聖女
それから、数日が経った。
今日はルネが魔族を見つけてくれたおかげで、冒険者が行方不明になるって噂になってたセリューの街の問題も解決できた。
国王主催の闘技大会に向かう冒険者が多いから、弱そうな相手を見つけてはねぐらに連れ込んで、少しずつ食べていたらしい。
私もまだ生きてる人たちを必死に治療したけど、ルネも一生懸命お祈りして頑張ってくれた。
ティーカーは街から人や物資を集めて運んで、みんなで事態の解決にあたる。
他の冒険者も協力してくれて……怪我人もいなくなったし、依頼もないし、無事にひと段落ついたから街を出ようとした。
「おーい待ってくれ、勇者様ー!」
賑やかな声に呼び止められた。
振り返ると助けた人たちが街の入り口まで出てきて、私たちの前で頭を下げている。
「勇者様、剣士様、聖女様っ、助けてくださってありがとうございます!
もうダメかと、何度も思って……でも生きて戻ることができました……っ」
「何もお礼できないまま旅立たれる前に、せめて感謝の言葉だけでも伝えたくて、追いかけてきてしまいました……」
「お嬢ちゃん、ありがとう。お嬢ちゃんが神様に祈ってくれたおかげで痛みがすぐに引いて、楽になれたよ」
街の人に感謝されるなんて知らないルネは、自分たちを探しにきた人に驚いたみたいだ。
すぐにお辞儀して私の後ろに隠れちゃったから「ルネは初めて感謝の声をかけられたから戸惑ってるんだ」って伝えた。街の人たちはそんなルネのことをますます気に入って、子供に声をかけるように優しく接してくれる。
「……――……」
もらえる温かい言葉に赤い目を潤ませて、ルネがぎゅっと魔法使いの服を握りしめている。
ティーカーが頭を撫でると、ルネがこぼれそうになった涙を袖で拭いた。相棒のフクロウのブローチにもお礼を伝えるみたいに見つめた。
街の人たちとお別れして街道に出たけど……ルネの力が『誰かを助けてあげられる力』だって、今回は自信を持てたかな。
爽やかな風が吹く平原で、ちょっと成長したみたいなルネを見ると嬉しくて、もっといろんな場所に連れて行ってあげたくなった。
「よし、じゃあ無事に解決したから次は王都に行こうか!
ルネの書いてくれた地図の丸は三つだけど、闘技大会に向けて魔族は集まり続けてるはずだからね」
人が多ければ、それだけ魔族も集まる。
勝負を持ちかけて、負けたら命をもらう約束をして食べる悪魔もいる。
羽があって飛べる魔族は特に移動しやすいから、お祭り騒ぎに便乗して騒ぎを起こす奴がいるのを私も知っていた。
次の街目指して和気藹々と進む、そんなある日のことだった。
「っ!」
咄嗟に防御魔法を張ったけど、ルネに光の魔法が降り注いだ。
轟音と閃光に驚いてしゃがみ込んだルネを抱えて守る。
激しい光が何度でも続くのを防ぎながら、私と一緒にルネを守る幼馴染に叫んだ。
「ティーカー、東! レベルが高い冒険者集団がいるはずだから止めてきて!」
「まかせろっ、ルネは頼んだ!」
遠距離からわざわざルネだけを狙う攻撃だ、相手が誰かなんてすぐに分かる。
……頭を抱えるルネを守りながら様子を見てたけど、追撃は来なくなった。
ティーカーが来たから混乱してるんだ。今なら私たちも近づきやすいはず。
ルネを抱き上げて、膝から血が出てるのに回復魔法をかけた。
しゃがみ込んだ時の傷なんてすぐに癒えたけど、光魔法に強い殺意を感じたのか、ルネは怯えて縮こまってるから強く抱きしめた。
「大丈夫だよ、ルネ。私たちが絶対に守るから。怖がらないでも平気平気っ。
犯人の意図も知りたいし、ティーカーを追いかけようか。全力で走るから私に抱きついてもらえる?」
笑顔を見せる勇者がなだめると、ルネは怖がって力の入らない手でも伸ばして、背中を掴んで体をくっつけてくれた。
「よし、それじゃ……行くよっ!」
抱えたルネと一緒に、白い装備を着た集団へ駆ける。
先頭に立つ白金の法衣服の女性も杖を掲げた。
ルネを狙った攻撃がくるのは明白。
だから防御魔法を何重にも張って、魔族への強力な攻撃を弾いた。
再び光魔法の詠唱が聞こえる。
周囲にいる聖騎士も合わせて神聖魔法を口ずさんでるから、パーティリーダーが知り合いだって分かってても抜き放った聖剣を突きつけた。
「全員、動くな! 乱暴にして悪いけど、少しくらい話を聞いてよねっ」
大勢の聖騎士が周囲を塞いでいく。
それでも人質になった女性のために、誰もがそれ以上は動かない。
聖剣の先にいる知り合いは、わなわなと信じられないように杖を震わせている。
「聖女アトレ、久しぶり。
だけど先制攻撃を仕掛けられるとは思わなかったなぁ。
ルネは私の仲間なんだ。聖剣の勇者が連れてるって気付いてたはずなのに、勝手に仲間を傷つけようとしないで欲しかったな」
相手は人間界の聖女だ。
周囲にいる魔族の気配を感知できるから、悪魔貴族のルネに気づいて攻撃してきた。
聖女アトレはわなわなと震えて、私が片腕で抱き上げたままのルネだけを見つめている。
「い、いけません、勇者フルル……その子は悪魔です。
あなたには今まさに、悪魔が憑いているのです。
それは幼子の姿で無害なふりをしているだけですっ」
聖女アトレの宣言を受けて、遠巻きに聖騎士も動いている。
でもルネを渡す気はないから、堂々とアトレに向かい合った。
「ルネは悪魔貴族の子供だけど、そうだと分かりながら一緒に行動してるんだ。
お願いだから全員、武器を下ろして。この子を傷つけないって神に誓ってくれれば聖剣も下ろすよ」
「魔族を前にして、そのようなこと出来ませんっ。
勇者フルル、あなたは騙されているのです。
悪魔をそばに置くなんて、私に剣を向けるなんて……どうしてしまったのですか……!?」
「今でも私の剣は世界のためにある。
神にも誓えるし、嘘なら神に罰されてもいい」
聖剣を携えながら神に誓う言葉に、聖女も動揺している。
ルネの震えをなだめるために、腕の中にある小さな体をぽんぽんと指先だけで叩いた。
「この子は武器も持っていないし、攻撃魔法も知らない。悪魔貴族でありながら『聖女』に生まれたんだ。
人間界に来てからも正しい行いしかしてないよ。
聖騎士ディック、あなたは足が一番早かったはずだよね。すぐにセリューの街に向かって。白髪に赤目の五歳の小さな女の子が、聖女の『祈り』で傷ついた人を回復させたって証言してもらえるはずだから聞いてきてもらえる?」
呼びかけられた聖騎士は周りと話し合うと、隊列を離れてくれた。
アトレはルネを警戒したままだけど、私は自信を持って胸を張った。
「ルネには人間界の魔族を滅ぼすため勇者パーティに協力してもらってる。
……ね。お互いにご挨拶だったけど、今からでも落ち着いて話し合おうよ。
ティーカーを引き離してる聖騎士たちも今すぐに戻してさ、仲間を紹介させて?」
迷いながらも聖女アトレは杖を下ろしたから、私も剣を納めた。
……ルネはひどく震えてる。
背中を叩いて落ち着かせようとするけど、私の肩に顔を埋めたまま上げようとしない。
「大丈夫だよ、ルネ。アトレは人間界の聖女として魔族が分かるから攻撃してきただけ。
ルネが嫌いなわけじゃないし、話せば分かってくれるよ」
小さな体をなだめているうちに、金髪に青い目の幼馴染も戻ってきた。
でも珍しく眉間に皺を寄せて、先頭に立つ聖騎士と睨み合っている。
「話聞く間もなく襲ってくるとか、聖女パーティどうなってるんだよ。
魔族に恨みがあるのはわかるけどさ、聖騎士長エンリケとか俺のこと殺す気満々だった」
「ふん、魔族の傍にいる貴様は誑かされた罪人の可能性の方が高いだろう。
我々は聖女アトレを守るために存在する。危険を排除するのは当然だ」
「仕事熱心なのは分かったから、戻ってきたみんなもこの子に敵意を向けないでほしいな。勇者のお願い、聞いてもらえる?」
「おお勇者フルルよ、嘆かわしい! 聖女アトレをどう言いくるめたのかわかりませんが、悪魔は人を悪の道に貶める堕落の化身ではありませんか。
幼いうちに屠っておくべきです。あなたが情が湧いて可哀想で出来ないというのであれば、私が聖騎士として悪を断罪しましょう」
魔族なんて全部、人を騙して食う悪だ。
その固い信念のもと、私も聖剣を握りしめて戦ってきた。
……オルディアに出会う前なら、私もきっと同じことを言ったんだろうな。
ここにいる誰もが過去の私と同じ考えなんだから、敵意を緩めてもらうためにも立派な鎧の騎士に向かい合った。
「エンリケ。ルネは今、何か悪さをしてるように見える?」
「自分を愛らしく思わせることで、勇者フルルに斬られないようにしている。
悪魔としての強大な力を得るまで養育させて、最後に裏切るためです。悪魔を信じてはならない」
「うん、つまり今は育てたい私の気持ちに寄り添ってくれてるだけで、悪さはしていないってことでしょ?
将来裏切るかどうかなんて聖騎士ハレアみたいに、まだ誰にもわからないよね」
エンリケが口を閉じた。
腰につけてた聖剣を外して見せたけど、闘技大会前に盗み出した聖騎士ハレアと一悶着あったのを覚えているはずだから、笑って見せた。
「清く正しいはずの聖騎士の中にも盗みを働いて逃げたものがいたように、誰が何を起こすのかなんて不確定だよ。
ルネは悪意を起こさないって私は信じてるし、そうならないように育てられるかも私次第じゃない?
勇者として責任を持つからさ。私の大切な仲間に敵意を向けるのはやめてほしいな」
ルネの震える手足も、荒くなってる吐息も、全部目の前の大人が怖いからだ。
ティーカーが頭を撫でるだけでも怯えて私に強く抱きつくルネを見て、アトレが聖騎士に小さく手を掲げた。
「勇者フルル、ではお話しをお聞かせください。
……あなたには邪悪な呪具もつけられている。何があったのですか」
「呪具?」
「指に呪いの指輪が嵌められています。
とても強い魔族の力が込められて……やはりそれもわからないくらい、あなたは魔族に毒されているのではありませんか」
オルディアの婚約指輪のことだ。
聖銀に魔王の力が込められてるのを見ながら、首を横に振った。
「これは婚約指輪だよ。来年結婚予定なんだ」
「婚約指輪?! 誰ですか許せませっ……いえ、そのような邪悪な代物をフルル様に贈る行為自体が正しくありませんっ」
「仲間の神官にもらったんだ。
まずはアトレに正式な私の仲間を紹介するよ。幼馴染の剣士ティーカーは、名前だけ知ってるよね」
「どうも初めまして、聖女アトレ。フルルのグッズ集めが好きだって噂は倉庫神ディクタアスから聞いてるぜ。
いつか会ったら『貸し倉庫が圧迫されてるから中身減らして欲しい』って伝えておいてくれって言われた」
知らない事実が出てきた。
目を丸くして何も言わないアトレの真偽は定かじゃないけど、今度はルネの背中をポンポンした。
「この子がルネ。伝えた通り悪魔貴族の聖女で五歳。
魔界で聖女に産まれたから、家庭の事情で声も出せないんだ。人を傷つけたこともないし、逆に傷つけられてばかりいる。
自分を守る術もまだ知らないくらいだから、聖女の先輩として優しく接してあげてほしいな」
ルネはティーカーに預けて抱っこしてもらった。
呪具がついてるって言われた手を見せるように持ち上げると、戸惑うアトレの前で指輪に触れた。
「この婚約指輪をくれたのが、私の幼馴染のオルディア。
私が戦ってる理由を聞かれて、村を滅ぼされたこととか、幼馴染のレムスが亡くなった話もしたと思うけど……実は生きてて、今はオルディアを名乗ってるんだ」
「……神官が、なぜそのような呪いのアイテムを婚約指輪に選んだのですか。
魔王と同名だからとはいえ、シャレが効いているとはとても思えませんよ」
魔王本人だって伏せて説明しづらいな。
それに秘密にした方が面倒なことになりそうだから、コインを取り出して声をかけた。
「ねえオルディア、ちょっとだけいい?」
『ん? 構わないが、どうした』
「人間界の聖女アトレと会ったんだけど、オルディアの指輪が呪具に感じるらしいんだ。
いっそのことオルディアに会ってもらった方が説明しやすいんだけど、どうかな。ちょっとだけ顔出してもらえないかな」
召喚をお願いすると、空間移動できるオルディアはすでに私の隣に降り立っていた。
聖女パーティが増えた仲間にざわめいて、一斉に武器を構えている。
「こ、この気配は、魔王……っ!?
勇者フルル、魔王オルディアです、協力して討伐をっ」
聖騎士が構えた武器は、オルディアが腕を一振りしただけで全部腐り落ちた。
アトレも魔封じでもされたのか、信じられないように自分の杖を見ている。
「僕を魔界の支配者として理解出来るなら話が早いな。
魔王オルディアと聖女が叫んだ通りだが、勇者フルルの幼馴染として、今はフルルと共に世界の平和を目指している。勇者パーティでは神官を務めている」
信じられないって顔を聖女アトレがしてるけど、すぐ神に祈りを捧げ始めた。
神罰って雷で攻撃するスキルもあるから、ちょっと警戒したけど……顔をあげて、青い顔して、自分の祈る手に目線を下げた。
「せ、聖神の子なのに、神罰など落とさせないと……神が……神が、お叱りに……!?」
平原が静まり返った。
聖神の子だって神託をもらえたことで魔王オルディアは悪性だけじゃないって信じてもらえそうだから、召喚に応じてくれた幼馴染を見上げてお礼を伝えた。
「お仕事中にごめんね、来てくれて助かったよ。あとは私で説明しておくから、またね」
「本当に召喚して返されるだけか。
ふ……面白いな。じゃあ、また後で。何かあればいつでも呼んでくれ」
微笑んだ魔王に手を振ると、近づいたオルディアが軽く頬にキスしてから帰って行った。
ほっぺならルネに説明がつくからしたんだろうし「魔王オルディアが、フルル様に、い、今」なんて泡を吹きそうなアトレたちにも、ちゃんと魔王と好きあって婚約してることは伝わったと思う。
「というわけで、今の私は魔王オルディアの婚約者なんだ。
話もしたいし、どこかで腰落ち着けない?」
足から力が抜けて座り込んだアトレも、魔王相手に緊張してた聖騎士たちも動揺してるから、落ち着くまで次の街に移動するってことで話はついた。




