寒さ、疲労、少しの油断4
「お疲れ様」
「お疲れ様。あ~暖かい」
午前中の片づけを終えて社務所に戻った悠を、社務所の後片付けをしていた妖刀が出迎える。
待合室として使われていた社務所には暖房が入っていたため、外気との差は大きい。
本殿には電気ストーブがあるだけで、しかもそれでゆっくり暖を取るような時間は無かった。
時間は正午を少し回った頃。午後の準備にあてる時間を考えると、休憩時間は30分もない。
「昼飯は?食べるなら用意してあるが」
「ありがとう!食べる食べる」
流石にまだ人は来ないだろうが、丁度片づけたばかりだった社務所の長机で食べるのは悠も気が引ける。
朝食と同様奥に入るとテーブルの上に一皿。かけられたラップが光を反射しているその下に海苔の黒さが。
「いただきます!」
ラップの下におにぎりが二つと、付け合せのように玉子焼きが二切れ。
いつもの妖刀の手による昼食に比べれば質素だ。僅かな時間での食事となれば必然的に一皿で収まるフィンガーフードになる。
食事の時間も後片付けも――ついでに昨晩今日の設営を終えた後の夕食の準備と並行して準備した妖刀の手間も――考えればそうそう手をかけられない。
「うん、おいしい」
それに、それで味が劣るものでもない。
「さ、午後も宜しく頼むぞ」
言いながらお茶を淹れた妖刀。
ふわっと湯気の立ち昇るその先には口に咥えたカレー煎。
「うん……」
「……どうした?」
皿の前に湯呑みを置きながら、相方の様子に気づく。
「あっ、ううん。何でも」
「そう見えないから聞いたのだがな」
その言葉に悠は僅かに口元を緩ませた。
「私ってそんなに分かりやすいかな」
その僅かな返事のテンションで心中を察せられるぐらいには――とは言わず、妖刀はただ頷くだけ。
その結果産まれた数秒の沈黙。
「……まあ、大したことじゃないんだけどね」
その一言で沈黙は破られる。
「今日ってさ。終戦記念日なんだよね」
「ああ、そうだな」
妖刀もなんとなく知っている事実=三十年前の今日、サイゴン条約締結によって戦争は終わった。
「それで?」
「今日の幻影、自分の息子を呼び出した人がいたの。いや、そういう人の遺品を預かっているっていうのは前から知っていたんだけどさ。それとか、戦争で死んだ若い頃の友達を呼んだ人とか……。みんな、もし生きていたらお父さん位の歳だったんだろうなって」
ぽつりぽつりと、その時の自分の気持ちを思い出すように語り出す。
妖刀はただ黙って続きを促す。
「そういうの見ていたら……なんか悲しくなってきちゃって……」
「そうか……」
妖刀の答えはただそれだけ。肯定も否定もない、ただの返事。
どう答えていいのか分からない、というのではない。
その感情自体が理解できないのだ。
(やはり、私は冷たい女なのかな……)
人の死。それへの悲しみ。そうしたものへの感情がどうしても理解できない。それに関わった者の感傷もまた。
人を殺し続けた記憶すらも記録として残っているに過ぎない自分には、恐らく永遠に縁のないものなのだろう。
だが、そんな妖刀の心中は悠のそれほど外見では分からない。
「え、えっと……」
「ん?」
「ごめん。私だって分かってはいるよ。そんな風に一々動揺していちゃ駄目だって……」
その言い方は、厳しい事を言われると予想した時のものだった。
とは言え、その予想は外れているのだが。
「え……?」
突然、悠の頭に妖刀の手が乗った。
「優しいんだな。お前は」
そのまま栗色の髪を丁寧に撫でる。
「私はそんな風には思っていないぞ」
その声は慰めるようでもあり、独り言のようでもあり――どこか羨むようでもあった。
(つづく)
今日はここまで
続きは明日に。




