「私のためにネロを殺して」
今は余計なことは気にせず自分の書きたいものを全力で書きたい。
そう思いながら書きました。
人質から解放されて一週間後の日曜日、私は勇者と一緒にかつて私がいた孤児院を訪れることにした。
行く途中にさりげない口調で聞いてみた。
「ねえ、ネロ・リントンって知っている?」
「うん。母親の浮気相手だった人」
……すごい解答だった。
予想の斜め上を行きすぎだろう。
野球をしようとしたら急に野球ボールでサッカーをすることになるくらい予想外の解答だ。
「あなたは彼に頼まれてシャルルを殺したの?」
「はい、そうです」
それだけで十分だった。
私が勇者を裏切り、捨てて、殺す理由として十分すぎるくらいだった。
「もしも、私があなたに彼を殺してほしいと言ったらどうする?」
「殺します」
勇者は、何のためらいもなく即答した。
その解答の速さが恐ろしいと感じた。
「そう。私はそんなあなたが気に入っているわ」
私は、勇者に甘ったるい愛の言葉を吐くようになった。
勇者をいつか裏切った時に、彼の絶望が深くなりますように。
そんなどす黒い思いを抱きながらそんな言葉を囁いた。
ネロ・リントンは、思っていたよりも変化していなかった。
もっと老けて、年老いた姿になっていると思ったが予想外だった。
相変わらず爽やかで彫刻のように精悍な顔をしていた。彼独特の匂いも雰囲気も変わっていなかった。彼は、花壇の花の手入れをしていた。
昔から、ネロはお花の手入れを丁寧にやっていた。孤児院には、彼のおかげでいつでも美しく甘いにおいのする花が咲き乱れていた。
彼は、やってきた私とルーカスに気が付き、花壇の手入れを中断した。
黒縁メガネの奥で、黒曜石のような瞳が私と勇者を捉えていた。
「お久しぶりです、リントンさん」
ゆ、勇者がまともに挨拶をした。
まるでどこかの貴族のように隙一つない完璧なお辞儀をした。水が上から下へ流れるように自然で優雅な動きだった。
お前、誰だよと思わず突っ込みをいれたくなってしまった。
「ルーカス・ダナフォールか。
君はルチアーノよりもエドワードに似たな。僕の大嫌いなあいつにそっくりだ」
彼は、宿敵でも見るように忌々しそうにルーカスを見た。
今すぐルーカスを殺そうとしたいと言わんばかりの殺気を目から出している。
「何か用でもあるのか?」
「いえ、用があるのは俺ではなくて俺の婚約者です」
「婚約者?」
その言葉を聞いて初めて私を人間と認識でもしたかのように、じっと私を見てきた。
「この子が君の婚約者?このごぼうみたいな子が?」
……ゴボウで悪かったわね。
「ははははは。君の女性に対する趣味は父親には全く似なかったようだね。そういえば見たことがある顔をしているな。そうだ。君は確か孤児院にいただろう。
ああ、久しぶりだな。たしか君は、リリー・ロレンソだったね」
見事に名前を忘れられていた。まあ、存在感の薄い少女だったからしょうがない。
「リア・ローレンスです」
「ああ、そうだった。君のことはちゃんと覚えているよ」
嘘だ。
そして、ネロはルーカスに向かって突飛な質問をしてきた。
「君はこの子を殺すつもりなのか?」
何でそんな展開になるの?はあ?意味不明じゃないのか。
ルーカスの知り合いは頭がおかしいのか。
「今は殺すつもりはないですよ」
今はって何?いつかは、殺すつもりなの?
え……ちょっと待って。
そんな風にびっくりする私を気にせず、ルーカスはネロと会話を続けていく。
「リントンさんは、リアを僕が殺したジルに似ていると思いますか?
俺憎しみと殺意の対象を向けるのに十分なくらいジルの代わりになると思いますか?
だから、そんな質問をしたんですか」
「一目見た時に、僕はこう思った。
君はジル・キャットに似ていないと。
彼女とは似ても似つかない存在だと」
そして自分の世界に浸りながらネロは語りだした。
「ジル・キャットは、女神のように美しい少女だった。
けれども、君は全然美しくなかった。ジルが傾国の美妃だとすれば、君はただのモブだ。
ジルが甘い誘惑の果実だとすれば、君はジャガイモだ。
君はあの子の足元にも及ばない存在だった」
な、なぜかしら。
私がこいつにめちゃくちゃバカにされているのだけれども。
私は、こいつに何も悪いことをしていないのに。
一発、ぶん殴ってやりたいわ。
「だけど、その目は確かにジルの目に似ている。
いや、ジルの目ほど美しくはないけれども、君の目は素晴らしく綺麗な紅い目だ。
僕が今すぐ君の目にナイフを突き刺したくなるくらいに美しい」
「何よ!さっきから、私に何の恨みがあるわけ?
あなたってひどいわね」
「別に君に恨みはない。
ただルーカスが悪趣味すぎると思っただけだ。ルーカスが君をジル・キャットの代わりに憎んで、いつかは殺してやるつもりだったんじゃないかと疑っただけだ。
こいつは、ジル・キャットと同じ目の色と髪をしている。
あの悪魔を君だって憎んでいたはずだろう。こんな少女を側に置くなんて思わなかった」
黒曜石のような瞳がメガネの奥でルーカスをまっすぐ見ている。
「リアは、ジルじゃないです。
そのことは俺が一番よくわかっています」
「そうか。それで、どうしてリアは僕のもとへ来た?」
「私は、あなたを殺しに来たの」
これでようやく本段に入れる。
私は、彼をにらみつけた。
「冗談にしてはさっきのこもった眼をしているな。なぜ?」
「あなたは、ルーカスを使ってシャルル・バトラーを殺したからよ。
「そうか。君はシャルルと仲が良かったからな。
僕を嫌っているのか。分かるよ、その気持ちは」
ネロは、自分の黒髪をいじくりながら適当そうに返事をした。
そうやって何気ない態度で大事なことを隠しているのかもしれない。
「どうしてシャルルを殺したの?」
「答えてやる義理はない」
「答えなかったら、ルーカスにあなたを拷問させるわ」
「……とある女性のためさ。彼女のために殺した」
黒曜石みたいな瞳が何か言いたそうにとても悲しげな色を帯びた。
「どうしてその人はシャルルを殺そうとしたの?」
「その人の欲望のために実験の材料にするため」
ルーカスのエメラルドの瞳が揺れていた。心当たりでもあるのだろうか?
「お金でももらったの?」
「いいや。僕自身、彼女の実験に興味があった。
何人もの孤児院の子供も実験したよ。僕たちが悪いことをしていることはわかっていた。だけど止まることができなかった。シャルルも犠牲になった子供の一人だった。
いや、違うな。シャルルは、実験のために殺したわけではない。
実験に成功したから許せないから殺そうとした。実験に成功してもらいたい人が成功しなくてシャルルみたいにどうでもいい男が成功するなんて僕には許すことができなかった。
母親の秘密を話すとことと引き換えにルーカスに殺してもらった」
そこまで聞けば十分だった。
こいつは、クズだ。生かしておけない。シャルルを実験に利用しただけではなく、実験に成功したシャルルに嫉妬して殺したのだ。
絶対に、許せない。
「ルーカス。私のためにネロを殺して」
「わかった」
彼は、即答した。
私もびっくりしてしまうほど、何のためらいもなく、そう言い切り剣を取った。
驚いた眼でネロはルーカスを見た。
「さよなら、ネロ・リントン」
私の口元に思わず笑みが浮かんだ。
黒い喜びが体を満たしていく。
シャルルを殺した人間に罰を。
ネロも、ルーカスも死ねばいい。
私は、絶対に許さない。
そんな私をなぜか憐れむような眼をしてネロは見てきた。
「なあ、人間というのは、手に入らないものを求めてそれを輝いているように錯覚する。
何とも虚しい生き物だと思わないか」
ネロは、何かに飢えたような眼をしながらそう言ってきた。
「その虚しい生き物に終わりをくれるなら、僕は死を受け入れることにしよう」
彼は、ポケットから銃を取り出した。
そして自分の頭に銃口を当てた。
次回から、自分の中の美しい物語の始まりです。




