悪魔貴族
ティーカーの野生の勘の話もあったし、私たちでも会議前に何か掴めないか確かめたくなって、魔王城内を歩くことにした。
廊下には見慣れない悪魔貴族やその従者、聖女っぽく飾り立てられてる魔族がそこかしこにいて、社交に興じてるのが目に入る。
いつもより賑わってる魔王城内に目を配りながら、私も勇者として本物の聖女を探したけど……なぜだろう、全員偽物に見える。人間界にいた聖女を想像してるせいかな。
「魔王を敬愛してるはずなのに、私たちが見た回の聖女、偽物だらけだったね。
四将に裏切られた前魔王の例もあるけど、演出次第では魔王すら騙せるって思うのかな」
「あらかじめ調べておいた場所だったり、潜ませておいた位置を地図に書かせれば出来る……か?
で、仲間のふりして「ここに行こう」って誘導すれば、魔族が確実にいるよな」
「適当に描かれても、すぐに移動できない私たちに真偽はわからないし、いないのが分かっても旅の間に移動されたことにすればいい……うーん、考え方が魔族っぽい」
「オルディアのスキルがあれば真贋も見極められるんだろうけど、俺たちも今日出来るって知ったくらいだからな。
切り札として隠してあるのなら、こうやって偽物炙り出すのにも有効だよな」
確かにそうかも。
真っ直ぐ歩いてるけど、人間の勇者と剣士相手に向けられる魔族の目は厳しい。仲間になれそうにない感情もひしひし伝わってくる。
「……今回の候補の中に神眼持ちの聖女がいなかったら、オルディアの召集やり直しなんだよね。
いるといいなって思ってるんだけど……あれ、ティーカー?」
「……いた」
廊下を一緒に歩いていたティーカーが立ち止まって、窓の外に顔を向けてた。
視線の先には、中庭の片隅でお花を一輪ずつ摘んでる小さな女の子がいる。
白くて長い髪に、赤い瞳……人型だし、ドレス着てるから悪魔貴族かもしれない。
「すごいじゃんティーカー、野生の勘で聖女見つけちゃった? オルディアに報告して来ようか」
「リアネがいた」
「……え?」
釘付けのティーカーが、窓へ一歩近づく。
まさしく出会いたかった人がいるんだって……廊下との境界線の向こうにいる五歳くらいの女の子を見て、立ったまま動けない幼馴染を見て、わからないはずがない。
「人間界を何年探してもいるはずないよな……魔族になってるなんて、思ってもみなかった……」
リアネさんが五年前に転生した後、ティーカーはきっと、聖剣の中にいても探してたんだ。
地面にしゃがみ込んで、摘んだお花を今度は地面に並べ始めた女の子は、私たちに顔をあげて……再びお花に目線を落とした。
……隣にいるから、ティーカーが苦しそうに息を呑んだのがわかる。
でも記憶がない彼女にとって、ティーカーはまさしく他人なんだ。
幼馴染の青の瞳が悲しげに細められたのを見ていられなくて……気合を入れてやるためにも、背中を叩いた。
「よしっ、とにかくオルディア呼んでくるね。
焦るかもしれないけど、まだ動かないで、ちょっと待っててねっ」
「あ、ああ。悪いな、フルル。頼むっ」
魔王城勤務の魔族ならともかく、初見の魔族と人間、しかも勇者が直接接触しても良い結果は生まれない。
――魔界で知らない者はいない魔王オルディアを呼びに、天井と壁も使って執務室まで全力で駆け抜けた。
私が急いで走ってきたことを伝えてくれたみたいで、門番の上級魔族が扉をすぐに開けてくれる。
積まれた書類の向こうでオルディアは副官さんに指示を出してたけど、飛び込んだ私にも「どうした」って声をかけて振り向いてくれた。
「オルディア、忙しいのにごめん。ティーカーがリアネさんを見つけたんだ。
でも魔族だから、下手に接触できなくて。
中庭まで、ちょっとだけでいいから来てくれないかな」
「分かった、すぐに行く。ビィ、少し任せるぞ」
「承知いたしました」
説明したら、オルディアは私を抱えてティーカーのところに空間移動してくれた。
廊下から中庭を見たけど、女の子はしゃがみ込んだまま、地面に並べたお花を眺めてる。
オルディアはティーカーが「あの子」って示した子が一目でわかったみたいで、頷いた。
「聖女候補だ。五歳であまりにも幼いからどうかと思っていたが……ルネ・フェッセンリック。そこで何をしている」
小さな女の子はオルディアが声をかけても、並べた花に静かに目を向けたまま動かない。
「聞こえなかったのか、ルネ。僕の庭で何をしている」
ルネと呼ばれた少女は何も言わずにオルディアを見上げて、今度は気づいたのか目を丸くした後、怖がるように顔を地面に向けて平伏した。
相手が魔王だから恐れてるのかなって思ってたら、ティーカーが近づいて、しゃがみながらお花を見てた。
「花占いしてたのか。だから集中してたんだ。
赤、青、白……これは吉報がある、かな」
「!」
パッと顔を上げた女の子が、何度も頷いている。
私は見てもさっぱり分からないけど、お花の色の並びが重要みたい。
ティーカーがお花を別々に示して「出会い」って言ったら、本当にわかってるのが伝わったみたいで嬉しそうにルネの口元が綻んだ。
「リアネが聖剣の中でよくやってたんだ。占いたいことを決めて、目についた花の順番で決めるんだって」
「えっ、まさかリアネさん、前世の記憶が残ってるの!?」
「ルネは俺のこと知らないみたいだから、ただ興味を持って調べて身につけた……とかじゃないか?
前世で好きだったことが、今世でもなんとなく気になるってことはあるらしいからさ」
小さな少女の赤の瞳は、ティーカーをじっと見てる。
ティーカーは笑い返してるけど、不思議そうに首を傾げられたから肩を落として寂しそうな目をしてた。
「……そうだよな、神自身が『記憶はなくなる』って言ってたのに、覚えてるわけがないんだ。
でも魂だけの状態でずっと会ってたから、俺にはルネが転生したリアネだってわかるんだ。
今もこうして惹かれてるのに……間違えるはずがないよな」
ティーカーだけが、リアネさんを覚えてる。
幼馴染が聖剣の中で恋をしたのは本当なんだって、目の前のルネがそうなんだって、優しく目を細めて……でも悲しげにうつむく姿でわかる。
ティーカーは、ルネが地面の花をまとめ始めたのを見て顔を上げた。
空元気だって私たちにはわかる、満面の笑顔だ。
「ま、でもルネはルネだよな。会ったら踏ん切りついた。
恩返しの案だけは決行しようかな。ただの女の子になれた、ルネらしい将来がきっとあるはずだからさ」
ティーカーは、リアネさんの新しい人生が素晴らしいものになるよう願ってた。
また恋人として一緒になりたかった自分の気持ちを押し付けることもなく、お花を花壇に返したルネを見守る姿に、オルディアも私も顔を突き合わせて会議してた。
「ねえどうにかならないかな、オルディア。
記憶を戻す魔法とか、何か知らない?」
「転生前の記憶を戻す魔法か……残念だが、僕にもあてはないな。
すでにルネとして生きている以上、過去の記憶があると混乱をひき起こすだろうし……望みもしないのに、僕たちで将来を決めるのは良いことではないはずだ」
時を超えて巡り会えた恋人同士なのに、ままならないよぉ。
しょんぼりした気分のまま、目の前にあるティーカーの背中に思いっきり抱きついてた。
座ったまま動かないお兄さんは大きな手で頭を撫でて慰めてくれるから、私も金色の髪をくしゃくしゃに撫でた。
ルネが振り返る頃にはオルディアに引き剥がされて、魔王の腕の中に入れられた。
「ルネは聖女候補だから、場合によっては共に旅も出来るだろう。
正しく好意を持ち直してもらえればいいだけの話だ。今生を諦める必要はない。
ルネ。僕に『自身は神眼持ちの聖女で間違いない』と誓えるか」
オルディアの呼びかけに恐縮したのか、ルネはドレスのスカートを握りしめて震えてる。
けど勇気を出したみたいに唇を引き結んで、こくりと頷いた。
「ティーカー、地図を持っていると言っていたな。出してくれ」
「これでいいか」
地図とペンを取り出したティーカーが、オルディアの指示を受けて地面に広げた。
ルネは膝をついて前のめりに座ると、人間界の地図を真剣に見てる。
「僕たちは人間界に残る魔族を探している。
神眼持ちの聖女候補なら、この地図と照らし合わせて魔族のいる位置が分かるはずだ」
「はい、ペン。……震えなくても大丈夫だって、ルネ。オルディアは優しいし、間違えたって怒らないから平気。
もしわからなかったら、家とか描いちゃっていいからさ。一緒にお絵描きするくらいの気持ちで描こうぜ」
十九歳のお兄さんが、明るい笑顔でルネにペンを差し出してる。
ルネはちょっと動揺してるけど、オルディアが「ティーカーの言う通り、出来るならでいい」って言ったから頷いてる。
地面に私も座ったけど、ルネが地図を前に、白い手をかざした。
しばらくして……悩みながらも、いくつかの場所に指を動かし始める。ペンは握らなかったから、ティーカーが代わりに丸をつけてあげてた。
「お、好調そう? ここと、ここと……」
「……悪いが少し席を外す」
副官さんに呼ばれたらしくて、オルディアは空間移動で姿を消した。
ルネはそれでも集中力を切らすことなく、地図を示してる。
ティーカーはルネの指が地図上で動く通りに丸をつけてるけど……見てるだけでも森、街、山、いろんなところに丸が増えていく。
「……」
突然顔を上げたルネが小さな指を、すでに丸を書き込んだ森に触れさせた。ゴシゴシ消そうとしてる。
「間違えたのか?」
ティーカーの呼びかけに、ルネは白い髪を『違う』ってわかるくらい横に振ってる。
聞き入れたお兄さんが上から塗りつぶして消すと、安心したみたいに次を指し示した。
……正解なんてわからないけど、こうして一緒に地図を囲んでるだけでも楽しい。
そっか、仲間と作戦会議してるみたいなんだ。
私も地図を見ながら、次の旅先を考えてる。
ティーカーもルネの指に合わせて丸つけを進めながら、困ったように笑った。
「ルネと旅が出来たらいいのにな。
これからは仲間として、楽しいことも嬉しいことも分け合えるなんて最高なのに……五歳じゃ難しいよな」
「諦めなくていいって、オルディアも言ってくれてたでしょ。
勇者パーティの仲間にするつもりで集められた中にいるんだから、親御さんの許可も出てるんじゃない?
いっそのことルネが神眼持ちの聖女じゃなくてもいいよ、私は大歓迎っ」
勇者パーティを見上げたルネの唇が、少しだけ開いた。
でも音は出ずに、嬉しそうに唇を結んで、頬をふっくら緩ませたのが見えた。
可愛くて、つい見ちゃう。
ルネは喋らないけど、どうして欲しいのか必死に身振り手振りで伝えてくれるから、読み取るのも楽しい。
新しい仲間が、ルネならいいのに。
ティーカーと二人でそう思いながら丸つけを進めてると、中庭の足音が増えて、振り返るとオルディアが歩いてきた。
「戻った。……ん? ルネ。この丸はどうして消したんだ」
声をかけられると、ルネは魔王が怖いのか顔をこわばらせた。
地面に平伏して縮こまって震えてるから、ティーカーが代わりに笑いかけてた。
「途中で消そうとしたんだ。
人間界の地図なんて初めてだろうし、間違えただけかもな」
「消したのか。……ならルネは本物の神眼持ちの聖女だな。
この森こそが、僕が今行ってきた場所だ。
魔族が通りがかりを襲ってきたから灰にした……印が消えるべき場所を問う手間が省けたな」
え。
一瞬で探しに行って状況を変化させてきた魔王が、安心したみたいに息を吐いた。
「自分で感知しているのなら、僕が倒してもすぐにわかるはずだろう?
別の聖女に聞いていたわけではないとルネ自身が示した証こそが、この消し込みだ」
さすが小さい頃から頭脳派の魔王。
幼馴染二人の尊敬の眼差しがくすぐったいらしく、オルディアが照れっぽく笑ってる。改めて地図も見て、頷いた。
「僕も同じ場所に魔族がいると感じる。……これで他の聖女を探さなくて済むな。
全員解散させてくるから、そのまま続けていてくれ。勇者パーティの新しい仲間はルネで決定する」
「おいおい嘘だろ、願ったり叶ったりだって……っ」
「もちろん賛成だよっ。えへへ、ありがとうオルディアっ」
感動に目をキラキラさせる私たちに笑いかけた魔王は、そのまま空間移動で消え去った。
ルネはオルディアがいなくなったことを確かめてから、顔を上げた。
私はまだ理解できてないみたいにキョロキョロしてる新しい仲間に、真っ直ぐ手を差し出した。
「まだ名乗ってなかったね。
私はフルル、人間界の勇者なんだ。これからよろしくね、ルネっ」
「俺はティーカー、人間界の剣士。仲間になれて嬉しいぜ!」
ルネも唇を開いたけど、音が出ないまま閉じて、砂の上に指で名前を書いた。
『ルネ。悪魔貴族。よろしくお願いします』
辿々しくて愛らしい文字を読んで、お互いに握手を交わした。
……魔族だけど勇者パーティに加わることも快く思ってくれたみたい。
ルネが頬をふっくらさせて笑う。
そんな可愛らしい姿に、私まで嬉しくなって笑顔を返してた。




