寒さ、疲労、少しの油断5
「というか、私にはよく分からないんだ。そういう気持ちが」
自嘲的に笑いながら妖刀は続ける。
「きっと、お前の方が感受性が豊かなのだろうな」
殺し。死体と血。
全ては記録で、ただのデータだ。
つまらない映画のように何の感情ももたらさず、ただただそこにあるだけ。
「くすぐったいなぁ……」
そんな妖刀の心の中を知ってか知らずか、悠の関心は頭に触れるその手の方だ。
「……さて、午後ももうひと頑張りだ」
「そうだね。ごちそうさま」
簡単な食事を終えると悠は本殿へ戻る。
時間はまだある。午後1時からの分を全て準備し終わるぐらいには。
「あ、おい」
「へ?なに?」
唐突に背後から声を掛けられて振り向くと、妖刀が台所から細い銀色の筒を持ってきていた。
その筒が水筒であると悠が気付くのと、妖刀が手の中の物を差し出すのは同時だった。
「向こうは寒いだろう。さっきのお茶が入れてある」
「おぉ!ありがとう!!」
受け取った水筒を大事そうに両手で包む悠。
保温性のあるこれなら、最後まで十分温まれるだろう。
「なあ、本殿もエアコン入れたらどうだ?」
「うーん、でも安いものじゃないし……」
電気代が、ではない。
エアコン本体と工事費が、だ。
「ま、そのうちね。それじゃ行ってきます!」
話を切り上げてもう一度本殿へ。
準備をする時間はまだある。
「……うぅ、寒い」
ただ、それを考慮に入れていなかった。
絶えず忙しくしていた午前中は感じなかったが、暖かい社務所から本殿へ移ると体の奥底から震えが沸き上がってくるような寒さに襲われ、思わず縮こまる。今年は特に冷える気がする。
「やっぱりエアコン欲しいな……」
先程はああ言ったが、別に寒さに強い訳ではない。
早速水筒を開け、カップと兼用の蓋に中身を注ぐとコポコポと音を立てて湯気が立ち上った。
大事な熱源。
それを両手で持って口へ。
食道を流れ落ちるそれが、全身に熱をもたらすように感じる。
「上着持って来れば良かったかな……」
飲み終わった水筒をパイプ椅子側から見えないように置いて自身を抱きしめるように両腕を体に回しながら一瞬踵を返し、すぐに向き直った。今から取りに戻ったとして午後の一回目に遅れずに準備が終わるかは微妙だ。
――恐らくなんとかなるだろうが、午前中の参拝客たちの表情を思い出すと遅れるのは申し訳ない。
「ま、動いていれば暖かくなるでしょ」
自分を納得させると、並べられているパイプ椅子に当たるように電気ストーブを配置し直して電源を入れた――同時に自分自身の巫女のスイッチも。
「本殿、1時の回全員到着しました」
「了解しました。ご案内お願いします」
それから十数分後、準備を終えた悠は午前中と同様のやり取りの後トランシーバーを置いた。ここから7時頃までほぼノンストップだ。
「よし、やるぞ!」
ぱん、と頬を叩いた乾いた音が静かな本殿に響く。
妖刀の案内で次の会の参拝客たちが入ってくる。
彼らの席の周りはストーブで十分に温まっている。
(つづく)
先日は投稿中止となりまして申し訳ございませんでした
今日は二本立て




