第4話 監視機能
古代制御ユニットが机の上で震えるのを止める。
ナイレンの目がそちらへ向く。鼓動が肋骨を押す。
重い手でユニットを引き寄せる。
金属の冷たさが掌に染みる。
「……本来の仕事だ」
彼は呟く。呼吸が深くなる。
解析記録デスクの羊皮紙を広げる。
ペン先が輪郭を描き始める。回路の経路。接点。
左手が古代文字解読メモを押さえる。
右の動きが止まる。目が二つの情報を行き来する。
一つの記号が一致する。胸が高鳴る。
指先が震える。疲労が一気に押し寄せる。
工房の境界標の一つが傾いている。土の湿り気が異常だ。
ナイレンは蹲る。指先で土をすくい上げる。
掘り返された痕。昨夜のそれではない。
「リュカス。」
彼は低く名を吐いた。こめかみが脈打つ。
監視デバイスの検品結果が頭を掠める。公式封印。魔導シール。
組織の動きは、既に境界を踏み越えていた。
彼は立ち上がり、警備担当の男を呼ぶ。
男は駆け寄る。ナイレンの表情で事態を悟る。
「全境界標の点検。魔導的干渉の有無もだ。」
「わかった。連中は…?」
「もう来ている。」
彼の声は鉄のように冷たい。
指先が僅かに震えるのを、拳を握りしめて隠す。
呼吸が浅い。しかし視線は一点を見据える。
守るべき線が、今、此処にある。
「点検後は記録魔器で痕跡を固定。証拠として保管だ。」
「はい。」
「次は侵入試験。夜明け前に三人でやれ。」
男が頷く。ナイレンは工房の壁面を見上げる。
錆びた鉄板の向こうに、量産ラインが動いている。
「全ての魔導紋に暗号層を追加。優先順位は最上位だ。」
「作業中の分も止めるか?」
「止めるな。並行して進めろ。」
彼の決断は速い。心拍が高鳴り、皮膚が灼ける。
しかし言葉に迷いはなかった。
一束の羊皮紙が月光を浴びる。その端に残る走り書きが、ナイレンの目を刺す。
指が書類の上を滑る。分類の作業は進まない。心臓の鼓動が耳朶でうねる。
一文字、また一文字。筆跡が肉薄してくる。
「……リュカス。」
吐息と共に出た名前に、胃が冷える。机の角を掴む手に力が入る。
無関係なはずの備忘録。古い技術調査報告の裏面だ。
視線が文字列を追う。角度、癖、抑揚。
全てが記憶のそれと重なる。背筋が氷柱のように凝り固まる。
彼は書類を広げ直す。月明かりがインクの跡を浮かび上がらせる。
報告書の日付。それは彼が追放される直前のものだった。
「そうか。あの時からだ。」
声は掠れる。胸が締め付けられる。
整理の手が止まる。分類より先に、検証が必要だと頭が切り替わる。
彼は他の書類を探し始める。キャビネットの抽斗を乱暴に引く。
埃が舞う。古い契約書、設計メモ、王国からの通達。
一枚、また一枚。月光の下で筆跡を照合する。
呼吸が浅く速くなる。鼓動が額で脈打つ。
見つからない。しかし、一つだけ確信が生まれる。
この筆跡は、単なる偶然では済まされない。
「……計画変更だ。」
囁く声に力がない。しかし目は研ぎ澄まされている。
防壁は、一つでは足りない。二重、三重が必要だ。
首筋に冷たい汗が伝う。
それでも、ペンは進む。スケッチに監視機能の痕跡を追う。
魔力の流れを辿る線が、不自然な分岐点で震える。
ナイレンは息を呑む。それは記録装置だ。
「……この監視機能を逆用すればいい」
机の上の二つの計画が交差する。指先に力が入る。
古代制御ユニットの表面を指が撫でる。
金属の冷たさが、覚醒剤のように頭を覚ます。
羊皮紙を引き寄せる。ペン先が動き出す。
記録は簡潔に。要点だけを刻む。
「第一。魔力変換効率は現行型の七割」
数字が並ぶ。呼吸が浅い。
「第二。制御系は単純な三層構造」
左手が解読メモを押さえる。視線が走る。
本当の八層構造は書かない。
心臓が肋骨を押す。鼓動が耳朶で鳴る。
偽りの記録を書く指先が微かに震える。
「第三。起動には外部魔力供給が必要」
ペンの動きが止まる。これは真実だ。
だが、必要な魔力値は三分の一しか記さない。
安全な説明文書。表面だけの技術解説。
彼は歯を食いしばる。羊皮紙に偽りの完成形が広がる。
「……保存、しなくては」
偽りの記録が机の上で固まる。ナイレンの手が震える。
立ち上がる。膝に鉛の重さを感じる。
背筋の痛みが鋭く走る。骨が軋む。
一歩。足取りが重い。二歩。
解析記録デスクから離れる。魔力供給ステーションへ向かう。
冷えた床の感触が足の裏に伝わる。
心臓が肋骨の裏で暴れる。呼吸が浅い。
魔導計測装置ラックの前で立ち止まる。
指先が冷たい。制御ユニットを抱えたまま移動する。
古代魔導制御ユニットの重さが腕に染みる。
金属の冷たさが汗ばんだ掌に吸い付く。
保存場所まであと五歩。足が前に出ない。
疲労が一気に押し寄せる。視界が揺らぐ。
目を閉じる。暗闇の中で工房の音を聞く。
量産ラインの律動。それが支えになる。
目を開ける。一歩を踏み出す。
机の角に記録帳をしまう。鍵を回す。
カチリ。音が胸に響く。
偽装計画が闇に封じられる。
一息つく。深い呼吸が肺を焦がす。
守るべきものは、もう机の上にはない。
窓の外を見る。日が少し高くなっている。
時間が過ぎる。焦りが胸を掴む。
「……まだ足りない」
彼は再び書類の山に手を伸ばす。
査察は三日後。それまでに、全てを完了させなければ。




