魔王との戦い
石畳の闘技場で冒険者装備の私と、魔王装備のオルディアは真っ向から向かい合う。
会場に半円形の結界を張ったオルディアは、手にした神官の杖をこつりと一度、音を立てて突いた。
「試合の細かなルールは全て人間界と同じ、闘争神ベルゼルの定め通りとする。
審判はティーカーに頼めるか、ルネを膝に寝かせたままでも出来るからな」
「おうよっ、任せろ!」
私も理解したから頷くと、ルネの頭を撫でたティーカーが右手を静かに掲げて、私たちに目を向ける。
「それじゃあ、フルルとオルディアの対決……開始だっ」
手が振り下ろされる。
同時に、オルディアに向けて踏み込んだ!
「っ!? 体が……っ重……っ?!」
途端。
全身を押しつぶすような圧力がのしかかった。
勢いそのまま膝をついた私の前へ、オルディアは平然と歩み寄ってくる。
「なっ、なに、これ……っ、体が地面に吸い付いたみたい、に、持ち上がらないんだけど!?」
「グラビティダウン――僕が作った、重力を操る魔法だ。
スライムの王たちを封じ込めるのにも使ったから、フルルも見たことはあるはずだ」
「そっか……偽物たちが結界内で立ち上がれなくなってた魔法、これかっ!」
離脱のため、私も風魔法を使った。
……けど、不発。オルディアの部屋にいるみたいに無効化されて、まったく発現しないんだけど!?
魔王は重力に逆らって立とうとする勇者の前に跪いて、微笑んでいる。
「空間自体に魔封じもさせてもらった。
聖剣では僕の防御を破れないから、振っても意味はないぞ……さて、ここからどうやって戦う?」
「うっ、くぅっ、剣も魔法も駄目とか、城に捕まってたときと同じ、状況……っ……はぁ、はぁ……っ」
まずい、強まる圧力のせいで息もしづらくなってきた。
一矢報いたくて考えてるのに、酸欠で思考がぼやけるとか、オルディアここまで考えてるのかな……!?
「そろそろ敗北宣言を。負荷で辛くなってきたはずだ」
「だ、れが……っ負けない、勇者は誰が相手であっても、負けないんだ……っ」
「僕とならいつでも戦えるから、あまり無茶をして欲しくない。
僕もこれ以上フルルを傷つけたくない……だから今日は大人しく、諦めてほしい」
オルディアが顔を近づけて、耳元で囁いた。
「ほら、降参だと口にしろ、勇者フルル……それとも、まだ奥の手を残しているのか」
鼓膜に涼やかな声が響くだけで、魅了効果のせいで力が抜けそうになる。
咄嗟に魅了対抗したけど、状態異常が解けても体がさっきよりも沈み込んでる。
……そうだ、道具袋に入ってる魔封じの札なら、一度だけ魔法解除できる。
聖剣に頼らなくても、私なら絞め技で組み付ける。
必死に勝ち筋を探りながら体勢を保ってたら……ほっぺにちゅ、ちゅ、ってキスされ始めた。
――って、キス!?
「ね、ちょっとっ、それ卑怯だからっ……ぅぁ、耳までっ、……っく、くすぐったいってばぁっ……こらぁっ、ルネがいるから、これ以上は駄目ぇっ!」
「ルネなら先ほどから眠っている。見ているのはティーカーだけだ。
ほら……早く負けを認めないと、好き放題してしまうぞ」
重い顎を簡単に持ち上げられて、目を見張る私に綺麗な顔が近づく。
――ちゅっ。
頬とも唇とも取れる場所が、音を立てて吸われた。
真っ赤になる私の前で、オルディアは銀の髪を揺らして、深緑の瞳で私を真っ直ぐ見つめてる。
「僕も闘技大会を調べたが、女性闘士が降参するまで組みついて、体を弄った選手が実際にいたらしいな。
ただ男性闘士は寝技とやらの使い手で、会場はかなり盛り上がったんだろう? ……僕も淫魔らしく戦ってみようか」
オルディアが指を鳴らす。
すると、暗闇の帷が周囲に降りた。
「これでルネにも見えないな。
……まるで世界に二人きり……夜に、僕の部屋にいるみたいだ」
薄暗い空間の中で魔王の手が、下向きになった私の胸に伸びた。
布越しに、乳房がふんわり包まれて……戦闘中とは思えない動作が始まって、歯噛みしながらも呼吸が乱れた。
「ほら、フルル。降参は?」
楽しそうな魔王が、勇者の体をさらに弄ぶ。
勇者フルル――私には魔王にどう勝つかよりも、大事なことがある。
ルネに。
お姉ちゃんの変な声なんて、聴かせてなるものかっっ!!
「こっ、降参っ、ティーカー、降参するっ! 降参するからオルディアも終わりにしてぇっ」
勇者フルルは、惜しげもなく叫んだ。
途端に重力から解き放たれた体が、勢い余ってオルディアの腕の中に突進する。
飛び込んだ私はギュッと抱きしめられて、暗闇の帷が消えた先ではルネを膝枕したままのティーカーが手を上げる姿が見えた。
「勝者、オルディア! ……ん、なんでフルルとオルディア抱き合ってるんだ? 何も見えなかったけどフルルが叫んでたから、決着でいいんだよな?」
「もちろん。勝敗はついた」
審判の宣告を受けて、四方を囲ってた神の結界も消えていく。
……自重の何倍もの力がかかってたみたいで、ちょっとだけ全身の筋力が上がった気がする。
ルネの頭を撫でたティーカーが、健闘を讃えるため親指を立ててみせた。顔が熱くてオルディアの腕の中から動けずにいたら、ご満悦の魔王に頭を撫でられてしまった。
「さすがオルディア、フルル相手に無傷で勝利だなっ」
「実は攻撃手段がほとんどないんだ。
決闘だろうと僕はフルルを傷つけたくないから……女性を辱めるのは良いことではないが、他に降参を引き出す方法が思いつかなかった。……フルル、許してほしい」
決闘でも相手を傷つけたくないなんて優しすぎる魔王に、悔しいけど頷いた。
審判だったティーカーが、自分の胸を得意げに示している。
「なあオルディア、次は俺にも戦わせてくれよ。
俺の方が筋力高いし、重力魔法が相手でもいい勝負出来ると思うぜ」
「……そう、だな……そこまで自信があるのなら、戦っても構わない。審判はフルルに頼もうか」
「うん、いいよ、任せてっ」
石畳に敷いた毛布にルネを寝かせたティーカーも、オルディアと戦うことになった。
闘技場に神の結界が張られたから、ルネの隣を引き継いだ私も「開始!」の声と共に手を振り下ろす。
「グラビティダウン」
――ティーカーは私と同じく身動き取れなくされてしまった。
あ、でもすごい、偽物よりは頑張って立とうとしてる。あの圧力かなり重いのに、ちょっとだけ盛り返してきた。
「ふっ、く……っおい嘘だろっ、さっき見たより強くなってないか!?」
「可変なんだ。今回はティーカーに合わせて重力を強めている」
うちの幼馴染、最強すぎる。
……でも筋力で対抗して歯を食いしばるティーカーに、オルディアはどうやって負けを認めさせるんだろう。
前に「囁くのは嫌だ」って言ってたし、体に触れたりなんてもってのほかのはず……なんて私も作戦を考えてたら、魔王は細い指をコートの内ポケットに入れて、中からペンを取り出した。
「昔、ティーカーが寝ている僕に猫の髭を描いたことがあったのを覚えているか?
同じ顔にするから、ぜひ鏡で見てほしい」
こっちも搦め手だった。
「うえっ待て待てお前、そんな昔のこと根に持ってたのかっ!?
……うわっ、くすぐったぁっ!?」
金髪碧眼の幼馴染は、端正な顔に絵を描かれ始めた。
ルネの隣で離れてる私からじゃ見えないけど、ティーカーの前に膝をつくオルディアは楽しそうに一本一本ヒゲを描き込んでいる。
「わかった降参っ、降参だってっ、おいフルル審判だろ、早く降参認めろよっ!?」
「んー……私も昔、寝てる間にティーカーに落書きされてて変な顔にされたことあるんだよね……オルディアが何描いてるかも気になるし、もうちょっとだけ待とうかな……」
「はぁ!? 審判がそれでいいのかよっ」
「うん。闘技大会は盛り上げるために、審判が意図的にカウント遅らせたりもするよ? だからアリ」
「だぁぁそうだった……! うわ何度もなぞるなオルディアっ、くすぐったいってのぉっ!?」
仲良しの幼馴染男子二人はこんな調子で、和気藹々と試合を続けた。
――結果、私は夕方まで猫ヒゲのティーカーと戦うことになったから、正面から見るたび危うく笑いそうになった。
でも平常心を保つ良い訓練になったから、たまにはいいかもしれないね。うん。




