壊れかけた少年
カラオケに行きたい。
人質となってから一週間くらい経過した時のことだった。
紅茶を飲んでいたロディの顔つきが急に険しくなった。
「勇者が来た」
「蟲が知らせてくれた」
すげぇ。こいつはある意味ハイスペックボーイだな。
「なあ、リア。
一つお前におもしろい話をしてあげよう」
ロディは、ネズミをいたぶる猫のような目をしながらしゃべりだした。
「君が愛したシャルル・バトラーを殺したのは、ルーカス・ダナフォールだ」
ドクリ。
ドクリ、ドクリ、ドクリ。
心臓が大きな音を立てて暴れ出す。
シャルル・バトラー。かつての私の最愛の人間であり、今は死んでいる。
シャルルの仇を取ることが私の夢だった。
そいつを殺したのが、ルーカスなのか。いや、ロディが私に勇者を裏切らせるための嘘である可能性もある。大体、ルーカスがシャルルを殺す理由なんて見当たらない。それにこの話をこいつが知っているなんておかしい。
冷静になってみろ。
どうしてこいつは、私がシャルルを好きだったことを知っているのだろうか?
「わ、私がシャルルをどうして好きだったと思ったの?べ、べ、別にシャルルなんて全然好きじゃなかったし」
「君はシャルルを好きだった。それは事実だろう」
ロディは、見透かすような目をしてそう言った。私は耳まで真っ赤になる。
なぜか灰色の目が愁いを帯びた気がした。
というより、それを知っているなら、どうして彼は私と再会した時に私のことを忘れていた振りをしたのだろうか?
まあ、今はそんなことどうでもいい。
「勇者が、シャルルを殺したってあなたが考え出した嘘でしょう。
そ、そんなでたらめ誰が信じると思う?
証拠でもあるの?」
「物理的な証拠はないな。
もう何年も前の出来事だから。
だけど、俺は蟲から確かに聞いた。ルーカス・ダナフォールという男がシャルルを殺したと。
蟲は人間と違って嘘をつかない素直な生き物だから、信じていいよ」
絶望と憎しみの苦さが蘇る。
もしその話が本当なら私はルーカスを絶対に許せない。かつて抱いたような憎しみの炎が燃え挙げる。それは、弱まるどころか時間が立つたびに強まっていった。
「どうしてルーカスはそんなことをしたの?」
「ネロ・リントンという男に雇われたからだ」
ネロ・リントン。男性で、黒縁眼鏡をかけていた。
孤児院の先生で、黒目、黒髪の爽やかで生徒に人気のある教師だった。とても優しくて、温かい先生だったことを覚えている。
「ネロは、どうしてシャルルを殺そうとしたの?」
「そこまでは俺もわからない」
その時、何かが壊れる音がした。勇者がやってきたのだろう。
「さあ、おしゃべりの時間は終わりだ。
君は、人質らしく役に立ってくれ」
そう言って、ロディは銀色に光り輝くナイフを取り出した。
「そろそろ勇者が魔物と戦っている頃かな」
彼は、そう言いながら私の首元にナイフを当てた。
「じゃあ、俺達も勇者に会いに行くことにしようか」
私は、ロディに強制連行され歩き出した。
ロディは、とある大きな扉の前で立ち止まった。
そして挑発的な笑顔を浮かべながらドアを開いた。
私には、それが地獄へのドアに思えた。
辺りでは血の匂いが満ち溢れていた。
すぐそこにゴブリンの生首が落ちている。目は白目になっていて、口は泡が吹いていた。
引きちぎられた手足が何本も床に落ちていた。
腹を貫かれた死体、心臓を握りつぶされた死体、壁に投げつけられ変形した顔、ありえない方向に曲がった足首、指のない手、潰された胴体、くりぬかれた目玉、ひき肉のような状態となった肉片、暴かれた腸……。
これほど恐ろしい光景は初めて見た。
あまりのおぞましさにゾッとした。
強い吐き気と頭痛が襲ってきた。
地獄絵図のような光景の中、一人の少年が立っていた。
少年は、全身が血まみれになり真っ赤に染まっていても神から愛されているように美しかった。
くすみが一つもなく輝いているホワイトプラチナの髪の毛が血を浴びて光り輝いている。
氷のように冷たいエメラルドグリーンの瞳は、ゾッとするくらい美しかった。
切れのある長い睫毛は、整いすぎていて不気味に思えた。うっすらと唇に浮かぶ笑みには、狂気と歓喜の色が溢れていた。
ここが世界で一番美しく、壊れていて、救いようのない光景に見えた。
血まみれの剣が、死神の鎌のように見えた。
その姿は悪魔みたいだ。
美しく、冷たく、残酷で、恐ろしいこいつを私と同じ人間だとは思うことができなかった。
選択すること、後悔しないことって難しい。
でも、自分だけは信じたい。




