I'd do anything for a friend.
「みんなー、ちょっと聞いてー」
朝のホームルームで、美沙が手を挙げた。真希と2人で教壇に上がる。
「さてさて、これは何でしょう?」
「学校に来たら、私たちの机の中に入ってたの」
美沙はそう言って手紙を掲げる。打ち合わせに忠実だ。クラスがどよめいた。
「『これは不幸の手紙です。これを受け取ったあなたには呪いがかかります。近いうちにあなたは死ぬかもしれません。呪いを解く方法はただ一つ。この手紙の文面を変えずに、3通を同じクラスの女子に回すことです。この手紙を破いたり、文面を変えた手紙を出したなら、呪いは一生消えなくなります。手紙を出す期限はありません。ただし、早く出さないと命の保証はありません』だってさ」
「私のも、全くおんなじ」
「みんな、コレ、どう思う?」
「馬鹿だよねー」
「幼稚だよね。ヨ・ウ・チ」
「誰か信じると思ってるのかねー」
どっと笑う生徒一同。その一瞬で、真希は全員の顔を見渡した。
犯人はある程度絞り込むことができる。まず、机の中に入っていたこと。犯人が手紙を忍ばせる機会があったのは昨日の放課後か今日の早朝。しかし別のクラスの人間なら、万が一現場を目撃されたら言い訳がつかない。それなら下駄箱に入れたほうがずっとリスクは少ない。それをしなかったのは、犯人が同じクラスにいるから。同じクラスなら真希の机に近寄っても大して怪しまれないし、一瞬で済むとは言え不特定多数に目撃される可能性のある下駄箱よりリスクは少ない。そして、犯人ならここまでコケにされて皆と一緒に笑っていられるはずがない。つまり、今笑っていないやつが容疑者だ。
犯人候補は麻利亜を除いて9人。さらに真希はふるいにかける。
綿原は除外していいだろう。こんな卑劣なことをするのは真希に直に向かってこれない臆病者に決まっているが、綿原はそれすらできないほど弱い。野木はホームルームの前から寝ているようだし、笑わないのがクールだと勘違いしている馬鹿男子が2人。こいつらは益にもならないが害にもならない。
「てわけで、私はこんな手紙は信じません」
「みんなも、手紙が来ても無視してね。それが一番」
席に戻ると、教師が思い出したようにどうでもいいことを二言三言話してホームルームは終わった。真希はほくそ笑む。
残るは5人。彼らをマークしていれば、そのうち何らかの行動を起こすだろう。そのときが、私に歯向かうとどうなるのかを思い知るときだ。
不幸の手紙の受け取り方は三者三様だった。麻利亜は呪いを恐れていた。真希と美沙のパフォーマンスの後も、恐怖が消えることはなかった。手紙を捨てた2人を非難し、警告し、今からでも遅くはないと懇願するのだった。その度に真希の苛立ちは募った。マークした人間を常に観察し、犯人が分かった暁にはすべてぶちまけてやろうと、黒い怒りを熟成させていた。そして美沙は、その2人を見て考えていた。
麻利亜は呪いにおびえている。真希は呪いに憤っている。助けなくちゃ。私が助けなくちゃ。いつも助けてくれる真希ちゃんを、眞子を救ってくれた麻利亜ちゃんを。そのために、私は何をすればいいんだろう。
美沙がその考えに至ったのは、その日の下校途中だった。麻利亜と別れ、真希と2人で自転車で走っていたときだった。
…そっか。
美沙は思いついた。思いついてしまった。
父の暴力を美沙は引き受けた。その結果、母と眞子が父の暴力に晒されることはなかった。
なら、今回もそうなのではないか。
私が呪いを引き受ければ2人は呪いから開放されるのではないか。
うん、きっとそうだ。
ワタシガキズツケバ、マキチャントマリアチャンヲタスケラレルンダ。
「美沙っ!!!」
真希が気づいたときにはもう遅かった。美沙は突然ハンドルを切ると、車道に飛び出した。とっさに駆け寄る真希。眼前に迫るトラック。耳をつんざくようなブレーキ音。回転する視界。そして――
美沙の意識は、そこで途切れた。
「それ」は、対外的には事故ということで処理された。トラックの運転手が支払ったとされる金は全て崎本家が裏で回したものだった。現場を検証した警察官と目撃者は口止め料を渡された。子どもが自殺しようとしたことを親が世間に隠したい心情は理解できないこともないから、敢えて反発する者はいなかった。
「馬鹿じゃないの、何考えてるの!?」
ただ一人、眞子だけは憤った。彼女に真実は知らされなかったが、大方真希を庇いでもしたのだろうと予想がついたし、そうでなくとも交通事故で大怪我なんて人騒がせなことはしてほしくなかった。
「えへへ、ごめんね」
病室のベッドに横たわる美沙は気分を害した様子もなく、いつもの調子で応じた。それがますます眞子の怒りをかき立てる。
「そんなんで誰かを救ったつもりにでもなってるの!? 迷惑だし、無意味なんだよ! そんなんだから姉貴は弱いままなんだよ!」
眞子がいくら怒鳴っても、美沙は意に介さない。そんなことは今までの経験から分かっていた。でも、言わずにはいられなかった。
「いい加減にしろよ! いい加減気づけよ! どれだけ真希姉さんを傷つければ気が済むんだよ! 今だって、あんたのせいで…っ」
突然美沙の手が眞子の腕をつかんだ。思いがけない強い力に眞子はたじろぐ。
「今…何て言ったの…?」
美沙の顔からいつもの虚ろな笑顔が消えていた。どこか呆けたようで、その両目は真っ直ぐ眞子を射抜いていた。その表情は、妹の眞子でさえ見たことがなかった。
「真希ちゃんが…どうしたの…!?」
病床の中で、美沙は困惑していた。
どうして?
どうして私がこんな怪我を負ったというのに、真希はもっと酷いことになっているのだろう。
私が傷つけば、真希も麻利亜も解放されるはずではなかったのか。
今までこんなことはなかった。美沙が殴られれば母も眞子も父ですらも救われた。眞子が毒草を食べたときも、腕を切ったら真希と麻利亜が現れてくれた。今回が例外なはずはない。
「まだ…足りないのかな…」
美沙の呟きは闇の中へ溶け、誰にも聞かれることはなかった。
――友達のためなら何だって――




