大レンズを手に取る。
インクの滲みを見る。筆圧の変化を追う。
線の始点に、微かなかすれ。
まるで、定規がずれたような。あるいは、意図的な書き直し。
胃が冷たく重い。
設計図は施錠されたキャビネットに保管されていた。鍵は彼だけが持つ。
指が震える。
冷や汗が紙の端を伝う。インクがにじむ。
彼は設計図を透かしてみた。
背面から光を当てる。紙の繊維の流れを見る。
書き直された線の下。
かすかに、消された古い線の痕跡が浮かぶ。
「……干渉」
声が低く掠れた。
彼はキャビネットの鍵穴を覗き込んだ。
微かな擦り傷。新しい輝き。
リュカスの調査依頼。増え続ける査察。
そして、設計図への物理的アクセス。
全てが計画的な技術妨害。
製品の不具合。信用の失墜。そして、査察官の介入口実。
彼は修正用のインクペンを握った。
古い線を黒く塗りつぶす。正しい角度で新たな線を引く。
「……痕跡は残す」
彼は呟いた。塗りつぶした線の周囲を、わざと汚さない。
証拠として。彼が発見したという証として。




