愛と美1
美しい物語を書きたい。
そのためには人間の醜さを書かなければいけない。
悲しいくらい残酷で美しい物語。
そういうものが書きたいな。
と、とりあえず挑戦してみます。
僕の父さんは、ダナフォール家の庭師だった。父さんは僕が7歳になる時には、病気で死んでいた。
僕も父さんの跡を継いで庭師となった。
庭師には、様々な仕事がある。毎日欠かさずやることは、美しい花だけ選び、汚い花だけ捨てていく作業である。とても単純で、簡単な作業だ。美しいものは見た目ですぐに見つけられるし、汚いものもすぐに見つけられる。花を選び、捨てて行くことに大して迷ったりすることはなかった。
“美しさ”にはそれだけで何よりも価値がある。だから、残しておく。けれども、どんなに美しかった花でも枯れてしまった花はゴミとなる。捨てた花に大して罪悪感を抱いたり、かわいそうだと同情したりすることはなかった。
ダナフォール家の次期跡取りとなるルチアーノ・ダナフォールは、何千本の花よりも輝いていて、とても美しかった。
サラサラと滝のように流れるホワイトプラチナの髪、すみれよりもずっと美しい透き通るアメジストの瞳、サクランボ色に染まる頬、桜色の唇。
純粋で、可憐で、天使みたいだった。
僕は一目見たときから、その少女に強く惹きつけられた。気が付いたら、その少女ばかり見てしまう。少女を瞳に映すたびに心臓が高鳴った。
一番の楽しみは、ルチアーノの姿を見ることだった。日に日に美しくなっていく彼女を見ることに、何よりも喜びと幸せを見出していた。
毎年、ルチアーノの誕生日になると僕は美しい花だけを選んで花束を作った。
それをかわいいリボンで結び、少女にプレゼントした。
ルチアーノがとても嬉しそうな顔をしながら花束を見とれている様子を僕は使用人たちと一緒に遠くから眺めていた。
僕は、それだけで生きていてよかったというほどの大きく、深い、幸せと喜びに包まれた。彼女の幸せのためだったら、何でもできると思っていた。彼女の望みなら全て叶えてあげたかった。
ルチアーノは、8歳の誕生日の翌日に僕のところにやってきた。
僕は、花を捨てる作業に夢中で少女がやってきたことに気が付かなかった。
「ねえ、昨日のバラはとても綺麗だったわ。ありがとう」
少女は、いきなりそう話しかけてきた。
思わず手に持っていた泥で汚れた花を地面に落としてしまった。
「と、とんでもないです」
「ねえ、あなたって確かネロよね。
ネロは何をしているの?」
緊張のあまり声が震えてしまう。男なのに情けないな。
「よ、汚くなった花、欠点がある花を捨てているところです」
「汚れた花は捨ててしまうの?まだ、この花なんて少ししか欠点がないのに」
「ああ、美しくないと意味がないから」
「もったいないわね」
ルチアーノは、菫色の瞳を伏せとても悲しそうな顔をした。
きっと簡単に花をポイポイ捨てていく僕と違ってとても優しい少女なのだろう。
「ねえ、ネロ。あたしはあなたに選ばれるような美しい花なのかしら?」
かわいらしく首をかしげながら、小さな天使は聞いてきた。
「ああ、もちろん」
「あたしが美しくなくなったら、この花のように捨ててしまうの?」
不安そうな顔で少女は聞いてくる。
「君は花じゃないだろう」
君なら枯れてもきっとますます美しく見えるだろうな。
そんなこと言えもしないけれども。
「そうね。でもいつかはきっと枯れるわ」
「……あなたは枯れないです」
少女は、嬉しそうに笑った。
まだ子供であったには、ルチアーノがますます美しくなっていくようにしか見えなかった。彼女がいつかは、枯れるなんてことは少しも想像できなかった。
この日から、ルチアーノはよく僕に話しかけてくるようになった。
僕は、かわいい彼女にいくつもの美しい花をあげていた。それしか僕にはあげられるものがなかった。
今思うと彼女は、僕の恋心に気が付いていたのかもしれない。
そして自分の陶酔者をからかって遊んでいただけなのかもしれない。
そんなことは今ではもう知ることはできない。
ただ、あの頃の僕は、彼女と接していると女神と接しているような気分になっていた。
ルチアーノが10歳になった頃のことだった。
彼女に、エドワード・ブロンテという婚約者ができた。
エドワードは、金髪にエメラルドグリーンの瞳をしている美少年だった。ルチアーノほど顔立ちが完璧に整っているわけではないが、これ以上ないくらい瞳は美しかった。
町で一番お金持ちの貴族の息子で、性格も優しいと評判だから、女の子にもモテていた。
庭師である僕をバカにするような、恋敵とすら思っていないその見透かすようなエメラルドグリーンの瞳が嫌いだった。切れのある長い二重のエメラルドの瞳を見ていると、劣等感、嫉妬、蔑まれている感覚に陥った。
それでもルチアーノがエドワードと二人で遊んでいるところ見ると、美男美女のお似合いのカップルであると感じるしかなかった。コンプレックスや、劣等感で僕は今にも押しつぶされてしまいそうだった。
僕は叶うはずもない恋心を殺しながら、ルチアーノと接するようになった。
ルチアーノが一八歳になったとき、エドワードと結婚することになった。
この日のことは、昨日のことのように鮮やかに覚えている。
あれほど美しいものには初めて触れた。
僕は、式が開かれる前に作ったブーケを渡しにルチアーノに会いに行った。
彼女は純白の花嫁姿がとてもよく似合っていた。
思わず息を飲んだ。
魂が奪われてしまいそうだ。
君はまるで高嶺の花だ。
高い、高い崖の上に咲く一厘の花。
深く暗く出口の見えない僕の人生でまぶしいくらい輝いていて、手の届かない存在にある。
少女は、近づいてきた僕に気が付いた。
「ネロ」
その声は鈴の音がなるように美しく響いて、僕の脳裏に甘い余韻を残した。
「私って綺麗かな?」
恥じらうように少女はほんの少し頬を染めながら僕に聞いてきた。
どんな美辞麗句も彼女の美しさを言い表せない。
けれども、どうしても一言、彼女に告げたかった。
「世界で一番きれいだよ」
僕は君を心から愛している。
ずっと幸せを願っているよ。
愛の告白はできないけど、君の美しさを褒めることならできる。
「ありがとう」
少女は僕に向かって無邪気な笑顔を浮かべた。この世のものとは思えないほど美しい笑顔だった。
アメジストの瞳が、きらめいている。頬はバラ色に色づき、金髪の毛はサラサラと流れていた。アメジストの瞳が星屑をはめ込んだようにきらめいていた。
心臓がドキドキと大きな音を立てた。
胸が痛くなる。魂が奪われてしまいそうだった。
女神のような、とてもきれいな笑顔だった。
君に出会えて本当によかった。
本当は、全部、欲しかった。
笑顔も優しさも温もりも欲しかった。
愛が欲しかった。
他の男なんかに君をあげたくなかった。
強引に奪って自分のものにしてしまいたかった。
だけど、弱虫で臆病な僕にはそれができない。
ただルチアーノにぎこちない微笑みを返すことしかできなかった。
読んでくださりありがとうございます。




