愛と美2
こういうものも書いてみたかったんです。
ルチアーノとエドワードの結婚式は、誰もが羨ましがるほど、華やかで、輝いて見えた。
二人の仲は順調で、一年後には子供が生まれた。
子供には、ルーカス・ブロンテと名づけられた。
僕は、ルーカス・ブロンテが大嫌いだった。
反吐が出るほど嫌いだった。
愛するルチアーノとエドワードの子供だと言う時点で、僕には嫌うしか選択肢がなかった。
そのエメラルドグリーンの瞳を見ていると、憎憎しい彼の父親のことを思い出した。
ルチアーノとエドワードの言いところをそのまま受け継いだように美しく生まれ、賢く、真面目で優しい少年へと育っていった。
僕は、ルチアーノが結婚すると同時に、旦那様が庭師の仕事を失い、近くの孤児院で働くようになった。たまにルチアーノとは友達として会っていたが、それほど親しい関係ではなかった。
ルチアーノが結婚してから3年が経ったとき、全てが変わりだした。
きっとこの時から、何もかも狂いだしたのだろう。
家に帰ろうとしたときに、玄関の前に天使がいた。いや、天使ではなく、天使のように美しいルチアーノだった。ルチアーノは、この世の終わりでも聞いたような絶望的な顔をしていた。アメジストの瞳からは、綺麗な涙がボロボロとこぼれている。
そして、僕が帰ってきたことに気が付くなり、彼女は、その場で泣き、崩れた。
太陽はすっかり沈んでいた。冷たい月が僕たちを照らしていた。
僕は、彼女を家の中に入れて温かい紅茶を出した。
そしてルチアーノが泣き止みだした頃に、聞いてみた。
「どうしたの?何かあったの?」
彼女は、悲しみをたたえた顔で答えた。
「エドワードが浮気をしたの。
私よりももっと綺麗な女の人とキスをしているところを見たの。
私がもっと美しかったら彼の心をとらえ続けることができたかな」
美しさが全てだと思っている少女は、美しさを基準にしか物事を考えられないのだろう。
「男なんて所詮、美しい生き物を愛すだけのものだわ。
美しければ、美しいほど、深く愛せるのよ。
どうせ……どうせあなたは美しい私が好きだっただけなのよ。
美しくない私には何の興味も持たなかったでしょう。ねえ、ネロ。そうでしょう」
僕は……。
何も言うことができなかった。
だって僕はルチアーノに一目惚れをしたのだから。
一目で彼女の美しさに全てを奪われたのだから。
美しいルチアーノに憧れていたのだから。
恋とか、愛とか、ロマンティックな綺麗ごとを使いつつ、結局は彼女の美しさに囚われていただけの青年だったのだ。
言葉を失い、肯定することも、否定することもできなかった。
ルチアーノは、結論を出した。
「美しくない私は誰からも愛されない。
だったら私は誰よりも美しくなりたい」
「君はエドワードのせいでそこまで追い詰められたのか?
そんなにも彼を愛しているのか?」
「愛しているとずっとそう思っていた。
だけど、最近、気が付いてしまったの。
私は、お金持ちで、ハンサムで、優しい、みんなの自慢になるエドワードが欲しかっただけだった。そんなブランドの服みたいなエドワードを見せびらかしたかっただけの子供だったのよ」
完璧なカップルに見えていたはずなのに、今はただ今にも二人の関係がプライドと見栄だけでつながっていた悲しく虚しい関係に思えた。
「そんな彼を誰にも奪われたくなかった。いつまでも、私の崇拝者でいて欲しかった。
ほかの人もみんなそう。いつまでも私を輝いている特別な存在に思ってほしいの。
ねえ、ネロ。みんなが変わっていくことが怖いの。自分が愛されなくなっていくことが怖いの。失うことが怖くてたまらないの。
だから、あなただけは変わらないで」
それは愛の告白のようであり、命令のようであり、強い束縛のようであった。
まるで呪いのように僕の心を蝕んでいく。
「ずっと私に憧れつづけて。私もあなたに憧れる存在であるように居続けるから」
鈴の音がなるように美しい声でそう告げた。
ルチアーノは、美しくなるために数々の実験を行っていった。禁断の魔法、闇の医療と言われているものに手を出していった。僕はそれに協力し続けた。僕たちは、何人もの人を殺した。彼女は、ますます綺麗になっていた。そのことに確かに僕も彼女も喜びを感じていた。
やがて、ルチアーノは、エドワードとルーカスも実験対象に選んだ。
その結果、ルーカスは病気になりエドワードは死ぬこととなった。ルチアーノは、表向きは悲劇のヒロインを演じていたが、僕の前では悲しんでいる素振りなんて一ミリも見せなかった。
僕は、エドワードが死んで、ルチアーノの名字が再びダナフォールになったことがうれしかった。
僕たちは、あまりにも最低すぎた。
そして、彼女は、ジル・キャットという少女と出会ったことで悪への階段をさらに登っていくことになる。
ジル・キャットは、町で一番かわいい子だと最近評判になっている女の子だ。
あまり言い評判は聞かないが、容姿だけはとても整っていた。
ただ僕にはジルが、ルチアーノほど魅力的な少女には見えなかった。
けれども、ルチアーノはそんなジルに劣等感と嫉妬心を抱いていた。
「ジル・キャットという少女が許せない。あの子は、私よりも美しいわ」
東の魔女と呼ばれるジル・キャット。
爪を唇の端に当てながら、ぞっとするほど狂気に満ちた瞳でルチアーノは語りだした。
「私は、自分よりも美しいものが認められないの。
私よりも美しい人間は、全員、ナイフで切り刻んで殺してしまいたい。あんな子には絶対に負けたくない」
美しいと思っていた女は、本当は美しさの欠片もなかったのだ。
まるで信じていたものに裏切られたようだ。
それでもゾッとするくらいに僕の心をつかんで離さない。
彼女の醜さでさえ、僕には輝いてみえた。
実験に失敗したルーカスの病気の症状が悪化したあたりのことだった。
青ざめた顔をしてルチアーノは、椅子に座っていた。
沈みかけた夕日が、はかなげな様子のルチアーノを照らしている。
そしてどこか遠い目をしながら呟いた。
「私……少し疲れた」
その何かに飢えているような眼を今でも覚えている。
「大丈夫か?少し横になったらどう?」
「違うの。私は眠りたいわけじゃないの。
人生に疲れたの。
自分のプライドのために多くのものを積み重ね続けていたことに疲れたの」
彼女は、泣きそうな声で本音をこぼした。
その言葉は、真っ白い紙に垂らされた墨汁のように僕の心に残り続けた。
「昔に戻りたい。あの自分が世界一可愛いと信じて疑わなかった頃に戻りたい。
幸せは誰かがきっと運んでくれると信じていたあの頃に」
そして甘えた声をしながら僕の腕に手をからませた。
思わず顔が赤くなる。
「ねえ、ネロ。
私はとても美しくなったのに、どうしてあなたは私にキスをしてくれないの?」
とても手を伸ばしたら幽霊となって消えてしまいそうなくらい儚く、ガラスでできたようにもろく、血も凍り魂を奪われそうなくらい美しい笑顔でルチアーノは聞いてきた。
「私はあなたが理性を失い、獣のように私の唇を貪るくらい美しくなってみたかったわ」
まるで夢をみているような目でそう整った唇から漏らした。
「もうなっている」
次の瞬間、自分の中でせき止めていた何かが外れたように暴力的なキスをしていた。
彼女の全てを貪り、食いつくし、蹂躙するようなキスだった。
「ルチアーノ。君は、すごく綺麗だ。だけど、綺麗なだけじゃない。
ゾッとするような醜さや、汚さも持ち合わせている」
僕は、全部受け止めるよ。
ありのままの君が好きだ。
「僕は君の醜さも、汚さも……嫌いじゃない。むしろ好きだ」
「そんなの嘘よ。男なんて所詮、美しさだけを愛せる生き物だわ」
ルチアーノは、哀しそうな笑顔でそう返してきた。
「僕をそんな男たちと一緒にするな。見くびるなよ!
きっかけは美しさだったかもしれない。僕は、君の全てを愛している。
それに、君は醜さすらも美しい。君は僕の中でずっと枯れないし、美しいままだ」
それを聞いた彼女の目から音もなく涙が零れ落ちた。
「……いつか、枯れるわ。永遠なんてないんだよ。私は、枯れない花になりたかった」
「ルチアーノは、枯れないよ」
きっとどんなに汚れても、醜くても、僕の中ではずっとずっと高嶺の花だ。
いつまでも、誰よりも輝いている。
「そうだったらうれしいな」
ルチアーノは、無邪気な笑顔を浮かべた。
その笑顔を見ると、僕には、彼女が昔から少しも変わっていないように思えた。
僕は、疲れていると言っていたルチアーノを見て前から考えていたことをよくやく決意した。
その日は、早起きして白い花束を作っていた。美しい白薔薇を贅沢に使い、周りは鮮やかなみずみずしい緑の葉でまとめていく。
ルチアーノに何もかも告げよう。
もうこんなことをやめにしようと言うこと。
君が美しさを失っても、どんなに年をとっても。しわだらけのおばあちゃんになっても僕にとって君よりも美しく見える人なんていないということ。 僕がどんな君であれ心から愛していると伝えよう。
ああ、そうだ。
君よりも輝いて見える人は僕の人生で一人もいなかった。
ルチアーノは、僕の暗く、薄汚れた人生の真ん中で太陽のように輝いていた。その輝きにどれほど救われたことだろう。そのまぶしさにどれほど憧れたことだろう。その暖かさは、僕の冷え切った心を確かに温めてくれた。
もっと言葉をちゃんと君に伝えてあげていれば、僕たちはもっとまともな人生を送っていたかな。
ルチアーノは、悪くない。
美しさという黒い誘惑に取りつかれてしまったかわいそうな人かもしれない。
悪いのは、彼女に美しさと華やかさと、輝きを求めてしまった僕なのだ。
美しいだけの彼女に恋をしてすっかり夢中になっていた。
今までどんな彼女でも愛していると囁いてあげられなかった。
そんなだめな自分から卒業しよう。
この世にはどれほど届かない思いがあるのでしょうね。




