行く年来る年7
「……ん?」
その金庫の裏。
壁一枚挟んだ廊下で、妖刀は耳を澄ませる。
「――迷惑かけて……。ほら――、さっさと……」
悠の物ではない女の声。苛立っているそれが誰かをどやしつけているが、それを素直に相手が聞き入れている訳ではない事は、何度も繰り返されている事が物語っている。
(お迎えか。朝早くからご苦労な事で)
酔っ払いの誰だかの奥さんだろう。
いい歳して酔いつぶれ、普段は居間の押し入れに仕舞われているこの時専用の布団に寝かされている夫を連れ戻しに来たのだ。元旦早々に。
その上完全に出来上がっていて話が進まないとなれば、声を荒げるのも道理というものだ。
とにかく金庫を置いて加勢に入ろう。そう思った妖刀の足を他の声が止めた。
「全くすいませんねぇ。こんな――」
「タハハハ……そんなにお気になさらないで――」
対応しているのは悠だ。
恐らく迎えに来たうちの一人が謝っているのだろう。
――いや、それだけなら別に妖刀が足を止める理由にはならない。
問題はその後だ。
何がどうなったのか、話は悠と妖刀に脱線していた。
「去年もだけど、こんなによく面倒見てもらって……。悠ちゃんお嫁の引く手には困らないわねぇ」
「いえいえそんな。私よりもう一人の方が……」
もう一人――候補は一人しかいない。
どきりとそのもう一人は動きを止めるが、悠の言葉は続く。
「時々ぶっきらぼうな時はありますけど、何でもできるし、よく気がつくし、すっごく優しいし……。まあ、親馬鹿みたいなものですけどねアハハハハ」
親馬鹿みたいなもの。身内をべた褒めするのだからそうだろう。
だが言われた当人は壁一枚向こうで動けなくなっている。
(で、出づらい……)
その直後に顔を出すのは流石に勘弁願いたい。
「本当に仲良しなのねぇ」
「もう私がお嫁に欲しいって思うぐらいですよ。なんて、ハハハ」
(やめろ、本当にやめろ!本当にもう勘弁してください)
自分の顔が真っ赤になっていくことに気付いて必死に心中で抗議するが、当然ながら発せられない声は誰にも伝わらない。
結局、金庫を持ったまま立ち尽くす訳にもいかず、赤くなった顔を隠すように滑り込んですぐ金庫に直行したが、それで見つからない訳もない。
「あ、そっち終わった?」
「あら、おめでとうございます」
「あっ、お、おめでとうございます……」
何事もなかったかのような二人と、気まずさしかない妖刀。
「ほ、ほら!お迎えいらしてますよ!」
その気まずさから近くにいた酔っ払いを起こす。
「あぁ……?うん……ハハハハ、まだ!まだお迎えは来ません!今年もね、元気で、よろしくお願いします!!」
面倒な酔っ払いの面倒なリアクション。
それが有難く思う日が来るとは。
妖刀のその想いとは裏腹に、おかんむりの奥さんがそれを荒々しく引き起こして連れ帰っていく。
そんなこんなで皆が帰った後、布団と空いた一升瓶とコップ類が広がる中で、二人は静かに息をついた。
「終わったな……」
「ようやくね……」
寝不足気味の互いの顔を見て呟きあう。
静かになるのと、全身から疲れが噴き出すのは同時だった。
(つづく)
今日はここまで
続きは明日に
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