I never had any friend.
午後10時。
未だ眠らない繁華街の中を麻利亜はおぼつかない足取りで歩いていた。
真希と美沙の交通事故が麻利亜に与えた衝撃はとてつもないものだった。しかも真希は意識が戻っていないという。
どうしてこんなことになったのか。どうしてこんなことになってしまったのか。
自分は呪われていると思っていた。いつか白馬の王子様が助けにきてくれると思っていた。真希がそうなのかもしれないと思っていた。でも。
結局、それは思い違いだった。2人がこんなことになったのは、きっと自分にかけられた呪いのせいだ。自分と親しくしたものは皆、遠くへ行ってしまう。真希も例外ではなかった。
どうしていいか分からなかった。もうどうしようもなかった。フラフラと人混みを縫う麻利亜の姿を気にとめるものはいなかった。ここは何でもありの夜の街。客引きの男性もいればコスプレをした女性もいる。違法な取引が行われているという噂もある。夜は危険だから近づかないようにと学校で何度も念を押されている。
麻利亜がわざわざここを訪れたのは何故なのか、自分でも分からなかった。ここなら自分を変えてくれる何かがあると思ったのかもしれない。
ネオンサイン、人々の喧噪、扇情的な看板、甘ったるいアルコールの臭い。
「ねえ、そこのキミ」
ふと声がした。視線をやると建物の隙間に誰かがいる。
「可愛いね。どうしたの? 失恋でもした?」
数歩歩み寄ると、そこに佇むのは20代と思われる男だった。ホスト崩れの風貌に、思わず身を堅くする。
「ここだけの話なんだけど、ダイエットに興味ない? もうちょっと痩せれば、もっと可愛くなると思うんだけど」
そう男が耳打ちしてくる。そして懐から何かを取り出した。透明な小袋に錠剤がいくつか入っている。
「これ、知り合いからもらったんだけどさ、俺は要らないから君にあげるよ。飲むだけで楽して痩せられるんだってさ」
麻利亜はしばし逡巡の後、無言でそれを受け取った。
「また欲しくなったらここに来てよ。いつもこの辺にいるからさ」
男はそう言って姿を消した。麻利亜は手の中にあるものをじっと見つめ、ポケットに入れて歩きだした。
両親に気づかれないよう、窓から自分の部屋に戻る。寝間着に着替えると、先ほどの錠剤を取り出して眺める。
馬鹿馬鹿しい。これがやせ薬のはずがない。いや、ある意味は正しいかもしれないが、それを目的に配っているわけではない。
これは、乱用薬物だ。LSDかMDMAか、はたまた覚醒剤か脱法ドラッグか、見た目からは断定はできないが、いずれにしろ飲めば待っているのは、破滅。
恐らく最初は気分が悪くなる。しかし2回3回と続けるうちに多幸感や幻覚が現れるようになる。反面、薬が切れれば強い脱力感や焦燥感に襲われ、薬無しにはいられなくなる。向こうも最初はタダ同然で薬を渡し、依存性が形成されたところを見計らってどんどん値をつり上げる。中毒者は薬のない状態に耐えられないから、言い値で買う。そのうち所持金が無くなっても買わないわけにはいかないから、金を得るために非行や犯罪に走る。そうなればもう泥沼だ。取り返しはつかないし、仮に保護されて治療を受けたとしても思考力の低下やフラッシュバックといった重い後遺症が残る。錯乱して、もしくは現状に耐えられず自ら命を絶つものも多い。犯罪に巻き込まれて命を落とすことだってある。何も良いことはない。麻利亜はそれを充分すぎるほど分かっているつもりだった。
それでも。
麻利亜は錠剤をじっと見つめる。
それでも、今はもう既にどうにかなりそうだった。真希と美沙が事故にあったという事実から、自分が呪われているという思いから、現実から、目を逸らしたかった。この苦しみから逃れられるなら、後はもうどうなってもいい気がした。
頭の中で2つの気持ちがぶつかり合う。飲めばオシマイなのは事実。でも飲めば一時的にでも忘れられるのも事実だ。
「どうしたら…いいのよ…」
麻利亜は絞り出すように呟く。
「誰か…助けてよ…!」
――友達なんていなかった――




