裏切り
絶望の階段へとようこそ。
勇者の誕生日、私は朝からケーキを作っていた。照り焼きチキン、コーンスープ……おいしそうな料理でテーブルを埋めていく。
誰かを幸せにするための行動ではない、誰かを不幸にする行動をしている。
もう後戻りできないし、するつもりもない。
私は彼に殺されるかもしれないけれど、彼を絶望に突き落とせるなら本望だ。復讐を遂げた私には生きている意味なんてないから。生きる目標ももうないから。
夕暮れになり町から帰ってきた勇者は、エメラルドグリーンの瞳を輝かせながらケーキを見ていた。
「わー。すごい」
彼は陽だまりのようにキラキラした笑顔を私に向けてきた。
暖かくて、優しくて、かわいくて、私の中の憎しみを呼び起こすような笑顔だ。
「これ全部俺のために作ってくれたの?」
「うん、そうだよ」
「ありがとう」
勇者はクリスマスとお正月がいっぺんに来た子供のように喜んでいた。
「お腹すいたしさっそく食べよう」
「やったー」
万歳をしながら彼は喜んだ。
これは私が望んでいた平穏じゃない。
食卓に並べられた料理を勇者は幸せそうにほおばっていく。
「おいしい?」
「うん。すごくおいしい」
まるで無邪気な子供みたいだ。
「ありがとう」
私は、勇者に微笑んだ。
ご飯を食べ終わると、ケーキを机の真ん中に置いた。
「ルーカス、大好きだよ。お誕生日おめでとう」
「リア、ありがとう。俺もリアが大好きだ。ちょっと待って」
勇者は部屋から出ていった。
すぐに真っ赤なバラの花束を持って帰ってきた。
彼は、それを大切なものでも持つように握りしめていた。
「もう一度プロポーズをやり直させてほしい。
ロマンティックなプロポーズをしたくなったから」
勇者は、ひざまずき私の手を取り甘く優しい声で囁いた。
「俺と結婚してください」
絶世の美少年が私に向かってプロポーズしている。
それは私でなければ女の子なら誰もがときめく瞬間かもしれない。
「はい」
私は何のためらいもなく返事をした。
そしてバラの花束を受け取った。
とてもいい香りがした。
彼は、そんな言葉にパアアと顔を輝かせた。
「うれしい。俺、結婚がしたかった」
「そうなんだ」
「ああ。ウエディングドレスをきることが一つの夢だった」
ウエディングドレスを着る……。私の頭に勇者がウエディングドレスを着ている様子が頭に浮かんだ。うわあ……やばい。めちゃくちゃ似合っている。
ってそんなこと考えている場合じゃない。
「男なのにウエディングドレスを着るの?」
「着るじゃなくて切ることだよ。もうズタズタのボロボロに切り裂きたい」
「……」
何それ?怖い。
「私もうれしいわ、ルーカス。ねえ、これから私と一緒の未来を歩んで」
「うん」
勇者は、真っ赤になりながらうれしそうに私を見つめている。
「何て言うと思った?死んで」
私は、幸せの絶頂にいる勇者に冷たい言葉をぶっかけた。
エメラルドグリーンの瞳は固まっている。
「ばかじゃないの。私の言葉を信じるなんて。
私、あなたなんて大嫌いだったの。
今すぐ死んで」
私の言葉を聞いた勇者は、現実から目を背けるように呆然とした。
「ろくに働いてもいないくせに、わがままばっかりでむかつく。殺戮者のくせにお高くまといすぎだろ、このカス。調子こいているんじゃねぇよ、この化け物!お前を好きになる奴なんているはずないだろ。お前なんていいところ一つもない最低な男だ」
私は次から次へと汚い言葉を吐き捨てていく。
「お前の目つきって気持ち悪い。性格の悪さがにじみ出ているみたいで鋭くてさすが人間失格っている感じ」
さっきから私ばかりしゃべっていて勇者は一言もしゃべっていないことに気がついた。
「何か言いたいことでもあれば聞くけど?」
「嘘つき……」
次の瞬間、私の世界が反転したと思ったら、ルーカスに押し倒されていた。
バラの花束は無残に床に散らばった。
「殺してやる、殺してやる、殺してやる……」
そう呪うように言って彼は私の首に力をこめた。
苦しい……。
ああ、私はこれから死ぬのか……。
私は、目をつぶった、
しかし、ルーカスの手が緩められた。熱い手が離される。
目を開けて、信じられない光景に思わず息を飲んだ。
ルーカスのエメラルドグリーンの瞳から、透明な涙が滝のように溢れ出ていた。
「何で……どうして俺を裏切ったの?
ねえ、答えてよ。答えろよ、リア!いつもみたいに甘い言葉で適当に誤魔化すことができると思うな!お前が俺に嘘ばかりついていることくらい、俺が一番よくわかっているよ」
彼は、いきなり声を荒らげ、乱暴な手つきで私の肩をぐっと掴んだ。
「俺にはリアしかいないのに。リアだけが、俺の全てなのに」
ルーカスの涙が、私の頬にポタリ、ポタリと落ちてくる。
「俺、本当はずっと分かっていたよ。……リアが俺のことを好きじゃないことを。どこか笑顔が偽物である気がした。俺よりもノワールやロディオンといる時の方がリアは楽しそうだった。
でも、ずっと堪えてきた。自分の殺意も、嫉妬も殺してきた」
そっか。
ずっと気が付いていたのか。
なのに、大好きだなんて囁き続けてバカみたいだ。
「リアにだけは嫌われたくなかった。見捨てられたくなかった」
その言葉がガラスの欠片のように心に突き刺さる。
壊したものはもとには戻らない。
壊れたおもちゃは捨てるべきだ。
壊れかけた人間を修正することなんてできない。
ルーカスの手は震えていた。
私には捨てられた彼がどんな気持ちでいるかわからなかった。
全ての否定された彼の絶望なんて欠片もイメージすることができなかった。
私は……。
このルーカスの信用を裏切ったのだ。
どうせ裏切ったなら、最後まで裏切ったところで大して変わらないだろう。本当の自分を見せる時がきたのかもしれない。
「……許せなかったの」
私の唇から言葉がこぼれ出た。
「シャルルを殺したあなたをどうしても許すことができなかった。愛か、依存か、思い込みがわからない。だけど、私の世界はシャルルを中心に動いていて、私はあいつが全てだった。それをあなたが奪った。全てを捧げてもいいくらいの存在で、私の一番大切な人を、あなたが奪ったの。
私の隣にいるあなたがシャルルの居場所を奪った泥棒にしか見えなかった」
この人を愛することを憎しむことを選んだ私は醜い生き物だ。
それでも、これだけは私に譲れない。
「だから、あなたに絶望に突き落としたかった。あなたが私と同じように、いや私以上に愛する人を失い悶え苦しむ姿を見たかった。ずっとあなたの愛も信頼もいつか絶対に最悪な形で裏切ってやろうと思っていた」
ああ、そうだ。
私がこの少年の側にいたのは、復讐のためだけだったのだ。
彼に向けた優しい言葉も、笑顔も全部嘘だった。
全部、嘘だった。
本物何て一かけらもなかった。
汚い感情を持って接して、信じてくれた人を傷つけ、愛してくれた人を騙した。本当に好きだったのは恋をしていた自分だったかもしれない。
最低な人間が一人の少年に恋した。
けれども、美しくきれいな感情だけでその恋の終わりを受け入れることができなかった。突きつけられた現実を当たり前のように受け止められなかった。
そして最低な結末を迎えた。
「そうよ。あなたがわかっている通りだわ。私がシャルルを殺したあなたなんて好きになるはずがないじゃない。
ルーカスなんて大嫌い」
次の瞬間、ルーカスが再び私の首に手をかけていた。
ねえ、ルーカス。
私はあなたのことが大嫌いだった。
だけど、一緒にいるときに孤独を感じた瞬間なんて一度もなかったよ。
そんなこと言えもしないけど。
書きたいものを自由に書いていく。
大衆が求めるものを書こうとしてもそれがわからなかった。
今はただ醜さと狂気と純愛を求めたい。




