Any friend of hers is a friend of mine.
崎本美沙は、幼い頃から自我の弱い子供だった。感情がはっきりせず、自分の意見を言うことはほとんどなかった。いつも真希に盲目的に付き従い、真希の意見を自らの意見としていた。真希が喜べばともに喜び、真希が悲しめばともに悲しんだ。
いつだって真希ちゃんは正しい。私は真希ちゃんの言うとおりにしていればいい。真希ちゃんの望むようにしていればいい。美沙の大切な人の幸せが、美沙の幸せだから。真希が喜んでくれなければ、美沙は幸せになれないから。
私はお雛様。みんなの苦しみや悲しみを一心に受ける人形。みんなを幸せにするために、私は存在している。
美沙の父親は平凡だけれど真面目な人だった。小さな会社で事務仕事をこつこつと続けていた。美沙の母親は富豪の令嬢で、勘当同然で結婚した。美沙が生まれてからは少し軟化したようで、時々祖父母に会うことはあったが、絶対に父は同席を許されなかった。そしていつも美沙は言われた。本当ならおまえはもっと良い暮らしをしているはずなのに、あんな男を父に持ってしまったために苦労をかけてすまないと。
不況の中で父の会社は人員削減に乗り出した。有り体に言えば、父はリストラされたのだ。再就職先を探すにも、特筆すべき能力や資格もなく、将来性のない中年にただでさえ少ない求人枠に入ることは難しく、父はしばらく安い短期のアルバイトに甘んじていた。
もちろんそれを母の両親が許すはずもなく、そんな甲斐性のない男とは別れろと毎日のように言われた。日増しに父は精神的に追いつめられ、現実から逃げるために酒に溺れるようになった。酔った父は別人のようだった。普段は温厚な父が家族に罵声を浴びせ、暴力を振るい、死んでやると喚き散らす。
ある時美沙は気づいてしまった。自分が逃げればその分母と眞子に矛先が行くことに。逆に自分が殴られればその分母と眞子が傷つかないことに。
痛みなんてどうでもよかった。それが目立つところにできなければ、誰にも気づかれなければ、いくら怪我をしたって構わなかった。バレてしまえば、きっと父は警察に捕まるだろう。そうしたら余計に父は追い込まれることになる。美沙は母と眞子だけじゃない、父も守りたかった。
美沙には分かっている。父だって本当はこんなこと、したくないのだ。その証拠に、父の酔いが醒めると、まず決まって美沙に謝る。泣いて許しを乞う。だから美沙は許すのだ。父は本当は家族を愛しているのだ。美沙も家族を愛している。父を愛している。だから、美沙が傷つくことで父の気が紛れるなら、母や眞子が傷つかないで済むのなら。私は喜んで、この身を差しだそう。
それが、私の幸せだから。
時々美沙は分からなくなる。自分が本当に生きているのか。現実味が無くなる。そんなとき、美沙は腕に刃を当てる。手首だと人に見られたとき心配されるから、肘の内側に。力を加えず、すっと横に引く。冷たい痛みが走り、後を追うように赤い線が現れる。美沙はそこに舌を這わせる。鉄の味。血の味。命の味。
背中の痣は、幸せの証。左肩の瘡蓋は、愛情の証。
ああ、私は、生きているんだ。
「真希…!」
ある日の朝、真希と美沙が教室に入ると、麻利亜が思いつめた顔で駆け寄ってきた。手に何か便箋のようなものを持っている。
真希は無言でそれを受け取った。美沙も横から覗き込む。
そこには、こう書かれてあった。
『これは不幸の手紙です。これを受け取ったあなたには呪いがかかります。近いうちにあなたは死ぬかもしれません。呪いを解く方法はただ一つ。この手紙の文面を変えずに、3通を同じクラスの女子に回すことです。この手紙を破いたり、文面を変えた手紙を出したなら、呪いは一生消えなくなります。手紙を出す期限はありません。ただし、早く出さないと命の保証はありません』
「どうしよう…呪われるって…どうしよう…!」
麻利亜は酷く狼狽していた。普段は冷静なくせに、占いや呪いとなると途端に真に受けてしまう。
「ただのいたずら。気にしたら負けでしょ、こんなもの」
真希はそう言って手紙を破こうとしたが、麻利亜に押さえられる。
「駄目! 破いたら呪いが…」
「…勝手にすれば」
もう構わないことにした。手紙を放り出し、自分の席に座る。
と、机の中に覚えの無い物が入っていた。
「真希ちゃん、真希ちゃん」
同時に美沙が何かを持ってやってくる。ただ、麻利亜とは違い、むしろ楽しそうに見えた。
「机の中に、こんなのがあったの」
「…奇遇だね、私もだよ」
封筒を開ける。中身は、麻利亜に見せられたそれとまったく同じものだった。
…面白い。
真希は心の中で口の端を歪めた。
不幸の手紙が入っていたのは真希、美沙、麻利亜の3人だけのようだった。無差別とは考えにくい。これは自分たちへの宣戦布告だ。
麻利亜は気味悪がられているとは言え、関わらなければ無害な存在だ。いつも真希に追従しているだけの美沙も積極的な悪意を向けられるとは考えにくい。となれば、一番のターゲットは真希だろう。真希はその苛烈な性格ゆえに多くの生徒から支持を集めているが、その分敵も多い。犯人を特定するのは難しいだろう。だが、何も反応を返さないのもビビッていると思われそうで癪だった。なら、どうするか。
「…上等だ」
真希は低くそう呟いた。私がこの程度の脅しに乗るとでも思っているのか。後悔させてやる。下手な考えで私を挑発したことを。
「どうする? どうするの?」
美沙は楽しそうに小首を傾げた。
――彼女の友達は私の友達――




