愛がわからない(前篇)
少し過去の話です。
ノワール・ブラックは、機械人間と呼ばれていた。
闇を溶かしたように黒く全く癖のない綺麗なサラサラとこぼれるような髪。
空を切り取ってはめ込んだような青い瞳。
陶器のように滑らかで白い肌。スラリとした無駄な肉一つとしてついてない体つき。
彼はいつも無表情で人間というよりも、人形のようだった。
この世のものとは、美しい少年だった。
けれども、彼は人間と呼ぶには欠点があった。
なぜなら、彼には感情がなかったのだから。
彼は、5歳になる頃、彼には弟ジオール・ブラックができた。
よく泣き、よく笑い喜怒哀楽を示す、かわいらしい赤ちゃんだった。
国王も王妃様も、ぜひとも機械人間ノワールなんかよりも、ジオルドを跡継ぎにしたいと強く望むようになりノワールを幽閉した。
ノワールは、第一王子だったのにも関わらず、存在を抹消されて過ごしていた。
食事や服、本などの配給の時間に、ご飯が与えられることを除けば、人との関わりは皆無だった。
高い塔に閉じ込められ、一人で生きていた。
けれども、彼は孤独、退屈、寂しさすらも理解していなかった。
ただ、ひたすら勉強だけをして生きていた。
つまらない、おもしろいも感じることなく、ただただ与えられた学術書だけを読み生きていた。
クリスティーナ・ハリウスは、滝のように流れる長い金髪に、空を切り抜きはめこんだように美しい青い瞳をしていた。
顔立ちは美人というわけではなかったが、とても愛らしい容姿だった。美しい青い瞳を見ているだけで多くの人は吸い込まれるように少女に見とれてしまった。
何人もの男性が彼女に夢中になり求婚した。ちなみに、クリスティーナのハンカチを巡って命がけの決闘が行われたことまである。
誰もが憧れるお姫様だった……見た目だけは。
完璧なお姫様だった……見た目だけは。
優しくて暖かくて素晴らしい人間だった……見た目だけは。
彼女は……あっちの世界の人間だった。
彼女は、鼻血を堪えるのに必死だった。
だ、だめよ、クリスティーナ。こんな大衆の目の前で鼻血を出してはいけないわ。
みんなの私に対する女神のようなイメージが崩れ去ってしまう。
ファミード王国の妖精、ファミード王国の女神と称される姫たるもの、大衆の前で鼻血なんて出したらいけない。
くう……。あの黒髪が受けで、あっちの赤髪が攻めね。な、何この相性抜群な感じ。
完璧な私には欠点がある。
それは……腐女子であること。
男の子同士が仲良くしている様子から壮大なる物語をイメージすることが趣味だ。
このことは、誰にも秘密だ。絶対に悟られてはならない。
私は、明るい美しいみんなから愛される姫なのよ。こんな秘密を知られてしまったら、みんなきっと私に幻滅するわ。
ふと友達のレイナから質問された。
「ねえ、ピーター様とダンキスン様はどちらが好き?」
「どっちも好きじゃない。男なんて興味がないわ」
「相変わらずクールね」
しかし、あえていうなら二人がいちゃついていることを見ることが好きだ。やっぱりピーターが攻めで、ダンキスンが受けなのだろうか?いや、まて。普段おとなしいダンキスンが、二人きりのときは攻めになるというのもおもしろい。ギャップ萌えって素敵。もう、ゾクゾクしちゃう。
そんな風に私は妄想に明け暮れる日々を送っていた。
そのうち胸に秘めた熱い情熱の物語を閉じ込めておけなくなり、ついにこっそり小説を書くようになってしまった。
書きだすと思らなくなり、何枚も、何千枚も、何万枚も、寝不足になりながら書いていた。作品が行き詰って苦しくなったり、もうやめたくなったりしたときもいっぱいあった。だけど、いつか私の作品に感動し、BLの世界に足を踏み入れてくれる読者がいることを願いながら一生懸命書いていた。
しかし、親友のレイナにある日、禁断の引き出しを開けられて中身を見られてしまった。
「こ、こ、こ、これをあなたが書いたの?」
ポーカーフェイスよ。これは、天から降ってきたとでも、嘘をつけばいいの。
相手はちょろいわ。クリスティーナ・ハリウス。今こそ、あなたのトップ女優並みの演技を披露する時が来たのよ!
「そ、そんなもの見たこともないわ。
きっと泥棒が勝手に私の引き出しの中に入れたのよ」
「……泥棒って盗む人のことを指すんじゃないかしら」
「いやーーーーー!クリスティーナ、大失敗」
こうなったらあれしかない。
「もう生きていたことが恥ずかしい。あなたを殺して私も死ぬわ」
「大丈夫、誰にも言わないから。頼むから殺さないで。そのロープを捨てて!」
気が付いたら、手にロープを握り締めていた。
……人間って怖いね。
レイナは、結局、何枚か小説を読んでから質問してきた。
「で、クリスティーナは腐女子なの?」
「おほほほほ。何バカなこと言っているの?私は、こんな風にBL小説を書いているけれど、全然腐女子じゃないから。そうよ、勘違いもひどいわ。私の精神をすごく傷つけた罰として慰謝料を請求したいレベルかしら。あなたみたいな無神経な人間が、周りにいる人間をゴキブリホイホイみたいに次々と自殺に追い込むのよ。私みたいな女の子が腐女子とかありえないから。男の子と男の子が濃厚な夜を過ごすことを想像してムラムラしたりしていないから。そうよ。別に全然、この人が攻めとか受けとか妄想してレッテルを張って、ルオナルドじゃなくてルルちゃんみたいに違う名前を名付けてスカートをはいているところをイメージしたりしていないから」
鼻息を荒くしながら情熱的に否定してしまった。
これで私が腐女子ではないということを理解していただけたかしら。
「……わかったよ、クリスティーナ」
「わかってくれたかしら」
「……あなたが競技場に通う理由を好きな人ができたからと疑っていた私がアホだったわ」
「何かいったかしら?」
「何でもないわ」
レイナは、長い溜息をついた後、とてもおかしそうに笑い出した。
私には、彼女がなぜこんなに笑っているのかわからなかった。
けれども、才能のない私はあふれる情熱を上手く書けなかった。
こっそり王国の図書館に自分の小説を混ぜてみたけれど、噂で聞くのは酷評だけだった。図書館の司書は、私の本を見る度に何かの怪談経験しているように青ざめ、捨ててしまうようになった。
「どうせ、私には才能なんてない。うわーん。私なんて何万年生きてもおもしろい小説なんて生み出さないのだわ。小説家になりたがったことが間違いだった。時間の無駄だった。私は、小説なんて書こうとするべきじゃなかった。どうせクズとゴミしか生み出せないのよ。もう自殺してやる」
そうして自殺を決意した私は、塔のてっぺんを目指して歩き出した。
BL小説と一緒に死のう。
そう思って大量の小説を運びながら、階段を上っていた私は早くも息切れした。
「どんだけ頂上が高いのよ。こうなったら何が何でも登りきって見せる」
けれども、階段の途中で鉄格子に一人の少年を見た。
幽閉でもされているのだろうか?
夜色の髪の毛、青いビー玉みたいな目、滑らかな肌、人形のように整った顔立ち、幼さとかわいさがにじむ受けの男の子。小説のメインヒーローになれそうな美少年がいた。
彼は、景色でも見るように興味がなさそうな様子で私を見ていた。
普通、助けでも求めないか?おかしいな。
もしも、ここで私が死にかけたら何かしらアクションを起こすだろう。
「死んでやる」
そう言ってチラリと少年を見た。
しかし、彼は何の反応も示さない。まるでロボットのように冷たい目で私を見ていた。
「ちょっと待った。キラキラとした光り輝く未来を持つかわいい女の子が自殺しようとしているのよ。止めなさいよ」
「でも、死にたいなら死ねばいいと思うけど」
少年は棒読みでそう言った。まるで感情のない声だ。
人間失格と呼ぶことにしようかしら。
「な、何て冷たいことを。私は傷ついているかよわい女の子だから慰めなさい」
「慰めるってどうすればいいの?」
「そうね。私の小説を読んで褒めなさいよ。褒め称えなさい。
……感動して欲しいの。笑ってほしいの。
すごい小説に出会えたって満足して欲しいの」
「そんな難しいことは僕には無理そうだ」
なんて心の冷たい少年だろうか。
しかし、私は負けなかった。
「いいから、読みなさい。これは命令よ」
そう言って鉄格子から、私の小説を差し出した。
少年は、黙々と読み続けた。
一時間くらいしたら読み終わったらしい。
顔をあげて質問してきた。
「ねえ、どうしてクリスティーナの小説では男の人達が絡み合ってばかりなの?」
「そ、それが常識よ。小説とは本来そういうものなのよ」
私は堂々と嘘をついた。『嘘をつくなら大きな嘘をつけ。大衆はそれを見破れない』という言葉を聞いたことがある。案外見破られないものだ。大成功だわ。
「そうか。勉強になった」
……何だろう、この罪悪感。
私は悪くないわ。
「私の書いた小説はおもしろい?」
おもしろい?おもしろいと言って。おもしろいと言いなさい。
もっと読みたいと目を輝かせなさい。私の信者となるのよ。
「わからない」
少年は、棒読み口調でそう言った。
「え……」
ノワールは、呟いた。
「僕、わかんない」
降り始めた雨のようにポツリと呟いた。
そして大雨のように止まることなく語りだした。
「面白いとか面白くないとかわからない。美しいとか醜いとかわからない。好きとか嫌いとかわからない。愛しているとか、憎いとかわからない。楽しいとか楽しくないとかわからない。生きている意味とか死んでいく意味とかわからない。人を愛する理由とか人を殺してはいけない理由とかわからない。生きたいとか死にたいとかわからない。悲しいとか嬉しいと意味わからない。幸せや不幸がわからない。怖いとか恐ろしいとかわからない。劣等感とか優越感とかわからない。好きなこととか嫌いなこととかはない。やりたいこととか欲しいものとかない。大事な人とか殺したい人とかいない。勝ちたいとか悔しいとかわからない。がんばりたいとかめんどうくさいとかわからない。嫉妬とか憧れとかわからない。おいしいとかまずいとかわからない。孤独とか寂しいとかわからない。会いたいとか恋とかわからない」
ノワールって……こんなにしゃべることができたんだ。
彼の虚ろで生気を帯びていない黒い闇のような目が怖かった。
まるで彼は人間というよりも化け物みたいだ。
「僕は何もわからない。感情もない。頭がおかしい狂った人間だ。いや、こんな奴人間ですらない」
彼は自分を否定した。
けれども、きっと自分を否定する意味すらわからないのだろう。
「手を出して」
彼は言われた通り鉄格子から手を伸ばした。
私は、その手を握り締めた。
「じゃあ、温かいならわかる?」
彼の手はとても冷たかった。
きっと、ノワールには私の手は温かく感じられただろう。
彼はうなずいた。
「うん……。君の手は温かい」
次に私は彼の手を思い切りつねった。こ、これは断じてストレス発散ではない。
全てはノワールのためだ。愛の鞭だ。
しかし、ノワールは私を見ても怒らなかった。
宝石のようなまっすぐとした綺麗な瞳で、彼は私を見た。
私は、そんな彼に堂々としながら話しかけた。
「痛いならわかる?」
彼は、頷いた。
だから、私は彼を肯定することにした。
「それなら大丈夫よ。あなたは、人間よ。
いつか恋をするかもしれないし、しないかもしれない。
誰かに執着するかもしれないし、しないかもしれない。
ノワール。あなたはきっと、自分が考えている以上に温かい人間だわ」
もちろん体温じゃなくて心がという意味で。
そう言って私は、微笑んだ。
少年は、冷たい瞳で私を見ていた。
ふと思いついた言葉を口に出してみる。
「あなたは、夜の夢にいるのよ」
「夜の夢?」
「うん。夢を見ているの。誰も見たことのないような暗い夢を。
夢を見ている間は、私は思考することができない。それと同じようなことよ。
あなたはきっとわからないまま与えられる感情だけを眺めながら生きているの」
小説家志望だった私は、かっこつけてノワールに向かってそう言った。
くっ。今の私のセリフは、詩的だわ。やっぱり私には、才能があるに違いないわ。
「よし、私があなたの夜の夢を覚まさせてあげるわ。
あなたにおもしろい小説をいっぱい教えてあげる。そうすればあなたは感動することができると思う」
そしていつかはそんな私に洗脳されて、あなたはBLの世界へと足を踏み出すのよ!
まあ、私は何て素晴らしい策略家でしょう。
……。




