きっと未来は美しさの欠片もない
理想は理想のまま。
だけど、あこがれることはもう辞めよう。
泥だらけの中で生み出されるようなものが欲しい。
太陽が沈んですっかり暗くなった。
もうここには昼間のような明るさはない。静かな暗闇があたりを支配している。空には宝石を散りばめたような星が輝いている。
銀色の満月が、自己主張するように輝いていた。
リアは、満月の光に照らされた庭に一人で立っていた。まるで妖精のように彼女の周りだけ別次元の空間に見えた。
そんなリアに俺、ロディオン・ディブレイクはそっと近づいていく。
どうしても伝えたい言葉があった。
「俺は、やっぱりやめることにした」
「どうして?まさか、勇者に会ったら情が湧いてきて殺せなくなったとでも?」
「まあ、そんなところだ」
違うな。
俺が情をわいた相手は、勇者じゃなくてリアだ。
リアは、勇者を殺したところで自己満足するかもしれないけれど、何一つ報われない。
だから、こんなことやめにしなければいけない。
「リアはシャルルが本当に好きだったのか?」
「好きだったわ」
ためらいもなく答えるリア。
心臓が切り刻まれたような痛みが走る。
「違うな。君はきっとシャルルという男に依存していただけだ」
「依存?」
思ってもない言葉を聞いたとでも言うようにリアはキョトンとしていた。
「ああ、そうだ。
シャルルを好きになることで、精神を保っていただけだ。
きっとだれでもよかったはずだ」
「そ、そんなことない。
私は確かにシャルルが大好きだった」
けれども、その紅い瞳は混乱しているように揺れていた。
まるで図星を言い当てられたように。
だからこそ復讐を遂げることにここまで執着するのだろう。
「どうしてそんなことを言い切れる?」
「私は……」
「君はシャルルの亡霊にしがみついて、自分の愛や生き方を肯定する手段を探しているだけだ。だから、勇者を殺すという選択肢を選んだ。
今隣にいる奴を失おうとしているだけだ」
本当のことを言うと、リアがシャルルを愛していたのか、依存していただけなのかわからなかった。
だけど、リアを塗り替えていくように言葉を重ねた。
「リア・ローレンス。君は、思い込みと勘違いで間違った選択肢を選ぼうとしているだけだ。
勇者を殺してもシャルルは生き返らない。
あいつにはどうせ二度と会えない。だったら、復讐なんてやめてしまえば?」
最初は、単に意地悪のつもりだった。
勇者がシャルルを殺したことをリアが知れば、勇者と手を切ってくれると思った。だから、真実を教えただけだった。
だけど、今はあの時自分が取り返しもつかないことをしてしまった気がした。
生きる意味を失っていた少女に、間違った道を示してしまったのだ。
「私は、生きる目標を復讐にして必死で生きてきた。だから、そんな私には選択肢なんて一つしかないじゃない。私は過去を選び、勇者を否定するわ。 だって……復讐をしなかったら、今まで積みかねた思いが無駄になるじゃない。
私の全てが否定されるじゃない」
「リアが否定される?お前はそんなもののためにあいつを切り捨てるのかよ」
俺は一歩ずつリアに近づく。
少女は、そんな俺から逃げるように一歩ずつ下がっていく。けれども、壁に当たってそれ以上後退できなくなった。
リアを閉じ込めるように壁ドンをして睨み付ける。
少女の紅い目が俺に怯えるように触れていた。彼女の手は恐怖のためか震えていた。
「ふざけるな。自己満足のために勇者を殺してあんたはそれで幸せになれるのかよ!」
聞き分けのない子供に向かって怒るように怒鳴りつける。
一歩間違えればそれは絶望の入り口へと続いていて、
何もかも壊す選択肢で、
誰も救われない。
わかっている。人間は醜い生き物だ。嘘、嫉妬、媚やへつらい、作り笑い、自己満足などで構成されている。それでも、救いのある未来を求めずにはいられない。
リアは俺の目をはっきり見て告げる。紅い目には確かに強い意志がある。
「幸せに何てならなくていい。
私は、自分が選んだ道を歩いていきたい」
猫のような目で思いっきり睨まれた。
しかし、ここで怯んだら負けだ。
リアには、俺が憧れた姿でいて欲しい。
真っ白なリアを真っ黒にしたい。
だから、お前には汚れて欲しくない。
「シャルルなんて忘れろよ。俺はリアには笑っていて欲しい。幸せになって欲しい」
誰よりもこいつの破滅を願っていたような奴が何を言っているんだろう……。
だけど、この言葉を伝えなかったら後悔する。
「ロディ。あなたは優しいのね。私と違って」
違う。
俺は優しくなんてない。
美しくもなく、優しくもなく、愛されることを夢見ていた。
そんな俺にだって譲れないものくらいある。それだけの話だ。
そんな不屈の精神を持つ俺に向かって、リアは首を少しかしげながら頼んできた。
「お願い、ロディ。私のために勇者を殺して。それが私の選んだ生き方なの」
お願い、ロディ。
お願い、ロディ。
お願い、ロディ。
リアの言葉がリフレインされる。
リアの上目遣いの破壊力が半端ない。
何だ……ただの魔性の女か。こいつ、本当にかわいすぎだろう。
「しょ、しょうがないな」
俺は、気が付いたら自分の髪の毛弄びながらオッケーしていた。
俺ってチョロすぎだろう。
「ありがとう、ロディ」
リアは、野に咲く一輪の花のように可憐な笑顔を浮かべた。
か弱く守ってあげたくなるような笑顔だった。
俺は綺麗ごとを並べつつもその言葉を聞きたかったのだろう。
そんな俺にはもうリアを止めさせることはできない。
きっと未来は美しさの欠片もない。
それをわかっていながら、彼女の願いを叶えるために助けることしかできない。
読んでくださりありがとうございます。




