行く年来る年16
「どうかしたの?っていうか、お酒飲んだの?」
ただならぬ気配を感じながら努めて平静を装うとする。もし悠が正常化バイアスという言葉を知っていたら、今まさに自分がその状況に陥りつつあるという事を実感しただろう。
「……」
「え、えっと……」
返事はない。
代わりとするように件の酒瓶が畳の上に落ちてトンと空であるが故の軽く響く音を立てて転がった。
それが自分が途中まで空けたものであるという事に気が付くのと同時に妖刀の両手ががっしりと悠の肩を掴んだ。
「悠!」
「ひ、ひゃい!」
突然の強い口調での呼びかけに、思わずうわずった声を上げる悠。自然と背筋も伸び、身長の関係で見下ろしてくる妖刀のとろんとした目を正面から見返す。
そしてそうやって見上げている悠の唇を、妖刀のそれが唐突に塞いだ。
「!!?」
あまりに突然の行動。
ビクンと一度だけ背中に痙攣が走り、そのまま硬直してしまう悠の身体。
キスされている。それも突然、同性の同居人に。普通に処理するにはあまりにも重すぎるその事実に彼女の脳はフリーズしてしまっている。
しっとりした感触。驚きの瞬間のまま隙間の空いた上下の歯の間に妖刀の舌が滑り込む。
お互いにアルコールが混じる吐息を交換し合う。
「ん……っ、ぷあっ!」
しばらくの間悠の口の中を堪能した妖刀の舌は、その侵入とは対照的にゆっくりと名残惜しむように離れていく。
つうと一筋伸びた唾液の線が照明の光を受けて光り、それも途中で途切れる。
「はぁ……、はぁ……」
突然の事態に何も出来ない悠。
何をされたのかは分かる。だが何故そうなるのかが分からない。
殆ど思考能力を失った彼女の脳は、ただ「何故?」というワードだけを繰り返す以外の機能を停止させていた。
(キス?突然?私に?どうして?何故?キスしたって事は……?え、でもどうして?)
妖刀と同様に自分の頬が朱をさし、また同様に熱くなっていく。
そんな悠とは対照的に、その原因となった張本人は口元を拭うと、相手の肩に置いていた両手を滑らせるように背中にまわすと自分の体に埋め込むように悠を抱きしめた。
「ひゃっ!」
これまた突然の行動に処理できない事象が更に追加される。
「フフッ、悠は抱き心地がいいな」
妖刀は嬉しそうにそう言いながら頬を当てるようにして抱きしめた相手の耳元に口を持っていく。
「……大好き」
温かい吐息と共に耳にかかったその言葉は、悠の脳を完全にマヒさせるのには十分だった。
「え……え、あ……」
何も言えない悠。
いつもは良く回るその口はただ意味のない音を断続的に漏らすだけ。
ただ耳の端まで染め上げていく赤が、彼女が妖刀の声を聞き取った事を示している。
「ずっと……」
急に声のトーンが変わる。
男らしさすら感じるしっかりしたものからどこか切なさを感じさせるそれへ。
「ずっとこうしたかった」
それを示すように背中に回った手が改めてしっかりと悠を抱きしめた。
この世界で唯一自分が縋れるものを見つけた様に、決して放してはいけないものを捕まえた様に。
(つづく)
ズギュゥゥゥンした所で今回はここまで
続きは明日




