行く年来る年13
(それにしても暑い……)
内側から発生する、思わず息が苦しくなるほどの熱。
「片付けは私がやっておくから」
「あ、ああ。……はぁ。うん……はぁ……」
返事に吐息が混じる。
「そんなに暑い?」
「あ、ああ……」
思わず浴衣の胸元に手を伸ばすと、豊満なそれを曝け出すように大きく肌蹴させ――ようとして悠に止められる。
「ああっ、だっ、駄目!」
目のやり場に困る――と書いてある顔。正直に視線も胸元から逸らしている。
「し、しかし……」
「い、今は暑くてもすぐ寒くなるから!酔っぱらっている時ってそういうものだから!」
なんとか抑え込み、大急ぎで炬燵の上の物を片づけるとその帰りに洗面器とペットボトルを持ってくる。それらで両手がふさがっているため脇の下に挟んだ古いタオルを一緒に。
猫避けよろしく満水状態のペットボトルを妖刀の枕元に置くと、その隣に――転がっている酒瓶をどかして――洗面器も並べる。
「お水置いておくから、それと気持ち悪くなったらその洗面器に出しちゃって」
手慣れた仕草で洗面器を置いていく悠。手を止めずに言葉を続ける。
「あとこれ。汗かいたら寒いだろうから。一緒に置いておくね。もう暑くないなら今拭こうか?」
「いや、まだ暑い」
それ以上は何も言わず、ただ小さく頷いて枕元に置く。
「それと何かあったら子機で私のスマホにかけて。番号は分かるよね?」
「ああ……」
普段滅多に使わないため埃をかぶっているそれを視線で示す。経費で置いてくれた先代に感謝。
「今日はゆっくり寝て。多分寝不足が効いているから。一晩休めばきっと良くなるから」
「うん。……すまない」
「気にしないで。じゃ、お休み。しばらく隣で洗い物しているから、何かあったら呼んでね」
灯りを消し、足音を忍ばせて台所に立つ。
今日はこの辺が潮時だろう。これが終わったら自分も寝ようと考えながら。
(これだけの物洗うなんて久しぶりだな)
先程適当に机の上に並べたそれらをシンクに移動する。
(妖刀ちゃん、いつもやっていてくれたんだよね……)
少しだけ罪悪感に襲われながら水がお湯に変わるのを待つ。
(今度から私もやらないと……)
進んで家事をやろうと思ったのは何年振りだろうか。
やっぱりいい嫁さんだ――そんな事を呟いて罪悪感を紛らわせながら。
「これ、どこから出したんだろ?」
見覚えのない皿はとりあえず水切り籠に残しておく。
自分が知らない皿がいつの間にか増えていく――もっとも悠が実家から持ってきた食器など無きに等しいのだが。
「……さて」
洗い物を全て終え、歯も磨き終わった。
一回り戸締りも確認し終わった。元日の夜だが、境内も静かなものだ。
「明日もあるし寝るか」
久しぶりの一人の戸締りと消灯。久しくなかった静かな夜。
一抹の寂しさを感じるのは、同居人の存在の大きさか。
「……」
部屋に戻る前にそっと、居間を覗いてみる。
ピタリと閉じられたふすまを僅かに開けると、隙間の向こうは闇の世界。
その中から静かな寝息だけがかすかに漏れてくる。
「おやすみ」
その姿にホッとしながらふすまを閉めると、普段は軋む古い階段を細心の注意を払って昇っていった。
(つづく)
今日はここまで
多分今週中で最終回までいくと思います。




