第98話 少女が残した微笑み
誰にも見えなかった少女。
しかし、その一瞬の出会いは、主人公の心に小さな波紋を残しました。
その微笑みには、まだ誰も知らない意味が隠されています。
主人公は、しばらく空を見つめたまま動けなかった。
青空には雲がゆっくりと流れている。
先ほどまで確かに見えていた少女の姿は、もうどこにもなかった。
「……夢じゃねぇよな。」
思わず漏れた独り言。
失敗作が肩を叩く。
「おい、大丈夫か?」
主人公はゆっくり振り返る。
「女の子がいた。」
その一言に、全員が顔を見合わせた。
「女の子?」
教育係が優しく問いかける。
「どんな子でした?」
主人公は目を閉じ、記憶を辿る。
「白い服を着てた。」
「歳は……十歳くらいか。」
「笑ってた。」
「ただ、それだけなんだ。」
E-01が即座に解析を始める。
「周辺映像を照合。」
数秒後。
「該当データなし。」
《アーク・ガーディアン》統合管理AIも同じ結果を示した。
「私の記録にも存在しません。」
主人公は苦笑する。
「じゃあ、本当に疲れてんのか。」
その時だった。
老人――大富豪が静かに主人公を見つめる。
「いや。」
「君は見たんだろう。」
主人公が頷く。
「見た。」
老人は遠くの空を見上げる。
「昔……私も似た話を聞いたことがある。」
全員が老人へ視線を向ける。
「人は人生の分岐点に立つ時。」
「世界そのものが、小さな奇跡を見せることがある、と。」
教育係が驚く。
「そんな話が?」
老人は小さく笑った。
「昔話だ。」
「誰も信じなかった。」
主人公はポケットの黒糖飴を握りしめる。
「奇跡、か。」
その甘い香りが、ふわりと漂う。
すると。
風が止んだ。
街中の音が、一瞬だけ消える。
静寂。
その中で。
主人公の耳元に、小さな声が届いた。
『ありがとう。』
それは幼い少女の声だった。
主人公は勢いよく振り返る。
「誰だ!」
しかし。
そこには誰もいない。
静寂はすぐに終わり、人々の笑い声や足音が戻ってくる。
失敗作が首を傾げた。
「急に大声出すなよ。」
主人公は戸惑いながら周囲を見回す。
「今……聞こえたんだ。」
「『ありがとう』って。」
E-01は即座に音声記録を確認する。
「該当音声なし。」
AIも同じ答えを返した。
「記録されていません。」
主人公は黒糖飴を見つめる。
「俺だけ……聞こえたのか。」
《アーク・ガーディアン》統合管理AIは静かに主人公を見つめた。
「可能性があります。」
「あなた自身が、世界と何らかの共鳴を始めています。」
「共鳴?」
「はい。」
「その理由は、まだ分かりません。」
主人公は黒糖飴をそっとポケットへ戻した。
空を見上げる。
青空は、どこまでも穏やかだった。
だが、その穏やかさの奥で。
世界は確かに、新しい鼓動を刻み始めていた。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
主人公だけに見え、主人公だけに聞こえた少女の存在。
それは偶然なのか、それとも世界が選んだ必然なのか。
少しずつ、物語は新たな真実へ近づいていきます。
次回もよろしくお願いいたします。




