フルル村
以前、厨房のみんなから『魔王様が村を建設中だ』って話は聞いていた。
でも村の名前が私の名前だなんて、知らなかった。
「オルディア、読み間違いかな。
看板に『フルル村』って書いてあるよ!?」
「もちろん。僕からフルルに贈る村だからな」
魔王の愛がすごくて二の句がつげなくなった。
贈り物が村一つとか、魔王の財力、どうなってるの。
隣に立つ魔王を呆然と見上げたけど、オルディアは笑顔でお披露目を続けている。
「魔族が戻ってこない理由は、今回のように『大切な家族がいる』などの事情も考えてあった。
魔界にも人間と共存する村を作るべきだと、前々から事業を進めていたんだ。彼らを村人に迎え入れよう」
予想を立てて行動してるのはさすがオルディアだと思うし、作ってあるからすぐに移住してもらえるのもすごいと思う。
でも『フルル村』の名前が恥ずかしくてたまらない。『オルディアの街』でも良いと思う。だって私、何もしてないもん。
「まだ間に合うと思うから名前変えよう?
そうだ、今回のご一家が一組目になるんだし、村の名前は何がいいか聞いて来ようか」
「この立て看板一つで魔法の青鎧が十個買えるが……発注し直した方が良いか」
「あ、ううん、だめ。このままでいこう。名前くらい平気だったっ」
恥ずかしさと引き換えに出来ないくらいの金額が出てきたから、必死に頷いた。
よく見たら経年劣化しにくい青マメダの木で出来ている。数千年は風雨にさらしても平気って言われる高級品の一枚板だ。それは高くなるよね。
オルディアも値段で押せば私が折れることは分かってたみたいで、笑顔で小麦色のおさげ髪を手にして口付けた。
「魔族と人間が共に住む村だから、今後も架け橋となるフルルの名前を村につけたんだ。胸を張って受け入れてほしい」
魔王妃になる勇者の名前が付けられた村。
オルディアが私に贈るってことは、もともと魔王の所有物ってことだし……愛妻への贈り物の方が魔族にとっても攻撃出来ない抑止力になるのかな。
それっぽい理由を必死に考えてたけど、指に光る聖銀の指輪を見た。
私はオルディアにもらってばかりで、頼ってばかりで、何も返せていない。
考えてると魔王も気づいたのか、小麦色の髪を撫でた。
「分かった。気になるなら今、お礼をもらおうか」
「もちろんいいよ。何が欲しいの? っん」
見上げた唇を奪われて、言葉が消えた。
目を閉じたオルディアが唇を重ねて、舌先でも柔かな部分をちろりと舐めてくる。
深いキス手前の感触が色っぽくて真っ赤になったけど、みんな家を見に行ってるから、二人きりだって分かっててやったんだって、唇を離した婚約者を見てた。
「指輪の礼も村の礼も、これで十分だ。
……フルルが笑顔でいることこそが、僕にとっての喜びだから。フルルがそばにいてくれるだけで幸せなのに、これ以上のお礼なんていらない」
手を持ち上げたオルディアが、聖銀の指輪に口付ける。
軽く触れてる感触が柔らかくて、心臓がドキドキ音を立ててる。
見つめあったら、もう一度キスされて……目を閉じて受け入れたら、離れても見つめあううちにまた唇が重なってた。
「おーいオルディアー。この家もらっていいか? エルフェンとビレオも気に入ってるからさー」
声をかけられたけど看板の前にいて良かった。びっくりして跳ねあがった私を見て、楽しそうに笑ったオルディアが手を繋いできた。
「どの家を使っても構わない。他の居住者も出来次第埋めていくつもりだから、今回は好きな家を選んでくれ」
こうして魔界に戻った蛇男のご一家は、まだ誰もいない村だけど引っ越すことになった。
建設中の村には仕事もたくさんあるし、少し足を伸ばせば別の街もあるから薬師でもやっていける。近くには森もあって、薬草や木の実なども取れるらしい。
子供たちが新しい家に「穴が空いてない!」って感動してるのを見て、中に招かれた私も笑顔になってた。
嬉しそうにベッドで飛び跳ねて叱られてるエルフェンとビレオ、お昼寝から起きて泣き出しちゃった小さな子供たちをあやす両親……こんな穏やかな光景みたいに、人間界に潜む魔族がみんな人間と仲良しの魔族ならいいのにって思ってた。
「勇者様、ありがとうございます。夫を失わずに済んだだけでなく、住む場所まで与えていただけるなんて思ってもいませんでした……」
「ううん、私は何もしてないよ。お礼ならオルディアに伝えてあげて」
「僕からフルルに贈る村だから、礼を言う相手はフルルでいいんだ。
そろそろ僕たちも出よう。旅立つ前に勇者から締めの一言を頼もうか」
「ええ!? あ、じゃあ……これからもフルル村には同じ境遇の人たちが増えると思うから、みんなと仲良くしてあげて欲しいな。
皆さんは、人間も魔族も一緒に暮らせるんだってわかる素敵な家庭をこれからも作っていってね」
勇者としての願いを伝えて振り返った私に、満足そうにオルディアが微笑むから照れちゃう。
ティーカーとルネも子供たちと別れてそばに戻ってきたのを見て、オルディアが蛇男の旦那さんに目を向けた。
「あとは自由に暮らして良い。……人間の妻を守るため僕の命令にも反したこと、良い判断だった。これからも家族を守れ」
重みある魔王の言葉に、一家が深く頭を下げてる。
……オルディアに魔族のことを教えてもらえてよかった。知らずに全員切ってなくてよかった。
人間界には魔王に従いたい、でも魔界に戻りたくても戻れない魔族もいたんだって……肩を震わせる旦那さんを見て、子供を抱きながら寄り添う奥さんの姿で改めて感じてた。
ルネが地図に示してくれた丸は、まだまだ残ってる。
魔王に連れられた私たちは、次の目的地に移動した。




