A friend in need is a friend indeed.
丹木南高校入学式の朝、麻利亜はタロットカードを3枚並べた。これから3年間の高校生活がどうなるか。そう念じながらカードをめくる。
1枚目は塔のカードだった。意味するものは崩壊。あの出来事は友情とともに麻利亜の人生観を崩壊させた。
続いて出たのは節制のカード。上下が逆さまだ。現状の変化を表しているのだろう。
最後が審判のカード。
…はて。麻利亜は本棚から1冊の書物を取り出し紙を繰る。
忘れたというよりは確認したかったというほうが正しい。どうも曖昧模糊としていて、掴めなかったのだ。
ページを開く。頭の中と同じ文字が、そこには記されていた。
「未来はあなたの手に」
式は滞り無く終了した。困ることもなかったが楽しいこともなかった。まあ、普通はそんなもんだろう。各クラスへ赴き、高校生活1番目のホームルームが続く。
「えーっと、伊武中学から来ました、相川綾乃です。好きなバンドは『ゴクラクチョウ』。ボッパーですって言ったら分かる人には分かるかな。よろしくお願いしまーす!」
出席番号1番の少女がそう自己紹介した。フランクな物言いに、緊張で凝り固まった教室の空気が多少ほぐれる。しかし麻利亜は彼女を恨めしげに見つめていた。
面倒なことをしてくれる。最初にこんな自己紹介をされては、後に続く全員にも同じようなことが要求されるではないか。麻利亜は笑顔を振りまくつもりもなかったし、無愛想な挨拶で皆を不快にさせたくもなかった。誰の記憶にも残らない、透明な自己紹介をしたかった。
麻利亜の番になった。立ち上がり、教室の前へ。声を発しようとしたその時。
「あーっ!」
素っ頓狂な声があがった。声の主を認めて麻利亜は驚く。そこには笑顔で手を振る美沙がいた。教室がわずかにざわめく。麻利亜は恥ずかしさのあまり何を喋ったか全く覚えていなかった。
自己紹介が進み、麻利亜はさらに驚く。崎本美沙と鶴羽真希、先日の毒草の一件で出会った2人がそこにいた。まさか同じクラスになるとは。しかし麻利亜はそれを快く思わなかった。自分のことを知られている。それは非常に麻利亜にとって恐ろしいことだった。
クラス全員の自己紹介が終わる。最後は綿原とかいう気の弱そうな少女だった。オドオドとしていて、常に相手の顔色を窺っているような態度がひどく気に障った。それが同族嫌悪に近いものであることを麻利亜は認めたくなかった。自分はもう違う。好くことと嫌われることとのジレンマに悩むことはない。みっともない姿を晒すことなんて無い。もう、諦めたから。
そのつもりだった。
「ねえねえ、ねえねえ!」
ホームルームが終わった途端、麻利亜の肩を叩くものがいた。美沙だった。傍らには真希もいる。
「麻利亜ちゃんって言うんだね。私のことはミサって呼んでね。で、こっちが真希ちゃん」
美沙は笑顔で麻利亜に話しかけ、先日の礼を言った。あの後トイレに行きっぱなしで大変だったよーと笑った。とてもあのときの硬直少女と同一人物とは思えない。麻利亜が呆然としている間に、美沙の話はどんどん進んでいった。
「ね、麻利亜ちゃん、お友達になろうよ。私、麻利亜ちゃんのこと大好きだから、さ。いいよね、真希ちゃん?」
「…勝手にすれば」
美沙が話を振ると真希は目をそらす。美沙はクスクスと笑って麻利亜に耳打ちした。
「真希ちゃんがああ言う時ってね、賛成ってことなんだよ」
麻利亜も笑いそうになる。心に暖かいものが流れ込む気がした。しかし、途端に警鐘が鳴る。
駄目だ。近づくな。傷つきたくない。裏切られたくない。壊れるような関係を作りたくない。
麻利亜は美沙の手を振り払った。
「私に…構わないで…」
机に顔を伏せ、頭を抱える。それでもなお美沙の顔が近くに寄る気配がしたので、麻利亜は叫んだ。
「いいからあっちに行ってよ!」
教室が静まり返った。担任が来るまで、麻利亜は顔を上げなかった。
「ちょっと、何のつもり?」
真希が話しかけてきたのは放課後だった。美沙とは違って、その口調は攻撃的だ。
「あの子は傷つきやすいんだ。あんたには感謝してる。でも、あからさまに突き放すような態度をとられるとムカつくね」
麻利亜は心の中で溜息をついた。先日の一件からも分かってた。この2人には強固な絆がある。自分の持っていないつながり。それが羨ましかった。妬ましかった。きっと彼女らは、裏切られたことなどないのだろう。
「…分かったわ」
麻利亜は笑った。冷たい笑みであることが自分でも分かった。
「うちにいらっしゃい」
扉が少しだけ開いて、麻利亜が顔をのぞかせる。そして、応接間でくつろいでいる真希に声をかけた。
「入って」
言われたとおり、真希は扉を開けた。麻利亜の姿が、麻利亜の部屋が、その眼に飛び込んでくる。
「…!?」
真希はその場に立ち尽くした。それを見て麻利亜は歪んだ笑みを形作った。
黒を基調とした広めの部屋。裕福なのだろうか、ベッドや机などの家具にはどこかしら気品が感じられる。天井の蛍光灯にはレースのカバー。大きな窓が一つあり、他の壁には本棚が並んでいる。
そう、本棚だ。並べられた本の背表紙の文字を真希は読みとる。薬物、劇物、毒物。占星術、タロット、血液型占い、呪術。オカルティックな言葉が踊っていた。そしてその前にたたずむ麻利亜の格好はあまりにも現実離れしていた。フリルのついたカチューシャ、厚く塗られたアイライン、人形のようなドレス。ゴシックロリータと言っただろうか。
これが麻利亜の趣味だった。自分に呪いがかかっていると気づいてから、麻利亜は呪術的要素に興味を抱くようになった。次第にその趣味はひどく偏った、マニアックなものになっていった。麻利亜と親しくなったものは皆、その一面に気づくと傍を離れていった。呪いを解くための没頭が、逆に呪いを深めていった。でもそれを麻利亜はジレンマだとは思わなかった。アタシは、呪われているんだ。人に嫌われる呪い。だからきっと、真希だって。
その驚く顔が見たかった。真希を裏切りたかった。失望させたかった。不用意に他人の奥深くまで踏み入れたらどうなるのか、思い知らせたかった。それで自分が傷つこうが、どうでもよかった。そう思っていた。
でも、今になって思う。これでよかったのか?
これでいい。求めようとするから傷付く。自分から捨ててしまえば、耐えられないものじゃない。
そのはずなのに。これでいいはずなのに。どうしてアタシはこんなにも――
「…ク…」
それは最初、自分の喉から発せられた音だと思った。しかしその音が大きくなるにつれて、真希の声だということに気づく。やがて真希はこらえきれないかのように笑いながら麻利亜の肩をバシバシと叩いた。
「気に入った! 気に入ったよ、アンタ」
真希はそう言ってニヤリと笑う。その顔に先程と違ったものは何も無かった。
「よし決めた。アンタ、私の仲間になれ」
「…へ?」
麻利亜は目尻の涙を拭うことも忘れ、ポカンと真希を見た。真希はそれを見て眉をひそめる。
「何だよ、不満かよ」
「い、いや…意味がよく…」
「意味なんか分かんなくていいんだよ」
「そんなっ!?」
麻利亜は混乱する。分からない。目の前の人物が何を考えているのか、何を思っているのか。今までこんなことは一度も無かった。誰もが麻利亜の嗜好を知れば、次の瞬間から距離を置くようになる。そのはずだったのに。
「…どうして…気味悪がらないの…?」
考えられない。自分が異常だと気づいているからこそ、真希の態度が理解できない。真希も同じ趣味を持っている? そうでなかったら、何かに取り憑かれているとしか考えられない。そう思って発した台詞に、真希はますます眉間の皺を深めた。
「じゃあ何? アンタは私がドン引きすれば満足なわけ? そっちのほうがずっと趣味悪いっつーの。露悪趣味なの?」
「…」
「あんたは美沙と眞子を助けてくれた。きっとまたあんたの力が必要になることがある。誰にでもできることなら、その時になってその辺から適当に引っ張り出せばいいけど、アンタはそうはいかないからね」
あの時のタロット占いを思い出す。未来のカードは「恋人」。運命の人との出会い。これは、単に異性だけを示すものではない。
自分は呪われていると思ってきた。いつか白馬の王子様が現れて呪いを解いてくれると信じてきた。もしかしたら、真希がそうなのかもしれない。
「…ねえ、真希」
信じてみよう。そう決めて、麻利亜は真希に笑いかけた。
「あなたもこれ、着てみない? きっと似合うと思うのだけれど」
「イヤだ」
真希は笑顔で即答した。
――急場の友こそ真の友――




