とある操蟲師の初恋1
ずっとこういうものを書きたかった。
夜明け前の鮮やかな紫色の髪の毛、曇った空のように濁った灰色の目。
綺麗な線を描く鎖骨、形のいい薄い唇、右目の泣きぼくろ。
妖しい雰囲気を持つ絶世の美少年。
ロディオン・ディブレイクは、絵に描いたようなクズである。人を人と思わず、自分の欲望と理想のために簡単に殺して、もてあそび、捨てる男である。他人を何とも思っていないような奴である。
俺は人間ではなく、妖魔であるのだ。妖怪、淫魔、化け物、サキュバス、操蟲師……俺はそういう類の者だった。
気持ち悪くて、醜く、おぞましく、最低最悪の人間である。
そんな男にも、純情だった時があったと知ればみんなは笑うだろうか?
ああ、きっと誰も信じてくれないだろうな。
物心ついた時から蟲を操ることができた。
俺の周りにはいつも蟲がいた。
みんなから気持ち悪がられ、いつも一人だった。
けれども、俺は寂しくなかった。なぜなら、俺は何万匹もの虫と友達だったのだから。
そして、昔はいつも苛められていた。地味で、暗くて、気持ち悪かったからだ。
妖怪や化け物呼ばれされても、自分を少し変わっているだけで人間だと疑っていなかった。
自分とは違うキラキラした眩しい笑顔を浮かべながら話す人たちに憧れていた。
俺は、きっとそういうものになれないだろう。
気持ち悪いロディのままだ。
そう思うととても悲しくてたまらなかった。
母親ロザリア・ディブレイクは、俺の一番の味方であった。聖母マリアを思わせるような温かい笑顔の持ち主で、いつも俺には優しかった。
俺よりももっと鮮やかな紫色の髪の毛をしていて、顔立ちも整っており、町で一番美しい女性として評判だった。料理もすごくおいしくて、俺にとっては母さんの料理を食べることが真っ黒な人生で一番の楽しみだった。
俺は、そんな母親に心配させたくなかったから苛められていることを必死に隠していた。
しかし、母親は変わりだした。ある日を境に段々明るかった母さんは徐々に暗くなりだしてアルコール依存症、うつ病のような状態になり、お酒を飲み寝ていることが多くなった。
もちろん料理なんて作ってくれなくなり、俺は卵かけご飯を食べる日々が続いた。
ある日、母さんは酒臭い息をしながら言った。
「あなたは人間じゃないのよ」
とても暗く、陰鬱な目をしていた。
その目が俺を失敗作でも見るような気がしてとても怖かった。
「え?俺が人間じゃない!お母さん、頭がおかしくなったのか?
今すぐ、病院に行こう」
「違うわ。おかしいのは私じゃなくて、あなたなのよ!」
母さんは、俺を責めるようにヒステリック気味にそう言った。
「どういう意味?」
「あなたは、妖怪だったの」
母さんはとうとう頭がおかしくなったらしい。
ガツンと頭を一発殴られたような衝撃がきた。
「何バカなことを言っている?魔物は、魔物からしか生まれない。妖怪も妖怪からしか生まれない。母さんと父さんが人間なら、俺も人間だ」
「だけど、淫魔なら別よ。一万人に一人の確率で淫魔は人間から生まれる。
……虫を操れる淫魔がいるらしいの。ねえ、ロディ。あなた虫を操れるわよね」
泣きそうな声で母さんはこう言った。
淫魔。
人間を襲い快楽を与える化け物。人間の精神を壊すくらいの快楽を与える妖怪。
俺は……人間ではなかったのか……。
ショックのあまり頭が真っ白になる。こんな現実、信じたくなかった。
おかしい。こんな話、間違っているに決まっているじゃない。
「ある日、友人からあなたが淫魔だって言われたの。
もう私、何もかも間違えた」
そう絶望に満ちた声で母さん……ロザリアはそう言った。
もしかすると、母さんが精神を病み始めてお酒に浸るようになったことは、全部俺が悪かったのだろうか?俺が……ロザリアをここまで追い詰めてしまったのだろうか?
罪悪感とどうしようもない後悔が押し寄せる。
心臓が握りつぶされたような痛みと苦痛に支配される。
俺なんて生まれてこなければよかった。
生まれてきてごめん。生きていて申し訳ありません。
ごめん、母さん。
けれども、喉がつまってその言葉は口に出すことができなかった。
ロザリアは、かすれた声で告げる。
「ロディ。あなたを生んだことは間違いだったわ。
だけど、あなたを殺す役目は私に残っている。あなたみたいな化け物をこの世に残しておくわけにはいかない。
死んで」
母さんは、台所に会ったナイフを持って俺に近づいてきた。
右手を振り一匹の蟲を召喚する。そいつは、俺が念じた通り母さんの首元に針を刺して気絶させた。次に指を鳴らして、もう一匹の虫を召喚した。
これは、精神をおかしくする虫だ。
部分的な記憶を失わせることもできる。
虫からどんな作用か説明を聞いたことはあったが、まだ実験してみたことはなかった。
俺は、一分間くらい迷ったけれども、母さんに針を刺すという結論を下した。
愛することができないなら壊れてしまえばいい。
どうせ壊れているのなら、最後まで壊してあげた方がいい。
俺自身、大好きな母さんのこんななれの果てを見たくなかった。
精神が狂った母親は、「殺してやる、お前が悪い。全てお前のせいだ」などと叫んだり、子供のようになきわめいたりした。ほとんどの言葉は印象的だったが、どうしても忘れられない一言があった。
母さんは、虚ろ気な目で、自分を責めるように、俺を守るように言葉を漏らした。
「ごめん……。ごめんなさい……。ごめんね、ロディ。愛してあげられなくてごめん」
その時、自分の中で何かが生まれたのだろうか?それとも何かを失ったのだろうか?何かが壊れるような音がした。音もなく俺の目から涙が零れ落ちた。
それだけは今も昨日のことのように鮮やかに覚えている。
やがて、母さんは、精神病院へ送られた。
二度と帰ってこなかった。
父親の精神も操り俺の存在を抹消させた。仕事ばかりだった父親ダンキスンとは、あまり交流がなかったため母さんの精神を壊した時ほどの罪悪感や後悔、痛みなどは感じなかった。
そうして親から離れた俺は、孤児院で育った。
幼い俺は、愛されることに憧れていた。
求められることに焦がれていた。
どこにでもいるような存在じゃない。他人以下の見下される存在ではない。
誰かの特別な人間になりたかった。
なりたくてたまらなかった。
その対象が、気が付いたときには同じ孤児院にいたリア・ローレンスたった一人になっていた。
その少女は、サラサラとした絹のような黒髪に、赤い目をしていた。
絶世の美少女というほど顔立ちが整っているわけではなかったが、とてもかわいらしく、儚い雰囲気を持つ美少女であった。
みんなから魔女として恐れられていた。
彼女も俺と同じようにいつも一人でいた。
だからだろうか?
彼女とは、一度も話したことがなかったけれども、いつも一人でいる少女に興味を抱いた。興味どころじゃない。いつも欲望の対象としてこの少女のことを見ていた。
リアの瞳の輝きを壊すくらい快楽でいっぱいにしてめちゃくちゃにしてやりたい。
リアが理解するのは、楽しいことと俺のことだけでいい。
だけど、同時にリアにはいつまでも俺が憧れた姿でいて欲しい。
矛盾しているな。
俺の頭がおかしいからしょうがない。
そうだ。
俺は、狂っている。
狂いながら、理性と戦いながら、リアを求めていた。
淫魔としての本能なのか、愛なのか、欲望なのかわからなかった。
媚薬を生み出す百足や、中毒症状を引き起こす蜘蛛を使って、少女の精神を破壊するくらいの快楽を与えてあげたかった。
少女がプライドを捨てて泣きながら、俺を求める姿が見たかった。
そうすれば、彼女の全てが手に入る気がした。
まだ彼の過去は続きます。




