行く年来る年9
それから小一時間後、今日のお勤めを全て終えた悠は、浴槽の中で天井を眺めていた。
「あぁ~……」
湯で押し出されたように長い息をつく。
昨日の夜からずっと続いた一日。一年で一番長い一日がようやく終わろうとしている。
湯の中で全身の力が抜けていくのを感じながら、ぼうっと湯気が水滴に戻っていく天井の様子を見るでもなく見ている。
「疲れた……」
偽らざる声。
頭の気怠さが温められた血に乗って全身に広がっていくような感覚。
それを振り切って立ち上がる。
ザバッという音が遠のきつつあった意識を引き戻し、体を洗うために鏡の前に腰掛けると、鏡の曇りの隙間から自分の裸体が現れる。
「……」
不意に乳房に行く手。
銭湯で見た妖刀のそれを見て以降、どうしても気になる。
「別に、小さい訳じゃないし……」
そういう時の決まった解決法=自分を納得させて思考を打ち切る。自分が過小なのではなく、相手が過大なのだ――相対評価から絶対評価へ切り替えての問題回避。
(正月が過ぎたら少しゆっくり出来るかな……)
ともあれ、二日分の汚れを洗い流すように念入りに泡立てながらそんな事を考える。
実家にいた頃から正月=仕事という環境にいると、世間の正月気分が抜けてからが正月という時間の流れが体に身についている。
とはいえ、まったくいつも通りという訳ではない。
風呂上りには簡単な夕食を取るが、ささやかながら妖刀がおせちを用意してくれている事は、悠も知っていた。
(あ……、実家にも一応顔ぐらい出した方がいいかな……)
今行っても忙しいだろうし、なんなら手伝いに駆り出される可能性がある。
実家もここに毛が生えたような程度の田舎神社とはいえ、流石に正月勤務の掛け持ちは御免だ。
「ふぅ。お先」
多少眼が冴えた状態で妖刀と入れ替わる。
「はいよ」
居間で正月番組を見ていたのだろう。のそりと起き上がって風呂場に向かう妖刀。先程一眠りしたとはいえ、やはりどこか気怠げなのは悠と同じ。
(やっぱりこの時期は冷えるな)
風呂場の扉を開けて少し待機する。
自分にそういう危険があるのかは知らないが、暖かい所から急に寒い所に移動するのは体に良くないらしいという話を聞いてから、妖刀はそうやって少しでも温度差が少なくなってから入るようにしていた。
「やっと一日終わったか……」
奇しくも同居人と同じ感想を抱きながら風呂へ。
湯に体を沈め、全身の力を抜く。
「あぁー……」
ここも同じ。
リラックスして湯気の向こうの天井を見上げるのも、また。
「嫁……」
不意に呟いた単語。
吐き出した息が偶然声になったような、不明瞭なそれではあったが、それでも自分が意識して出した声かどうかは自分では分かるものだ。
――私がお嫁に欲しいって思うぐらいですよ。
――良いお嫁さんになりそう。
(……なんでそんな言葉を)
自分が思い出したのかよく分からない。
そしてそれによって妙にそわそわした気持ちになるのかも。
(嫁……か。悠の……)
ふと頭に浮かんだその名前を慌てて打ち消す。
(いや、いやいやいや待て、待て待て)
そもそも同性だ。
悠の事は嫌いではない――が、それであれば性別も関係なく結婚していいと考えるほどにはリベラルではない。
というか、どうして自分は悠の名前が出てきたのだ。
そもそも悠をそんな風に思っているのか?
自分でも分からない自分の奥底の考えに混乱しながら、それを洗い流すように妖刀はざぶんと勢いよく湯の中に頭を沈めた。
(つづく)
いつも投稿遅くなりまして申し訳ございません。
次回は恐らく明日のこの時間ぐらいの予定です。




