譲れない
夜はオルディアに連絡して、魔王城に連れ帰ってもらった。
食堂でご飯を食べながら事情を話したけど、魔王は難しい顔してる。
「ガムルルの噂は聞いたことがある。人間が生み出す武術を好み、魔界でも腕試しを繰り返して楽しんでいる変わり者だ。
王城に住んでいるから騒ぎにならないよう後回しにしていたが……事情も聞いたし、僕がフルルの代わりに倒してこよう」
早速オルディアが椅子から立ち上がったから、私も慌てて飛び込むと服を掴んだ。
怪訝そうな顔してるけど、首を横に振る。
「一瞬で終わりそうだけど、それだと私が魔王に洗脳されてる説が終わらないよ。だめ」
「勇者フルルが倒すよう仕向けたことに変わりはない。
僕がフルルのために仲間として働いた、それだけのことだ」
「エンリケはオルディアが倒したら『魔族の仲間割れだ』とか言い出して絶対に納得しないよ。
これからルネが人間界で活動するためにも、勇者としての姿勢を示さなきゃ」
「……フルルが戦ったことで、なぜ『魔族であってもルネは許して良い』と証明されるんだ。僕には理解できない」
普段は温厚な魔王が反論する姿を見た給仕たちも戸惑ってるし、ルネとティーカーの食事の音も止まっちゃってる。
でも今にもオルディアは倒しにいきそうだから、真っ直ぐに幼馴染の顔を見上げた。
「魔王に洗脳されてる勇者なんて、命を賭けた死闘に勝てないと思ってるからだよ」
私は、危険を承知で戦いに行く。
ガムルルとは命の奪い合いになることも理解してる。
はっきり口にしたから、驚いて丸くなった幼馴染の深緑の瞳を見つめた。
「エンリケも最初からわかってる。
もし私がガムルルを倒しきれなくてもいい。聖騎士が囲んで倒せるくらいには弱るはず。
魔族に肩入れした勇者なんて、人間界にはいらない。どっちも倒せる最善の作戦が、闘技大会なんだ」
オルディアが歯を噛み締めたのが見えても、私が戦うんだって意志は変わらない。
だって……私も聖騎士の気持ちがわかるんだ。
「憎い魔族を信じるには理由がいる。騙されてるとしか思えない勇者の言うことなんて納得できない。
……でも、闘技大会でガムルルを倒せたら?
実力で悪い魔族を倒した勇者がそれでもルネを『仲間』として認めていれば、洗脳されて魔族に肩入れしてるわけじゃない、友好的な魔族もいるんだって話を聖騎士もわかってくれるはずだよ」
ガムルルから勝利を掴むには、生半可な努力じゃ足りない。
認めて欲しいなら、誰よりも苦労して実績を残せばいい……そうすれば聖騎士も勇者の判断を信じる。
そのつもりでお互いに出しあった譲歩案が、闘技大会なんだ。
「だからオルディアは倒しに行かないで。
ガムルルは私が倒して、ルネみたいに優しい魔族なら仲間にもなれる、そう聖女たちにも認めさせてみせる」
頬に指が触れた。
うつむく魔王は、銀の髪が他の誰からも表情を隠してる。
……オルディアは泣きそうな……苦しそうな顔で私を見ていた。
「……約束を忘れたのか。僕がフルルに命を賭けさせると思うのか」
「オルディア……」
「危険を冒さなくても聖騎士を納得させる方法はあるはずだ。
なのに……勇者だからと一人で全てを背負うつもりか」
オルディアが諭す言葉が胸を締め付ける。
……でも、もう決めたんだ。
立ちはだかる魔王を前に、私はひるまない。
オルディアが唇を噛んでも、決意を伝えるために唇を開いた。
「……?」
言葉よりも先にルネがやってきて、私の袖を引いた。
震える手が紙を渡したから、文字を読んだけど……うつむくルネの前に膝をついた。
「『なかまになってごめんなさい。もうやめます』って……どうしたの、ルネ!?」
目の前ではみるみる間に、幼い瞳に涙が溜まって溢れていく。
震える指が、紙に新しい文字を綴った。
『めいわく、かけたくない』
「どうして? 誰も迷惑なんて思ってないよ、……っ!?」
雨が降るみたいに、フクロウのブローチにもポタポタ涙が落ちていく。
――震える手が握りしめる魔法使いの服を、ルネは嬉しそうに着てくれた。
冒険の準備も上手くなって、お手伝いだってたくさん出来るようになった。
ティーカーの肩車に乗って、シロワタウサギを今日も一緒に見て、楽しそうにしてた……そんなルネが首を横に振った。
「……」
私の言葉が足りなかったせいだ。
そのせいで思い詰めたことに気づいたから、ルネを腕の中に包んで、ティーカーのバレッタがまとめる長い髪を撫でた。
「私が負けて死んじゃうって思ってるなら、絶対にそんなこと起きないよ。
だって私は今よりも強くなりたくて、オルディアに迎えに来てもらったんだからね」
誰かが不快になることを恐れて自由に声も出せない、優しい女の子がしゃくりあげる。
まだ五歳の幼い仲間を抱きしめながら、他でもない、私自身がルネのために頑張りたいんだって、改めて小さな背中をぽんぽん叩いた。
「今日見たガムルルは強くて、何人かかっても攻撃さえ出来なかったね。
あんなに強い魔族と戦ったら、一歩間違えば命を落とすかもしれない。
でも、それは私が『今の強さのまま足踏みしてた場合』の話なんだ」
胸いっぱいに空気を吸い込む。
「私は闘技大会までの間に、絶対にガムルルを上回る。絶対の絶対ね!
だから、ルネもやめるなんて言わないで。
迷惑なんて思ってもないのに、受け入れられないよ」
泣きじゃくる小さな体から溢れる何もかもを受けながら、改めて腕に力を込めた。
「今日はルネにとって初めての怖いことだらけで、苦しいことばかりだったね。
いつか『そんなこともあったね』って笑い話にするためにも、一緒に頑張っていこうよ。
ね、ルネ。私はルネといっしょに、これからも旅がしたいな」
私たちにとって、ガムルルは通過地点のひとつに過ぎない。
長い白髪を撫でてルネに笑いかけた私は、静かに見守る魔王を見上げた。
「オルディアも、私が強くなるために手伝って欲しいんだ。
史上最強の魔王に何度も挑めるのなんて私だけだから、今から誰よりも強くなってガムルルも倒すつもり……わっ!?」
覆い被さってきた魔王に、ルネごと抱きしめられた。
肩に食い込むほどの手の力が、苦しそうに押し殺された吐息が、引き止めたいオルディアの気持ちを伝えてきても……私の幼馴染は、私のことをよく知っている。
「危険な目に遭うなと言っても、結局、戦う決意は変わらないんだろう。……フルルのわからずや」
「……うん、ごめんね。命懸けの状況に尻込みして怯えるような勇者は、村が燃えた日にいなくなっちゃったんだ」
村が魔族に襲われた日に『私が魔族と戦いに行く』……そう最初から言えたらよかった。
勇者としての固い決意で『お母さんとの約束を守ろう』って仲間を導けていたら……何度だって後悔したからこそ、私は仲間を失って泣くような真似はしたくない。
「仲間のために出来ることなら『落ちこぼれ勇者』はなんだってやるよ。
だからオルディアも、私が絶対に勝つって信じて鍛えてよ。ねっ」
いつだって私を大切に閉じ込めようとするオルディアに頭突きすると、余計にギュッと抱きしめられた。
「……僕がずっと待ち焦がれていた勇者が、ただの魔族に負けるわけがない。……わかった、鍛えればいいんだな」
「うんっ。魔王より格下の相手になんて負けてやらないよっ」
ティーカーも向かってきたと思ったら、上から全員抱きしめてくるからぎゅうぎゅうになってた。
「ったく、まさかオルディアと喧嘩が始まるかと思ってドキドキしたぜ。
昔からレムスが本気で怒ったら誰も勝てないんだよなぁ。フルルにも俺の気持ち、分かるだろ?」
「えへへ、実は私もドキドキしてたっ。
でもオルディアは許してくれたし……ティーカーはガムルルと戦うの、止めないんだね」
「当然。フルルは勇者として、どんな困難だって打ち崩してきた。勝てない相手に当たったからって引くはずがない。
勝てるまで全力で戦い続ける、俺はそんなフルルだからこそ勝てるって信じてるからなっ」
聖剣の守護者になってもずっとそばにいてくれた幼馴染の笑顔に、改めて一緒に戦ってこられてよかったって笑っちゃった。
金髪に青の瞳の幼馴染が離れる。
しゃがみながら拳を差し出したから、私も拳を突き出して合わせた。
「よしっ。じゃあここからは勇者パーティ四人で力を合わせて勝とう!
みんなで勇者の強化作戦、開始だ!」
オルディアも手を伸ばして、幼馴染三人が拳を合わせた。
ルネは迷って立ちすくんでたけど、魔法使いの服を握る手を私が取って、仲間に近づけた。
「一緒に頑張ろう、ルネ。
大丈夫、私は絶対に負ける気ないからねっ」
泣いてたルネが……それでも袖で自分の顔を拭って、頷いてくれた。
四人で拳を改めてぶつけると、今こそ新たな旅立ちのときだって、顔を見合わせてた。
「それじゃ、闘技大会優勝に向けてみんなで頑張ろうっ。
誓い、その一つ! 勇者の名に恥じぬ行いをしよう!」
「「「えい、えい、おー!」」」
魔王城の食堂で高く拳を上げて、心新たに仲間を見つめた。
絶対、ガムルルに勝つ。
自分の拳を見つめてるルネも、きゅっと唇を結んで……さっきまでよりもずっと強い気持ちで涙を拭っていた。




