「あなたは枯れないです」
破滅へと向かっていく物語はとても美しく感じます。
最初は、私、ルチアーノ・ダナフォールの心もきっとみんな同じくらいありふれていて、ほんの少し醜い普通の感情の持ち主だったと思う。
かわいくなりたかった。
好きな人に私がときめいたのと同じくらい、私がその人をときめかせてあげたかった。
輝いていたかったの。
私に見惚れて欲しかった。
エドワード・ブロンテという男を私のものにしてやりたかったのだ。
彼は私が想いを寄せると同時に目標とし、ターゲットとする特別な男性だった。
そんなエドワード以上にネロという少年は私にとって特別だったかもしれない。
ネロ・リントン。
彼の黒曜石のようは瞳が、陶酔者特有の色を帯びているのを見ると私は暗い喜びを感じていた。自分が特別である証を見つけられた気分になったのだ。
私は、そんな彼の存在に何度も救われていた。
だけど、私はネロを好きだったわけではないし、彼の幸せなんて祈ったことすらなかった。ただいつまでも彼が憧れた存在でありつづけたかった。ただの甘やかされて育った女の子が抱いたわがままだった。
だけど、それは恋なんかよりもずっと強烈な願いだった。
いつかは彼も私の美しさから覚める時が来ることは予感するたびに死んでしまいたいくらいの恐ろしさを感じていた。
他の男も私が老いていくほど、私にもう憧れてくれないことはどこかで理解していた。
崇拝され、特別視されることになれ、失うことと期待に応えられないことに怯えながら生きていた。
やがて、その恐れが現実となる時がやってきた。
エドワードが私を裏切ったのだ。
変わってほしくないと強く願っていたのに、彼は変わってしまった。
自分がひどくちっぽけに見えて、積み重ねてきたプライドをズタズタのボロボロにされた瞬間だった。
死にたい。もうこんな地獄辞めたい。
誰にも会いたくない。誰にもこんな自分を見せたくない。
誰からも失望されたくない。
だけど、このままだとただひたすら醜くなっていくだけだ。
誰よりも美しいから何カラットもする特別な宝石でいられる。
美しくなくなったら、私はその辺に落ちている石ころと変わらない。
もう誰からも見向きされない。
愛されない。
もう嫌だ。
自分の見た目も心も汚れていくことが嫌だ。
美しさなんてひとかけらもない。
自分より美しい女も、美しくなりそうな人もみんな殺したくなる。
自分でもゾッとするくらい私は汚れていた。
汚れた花を捨てている少年の手を思い出した。
私が花ならきっと捨てられているだろう。
それでも、気が付いたら彼にすがるように彼の自宅の前に立っていた。
私のエドワードは、私が美しくなったら簡単に戻ってきた。
それでも私の美への欲望は止まらなかった。
もっと、もっと上へ。
行けるところまで。
限界のその先へ。
いつしか私の目標は、私にメロメロのエドワードではなく、ネロとなっていた。もっと美しくなれば、ネロは私をもっと愛してくれるかしら。きっと私の美に溺れてくれるはずだ。
今日もいつものように彼に聞いた。
「ねえ、ネロ。私はかわいいかしら」
「ああ、かわいいよ」
彼の甘い言葉にいつまでも抱かれていたかった。
私は自分の夫であったエドワードや、息子であるルーカスまで利用していった。
私は、ルーカスを愛することはできなかった。
ルーカスという少年を恐れてさえいた。
きっと白雪姫の継母のような気持だったのだろう。
日に日に美しくなっていくルーカスへの嫉妬心は燃え上がっていった。
もしも、魔法の鏡があってルーカスが自分よりも美しい存在だと告げられたら、私は彼を何のためらいもなく殺したかもしれない。
自分の息子の美しささえ許すことができなかった。だからこそ、ルーカスも実験対象にした。彼は失敗して死にかけの少年となった。エドワードも、失敗して死んだ。不思議と私は彼の死を悲しめなかった。もう心はすっかり化け物になりかけていたのかもしれない。
やがて、そんな私は、ジル・キャットという美しい少女を見た。
ルビーのように紅い目、雪のように白い頬、緩やかに巻かれた柔らかそうな黒髪、血のように赤い唇、白くてほっそりとした手、信じられないほど整った体系。スラリとした長い脚。白いドレスを着ている彼女は、私のウエディングドレス姿よりも華やかだった。
全てが完璧でその見た目は神々しいほど美しかった。
これほど美しい少女は初めて見た。絶世の美少女、傾国の美妃……どんな言葉も彼女の美を言い表すことはできないだろう。絶世期の私ですら、彼女の完璧さには足元も及ばなかっただろう。
ジル・キャットは、若さ、かさいさ、美しさ、可憐さ……全てを持っているような容姿をしていた。
私は一目でその圧倒的な美しさに魂が奪われたように見とれた。これほど私が誰かに見とれることは初めてのことだった。
そして次の瞬間、強烈に嫉妬と憎しみと恐怖を覚えた。今すぐ少女を殺してしまいたかった。
ジルが魔女でなければ、すぐに頭を殴ってでも殺していたかもしれない。
それぐらい私にとっては許しがたい美貌をしていた。
美しいものほど価値があり、輝いている。
だから、私が、一番価値があり、輝いている素晴らしい人間だ。
そうやって自分を肯定しながら生きていた。
けれども、ジルはそんなちっぽけな私よりもはるかに美しかった。
自分を肯定し、正当化し、特別にした考えが私を追い詰めていく。
他人を見下ろすために存在した理論で、自分が見下されていく気がした。
心に張り付いた不安、恐怖、劣等感、追い詰められていく感じが脱いきれない。
ジルは、私に気が付いたようだった。
「何だ。噂なんて全然大したことがないわね。私の方がずっとかわいいわ」
ジルは、まるで私の心にあった劣等感を読み取ったようにそうバカにするように言ってきた。
「ブスのくせに自分が綺麗だなんて調子に乗るな、このおばさん。つての町一番の美人のなれの果てがこんな姿なんてかわいそうに。
もう立派なおばあさんの仲間入りね」
ジルの性格が悪いという噂があったことは聞いていた。
いつもだったら、何か言い返せたかもしれない。
だけど、自分よりも美しい少女を前に私は負け犬のように言葉を発することができなかった。
美しさこそが正義だと思って心で多くの人を見下し、ばかにしてきた私だからこそ、ジルには反論できなかった。
ただ唇をかみしめて、爪を手に突き立て、必死で泣かないようにしてその場を立ち去った。どす黒い殺意と憎しみが胸にこびりついていた。
胸の感情を上手く言葉にできない私は、心を殺しながらネロに質問してみた。
「ねえ、ネロ。
ジル・キャットという少女を知っている?」
自分の声が震えないようにするので精一杯だった。
本当は、彼の口から他の女の話が出ることさえ嫌だった。
「ああ、知っているよ。東洋の魔女だろう」
そうだよね。
町中の人間はみんな知っているはずだ。
あんなに美しい少女は、他にいないのだから。
「……ネロは、あの子のこと綺麗だと思った?」
本当は私よりも綺麗だと思ったと聞きたかった。
そして、ルチアーノの方が綺麗だよと言われたかった。
けれども、望んだ解答を得られなかったらどうしようと怖くてたまらなかった。
「ああ。あれほど整っている顔をしている少女も珍しいだろう」
思わず手が震えた。
自分の存在が狂気に飲み込まれそうになった。
どうしてもあの子に勝ちたい。
屈辱と挫折の痛みは、決して忘れられそうになかった。
何が何でも美しくなってやるのだ。
けれども、私は思っていたよりも早く終わりがきた。
枯れることなく、つまれてしまった花のように。
ルーカスのお見舞いへ行った時のことだった。
いつの間にか背後に、私よりも美しい少女がそこにたっていた。ジルは、ルーカスのお見舞いにでも来たのだろうか?
彼女は、私を見るなり、馬鹿にするようにののしってきた。
「相変わらず老けた顔をしていて、見苦しいわね。ブスなんて絶滅してしまえ!」
えっ……。
心臓の音が急に止まった。
ジルが私に何か魔法か呪いでもかけたのだろうか。
床にドサリと崩れる。
どうして……。
その疑問はもう声にはならなかった。
ただ自分がもうすぐ死ぬことだけはわかった。
「母さん!」
驚いた声で私を呼ぶルーカスの声が聞こえた。
ジルの狂ったような勝利の笑い声が辺りに響いている。
それすらももうどうでもよく思った。
ふと、ネロのことを思い出した。
彼とは、今日会う約束をしていたのだ。
今日の私は彼に会うために特別に美しく装っていたのに、会えなくて残念だ。
彼と会う時は、いつもかわいい恰好をしていた。
ネロなら着飾らなくても、ありのままの私を受け入れてくれたかな。
しかし、着飾らない、努力もしない、偽りも一切ない私を彼に見せる勇気はなかった。そんな自分を許せるような安いプライドの持ち主ではなかった。
そうだ。
プライドが高く嫌な女の子だった。
自分が持っているものを自慢してばかりいた。
他人が自分よりも持っていることを許せなかった。
頑張る理由はいつも他人を蹴落とし、見下したかったから。
自分のことばかり考え他人のことは考えられない嫌な奴でした。
薄れゆく意識の中で少年の声が響いた。
それは、ずっとすがり、救いを求めるように何度も思い出した言葉だった。
「あなたは枯れないです」
ああ、そうだったらいいな。
私はそう願いながら、意識を闇へと沈めていった。
読んでくださりありがとうございます。




