平和な日常
久しぶりにコメディ系です。
もうすぐラストです。
帰ってみると勇者のいた部屋には荷物は一つも残っていなかった。まるでルーカス・ダナフォールなんて初めからいなかったように消えていた。
本当は勇者なんていう英雄は、もともと私の手に届かない存在だったのだろう。
運命の悪戯で私たちは出会った。
そして彼は、私の手の届かないどこかへ行ってしまった。
……それだけの話だ。
ロディとノワールが勇者のいた場所に平然と引っ越してきた。
勇者の立場が風に吹かれてなくなったと思うのは私だけなのだろうか?
一か月もしたらすっかり二人は景色になじんでしまった。
勇者がいない光景にも慣れてきた。
この一か月間の二人の私の扱いはひどかった。二人は、病人の名を使い私を奴隷のように酷使したのだ。
ノワールは横暴ぶりがすごかった。さすが元王子と思えるほど、傲慢で、わがままで、嫌な奴だった。彼を寝ている間にゴミ袋に包んでゴミ捨て場に置かなかった自分がすごいと思う。
「リア。一人で服を脱ぐことができないから手伝ってくれないか?」
「……上だけならしょうがない。ズボンは自分で履きなさい」
「手を動かせないからズボンも履けない」
「スカートでも履いていろ!」
こうしてノワールは私のスカートを履いた。……天然ってすごい。
「リア。一緒に寝てくれないか?」
「じゃあ、リアの服の匂いでも嗅いで我慢するよ」
何を我慢するのですか、ノワールさん?
怖くて聞けない。
「リア、パンツが脱げないから手伝って欲しい」
「一生履いていろ!」
「リア。一人でお風呂に入ることができないから一緒に入ってくれないか?」
「じゃあ、庭に服を着たまま立って。ホースで水をぶっかけてあげるわ」
「病人に向かって何てひどいことを。じゃあ、タオルで体をふいてくれないか?」
何このわがまま王子?王族なんて滅亡してしまえ。
「もう知らない!体が腐って死んでしまえばいいのよ」
そう言いながら、お湯を沸かして温かいタオルを作っている私は何だろう?
ただのお人よしかな。
そしてわがままを叶えてあげた後に言われたセリフにぶちっとなった。
「最近、リアは怒ってばかりだな。前よりもキレやすくなった。
そんなに怒っていると早く老けるよ」
爽やかな顔をしながらさらりと忠告してきた。
「誰のせいでこうなったと思っているのかしら?」
こめかみをひくつかせながら、ナイフを探し出す私。
「冗談だよ。ありがとう」
そうして天使のような笑顔を浮かべる。その笑顔にほんの少しだけキュンときてしまう。
美少年である分たちが悪い。反則よ。
ロディもロディでひどかった。
女の扱いになれているせいか、私が断れないような頼み方ばかりしてくるのだ。
「医者からあまり体を動かさないように言われている。ご飯を食べさせてくれないか」
上目づかいで首をかしげながらお願いしてくるロディ。
お前は乙女か!
「て、手くらいは動くでしょう。手を動かせないなら、犬のように這いつくばってお食べ」
日頃のわがままにすっかり疲れ果てた私は冷酷な言葉を投げつけた。
「リア。けが人に対してそんな仕打ちはひどいんじゃないか。リアを守るためにけがをしたのに」
そう言って私の良心を揺さぶるように捨てられた子犬の目をするロディ。
「わかったわよ。食べさせてあげればいいんでしょう!」
めんどうくさい。こんな病人、今すぐ川に放り投げてしまいたい。
「できれば口移しで食べさせてくれないか?」
「調子に乗るな!」
私は、怒りのあまりスプーンを持つ手が震えた。今なら、超能力でスプーン曲げができるかもしれない。
我慢よ、リア・ローレンス。
でも、今すぐおかゆをこいつの顔にぶっかけてやりたい。それをしない私は素晴らしい理性の持ち主だろう。
「ていうか、本職魔王はどうなったの?」
「ああ、魔王はやめた」
さらりと爆弾発言をするロディ。
「え?」
魔王を……やめる。
魔王って最終的に勇者に殺されて滅びる悪の生き物じゃない。
そういう運命なのに……それをこいつは放棄したのか!
そんな私の驚きをよそに、ロディは当たり前のように肩をすくめながら説明し出した。
「だって、俺は勇者に秒殺されたし。みんなからの信頼もなくなった。
それに魔王って人類から嫌われるだけで、あんまりいいことないし」
彼は、あっさりとすごい発言をした。
「だからってそう簡単に辞められるものなの?」
「いや、そんなに簡単ではなかった。
だから、反対する魔物は、精神を崩壊させたり、記憶を消去したりした」
「……。クズの鏡だわ」
ここまで人間というのは落ちられる生き物だったのか。クズを目指している人間がいたら、こいつを見本にすればいい。きっと素晴らしく腐った人間が完成するだろう。
そういえば、魔王を辞めたということはお城にたくさんいたハーレムはどうなったのだろうか?まさか、そのうちロディを追っかけてこの辺りにやってくるのだろうか。
「は、ハーレムは?」
私は、ちゃんと覚えている。ロディのお見舞いに毎日、毎日ウザいほどたくさんの女の子達がやってきたことを。みんなかわいくていい子達だった。ロディを甘やかし過ぎてドンドンこいつをダメな男にしていく様子を見ていると怖くなったが……。とにかく、ロディにはもったいないほど素敵な女の子達ばかりだった。
「ああ、全部の女、捨てた」
ドヤ顔でさらりと最低な発言をするロディ。
さすが人類最大の下種。そこに嫌悪感を覚える、軽蔑する。
「はああああ?何で?」
「ぶっちゃけハーレムとか面倒くさい」
頭をかきながら真っ黒な本音をぶちまけるロディ。
「おい。ぶっちゃけし過ぎだろ!で、でもハーレムは男のロマンとか言うじゃない」
「それはモテない男の夢であって、モテる男はハーレムの嫌な側面を死ぬほど理解しているのさ」
ロディは、私の発言を鼻で笑いながら切り返す。
何この男……。一発殴ってやりたいわ。
「最悪ね。で、振られた女の子達はどうなったの?中毒症状とか引き起こしているの?」
「ああ、もちろん」
やっぱりこいつはキングオブカスであった。
カスなどという言葉では表現しきれないくらい底辺のゴミだ。
「大丈夫。みんなきっと俺がいなくても強く、たくましく生きていくさ。
女は失恋して美しくなるから」
ロディは髪をかき上げながら、下種顔スマイルで話をまとめようとした。
「何、美しい話みたいにまとめようとしているのよ!」
「俺がみんなの幸せを祈って愛したかもしれない女達と縁を切るなんて涙が出るくらいいい話だろうが。感動のあまり全俺がなくレベルだ」
「全然感動できないわ」
冷たい視線を彼に向ける私。
「まあ、とにかく今の俺はフリーだ。
仕事もなく、彼女もいない。
だから、いくらでもリアと一緒にいる時間を作れる」
「自分が無職フリーターであることをそんなに堂々と宣言しないでよ。早く元気になって働きなさい。労働とは貴い活動なのよ。
人間に生まれたからには、おいしいものを食べたり、素敵な服を手に入れたりするためには働くしかないの」
社会とはそういう風に動いているものだと最近になって気が付いた。
私が思っていた以上に厳しかったけれども、頑張ったらその分いろんな贅沢ができるようになるのだ。
そんな偉いことを考えている私にロディは涼しげな下種顔で、さらりと悪人発言した。
「じゃあ、薬でも売りさばくか」
くそっ……。私が汗水たらして必死で生きているのにこいつはちゃちゃっと楽にお金を儲けることができるなんて……。世の中は不公平だ。
「というわけで、リア。さっそく薬を買わないか?
記憶を消去する薬。俺は、優しいからね、キス一回で売ってあげるよ」
「私相手に売るのかよ!」
「そうだ。勇者のことなんて忘れろよ。
いや、俺が忘れさせてみせる。
リアの全ては俺のものだ。他の男のことなんて考えるのは許さない」
「何でそうなるの?私の人権はどうなったのよ」
「俺が命を助けてやったからお前の人権は俺のものだ」
何そのジャイアニスト。
睨みながら、必死に反論する。
「そ、そんなの二回目に私が助けられなかったからチャラよ。全部、取り消しよ。大体、あなたは私を誘拐して人質にしたという許しがたい過去を持っている男なのよ」
「違う、あれは誘拐じゃない。それにリアは、人質として役に立たなかったじゃないか」
何てひどい言い分だ。
「ふん。役に立つ人質になれなくて悪かったわね」
「大丈夫、体は役に立ちそうだから」
何が大丈夫なのですか?ロディさん。
その時、ドアが開く音がした。絹のように美しく癖一つない黒髪をしたノワールが帰ってきた。
「ただいま、リア」
「おかえり、ノワール」
病気から快復したノワールは、騎士として働きだした。剣の腕はそうとう強く、将来有望らしい。
「どこかのぷー太郎と違って汗水垂らして働いているなんて本当に偉いわ。かっこいい。
そこにしびれる、憧れる」
その瞬間、ロディは盛大に舌打ちした後、手を大きく広げて宣言する。
「俺は生まれ変わった。これからは真人間になるよ」
私の頭に三つ子の魂百までということわざが浮かび上がる。
ロディは生まれ変わったとしてもクズのままだろう。じゃあ生まれ変わる意味とか皆無じゃないだろうか。
「蟲男が真人間になるなんてできるわけない。妖怪のくせに人間の振りをするなんて相変わらず気持ち悪いな。今すぐ燃やしてしまいたい。害虫処理を依頼しようかな」
「ふん。この機械人間。
機械が人間のように行動するなんて不良品かもしれない。今すぐ廃棄処分したいものだ」
二人の視線の間でバチバチと火花が交差する。
「ハーレム男のくせに調子に乗るな。世界の女のために下半身を切り外すべきじゃないか?」
「このエセ王子。自分の国が滅んだくせに平然と生きているなんてカスだ。今すぐ爆発されてしまえ」
何この二人……。日に日に毒舌のスキルが上がっている気がするわ。
そして日に日に二人の間の憎しみも上がっている気がする。そのうち戦争でも起こすかもしれない。
やばい。家が崩壊していく絵しか浮かばない。
「リア。僕のこの妖怪、どっちが好き?」
「もちろん、イケメン、チート、美少年がそろったこのロディ様だよな」
「……どっちも同じくらいめんどうくさい男だと思う。ルーカスの方がまだましだったかもしれない」
「まだ勇者のことを気にしているのか?あんなに存在感の薄い男のことを」
「いや、あれほど存在感がある男なんて私は知らないけど」
フリフリドレスで女装して町を歩いた男なんて忘れたくても忘れられないものだ。
「とにかくあいつのことはもう気にすることないさ。
勇者は星になったんだよ」
天井を指さしながら、しみじみとした顔で言うロディ。
「おい。ルーカスが死んだみたいに言わないでよ」
「でも、彼が輝いていることは事実だ」
そう機械のように言ったのは、ノワールだ。こういう時は、二人の意見が合うのね。
「まあ、確かに」
過去最低で最高に強いと言われた新魔王ロディを倒した噂は瞬く間に広まった。
世の中の多くの女性がイケメンで強い勇者に憧れた。
みんなに愛され、損壊され、憧れられ、名誉も、地位も……きっと欲しいものは全部手に入れたんだろうな。
「そうだ。勇者のパレードが明日開催されるらしい。ちょうどこの近くも通るみたいだから、僕と一緒に行かないか?」
「おい、ノワール。抜け駆けはずるい。リアは俺と行く」
二人は、ギャーギャー猿のようにうるさくさわきだした。
すっかり私にとって日常になって光景が、今日も繰り広げられていく。
そのうち二人に引っ張られて私の腕がもげてしまわないか本格的に心配だ。
読んでくださりありがとうございます。




