第3話 隠蔽作業
ナイレンは解析記録デスクに視線を戻す。山積みの書類が歪んで見える。視界の端が揺らぐ。
「……まずは収集だ」
彼は立ち上がる。腰に痛みが走る。無理な姿勢の代償だ。
足を引きずりながら、量産ラインへ向かう。
制御盤の側面にある記録棚。手を伸ばす。指先が震える。
綴じられた羊皮紙の束を取り出す。重みが腕に伝わる。
「主要ラインの稼働記録、魔力消費記録、不良品記録……」
彼は呟く。声が乾き切っている。
束を胸に抱える。紙の匂いが鼻を突く。
戻る足取りがさらに重い。足首が鉛のようだ。
デスクの上に書類を広げる。埃が舞い上がる。
「分類から始めろ」
自分に言い聞かせる。手が動き出す。
まずは日付順。次にライン別。指が紙を区切る。
ある記録が目に留まる。先月の『アーク・コア』試作データ。
彼の呼吸が浅くなる。心臓が肋骨を押し上げる。
「これは……別だ」
その一枚を抜き取る。手のひらに汗が滲む。
机の引き出しへ隠す。鍵をかける音が鋭い。
分類が進む。山が三つに分かれる。
見せられるもの、曖昧にするもの、絶対に隠すもの。
最後の山が最も厚い。彼はその高さを見つめる。
喉が渇く。唾を飲み込む。嚥下が苦しい。
「ミーラ」
声が出ない。咳払いをする。
「……ミーラ」
彼女が駆け寄ってくる。目が書類の山を見て、見開かれる。
「これ、全部……?」
「隠蔽リストを作成する」
ナイレンの声が低く響く。
「この山の記録を、夜までに分散させろ。工房内の隠し場所三カ所。それぞれ三分の一ずつだ」
「でも、そんなに急いで……」
「査察は三日後だ」
ナイレンが言い切る。目が血走っている。
掌が魔道具の表面に触れる。冷たい金属感が伝わる。
ナイレンは目を閉じる。視界が青く染まる。
「解析修理、起動」
声が低く響く。眼球の裏側が微かに痺れる。
視界に青い線が浮かぶ。幾何学模様が広がる。
線が重なる。層が剥がれる。基本構造が露になる。
心拍が早まる。鼓動が耳元で鳴る。
呼吸が浅くなる。額に汗がにじむ。
「……基本スキャン、完了」
目を開ける。青い残像がちらつく。
彼は魔導計測装置に手を伸ばす。
端子を魔道具に接続する。カチッ、と音がする。
「魔力流動データ、収集開始」
装置の水晶が淡く脈動する。グラフが描き始める。
データが流れ込む。数字が並ぶ。
ナイレンの眉間に皺が寄る。想定外の波形だ。
「……これは」
彼の喉が渇く。胃が軽く攣る。
魔力の流れが乱れている。渦を巻き、淀んでいる。
計測装置の針が振り切れる。警告音が一瞬、鳴る。
「……抑制回路、破損か」
呟きながら、記録用紙に走り書きする。
手の震えがペン先に伝わる。
外部の騒音が聞こえる。工房のドアが軋む音だ。
ナイレンの肩に力が入る。解析は中断できない。
「集中……」
彼は歯を食いしばる。再び目を閉じる。
視界の青い線が、破損点を赤く染め始める。
核心が、少しずつ見えてくる。
解析記録帳の表紙が重い。ナイレンの指先が冷たい革を押す。
視界の端が揺らめく。心臓が胸郭を押す音が響く。
ページを開く。過去の魔力回路図が広がる。
鉛筆の線が無数に走る。注釈の文字が踊る。
「……パターン認識」
彼の声が乾く。喉の奥が熱い。
目を走らせる。古代魔道具の計測データと照合する。
波形の一致点を探す。線と数字が重なる瞬間を待つ。
額の汗がこぼれる。羊皮紙の上で弾ける。
手首が痺れる。ペンを握りしめる力が緩まない。
一つの相似形を見つける。魔力の淀みが同じ位置だ。
「……ここか」
ナイレンの眉が動く。唇が細く結ばれる。
もう一方の手が動く。生産ラインの配置図を引き寄せる。
記録整理と並行する。頭の中で二つの工程が回る。
記憶が呼び起こされる。システムエンジニア時代のデバッグ手順。
異常個所の特定、ログ解析、修正計画の立案。
魔道具の破損点が、生産ラインの脆弱点と重なる。
彼は息を止める。視界が一点に集中する。
「魔力供給ステーションの負荷分散……」
呟きながら、配置図の余白に計算を走らせる。
数字が並ぶ。呼吸が浅く速くなる。
背筋が痛む。長時間の前傾姿勢が響く。
それでも手は止まらない。解析と計画が同時に進む。
「……これでいい」
ナイレンの声に、微かな確信が混じる。
焦りはまだ胸の奥にいるが、道筋が見えた。
窓の外から、工房の活動音が聞こえる。
量産ラインの稼動音。仲間の声。
彼は一瞬、顔を上げる。そして再び記録帳に目を落とす。
守るべきものがある。そのために、解析は続く。




